好きまであと何㎝?

青樹空良

好きまであと何㎝?

「やっぱり付き合うなら年上がいいよね」


 学校帰りに友達といつものおしゃべり。

 やっぱり、付き合うなら年上の方がいい。

 頼りがいもあるし、かっこよく見える。

 その横を走り抜けていく男の子。

 私より背が低くて、丸顔。

 子どもっぽい服。


「小学生かな、ああいうのも可愛いよね」


 なんて、友達が言う。


「そうかなぁ」


 年下好みは私にはわからない。

 小学生なんて、まだまだ子どもじゃないか。

 相手にならない。


「危ないっ!」


 知らない声が響いた。

 同時に誰かに横へと押される。

 私のすぐ横を自転車がすり抜けていった。

 スマホを見ていて私のことなんか見えていなかったらしい。というか、私も前を見ていなくて自転車が近付いているなんて全然気付かなかった。

 危うく正面衝突するところだった。

 今更ぞっとする。


「危ないじゃないか!」


 私のすぐ側で、さっきの小学生が声を荒げている。

 自転車に乗った人は謝ることもなく、スピードを上げて去って行ってしまった。


「大丈夫か?」


 男の子が私を見上げている。

 顔が近い。

 小学生だというのに、不覚にもドキドキしてしまった。


「あ、ありがとう」

「別に」


 ぶっきらぼうに、男の子が答える。


「君、小学生なのにすごいね~」


 横から友達が言う。

 男の子がむすっとした顔になる。


「あのな! 俺、中学生!! 中二!!! お前らより先輩なの!」

「「え?」」


 私と友達の声が重なる。


「名札の色でわかる。お前ら一年生だろ」


 私はこくこくと頷く。

 うっかり目の前にある頭を撫でなくてよかった。あまりにいい位置にあるから危なかった。


「まぁいいや。事故らなくてよかったな」


 本当によかったという顔でにかっと笑って、小学生みたいに見える男の子は走り去った。


「いや~、小学生かと思ったら先輩だったとは……。本当かな」


 友達が呟く。半信半疑のようだ。

 ……私もなんだけど。

 だけど、思わず呟いてしまった。


「もし、年下でもあの人ならいいかなぁ」

「さっきと言ってること違うじゃん」


 友達が笑う。




 ◇ ◇ ◇




 次の日、学校で見かけたのは本当に私よりも一年上の色の名札を付けた、あの男の子だった。


「昨日はありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げる。


「本当だったろ?」


 だぶだぶの制服を着ながら男の子、いや、先輩が笑う。

 その顔はやっぱり可愛くて、中学生と言うよりも小学生だ。

 制服を着ているのに、ちょっと嘘みたいな感じだ。

 だけど私は、その日から彼を目で追うようになってしまった。

 彼は、やっぱり友達からもチビだとからかわれている。

 そのたびに、むすっとしているのだけれど本気で怒ったりはしない。

 笑い飛ばせる強さを持っているんだと思った。

 授業中、教室から見える運動場。小さい彼はよく目立つ。

 体育の時間には活躍しているのがよく見えた。小さい体をめいっぱい動かしてボールを操り、サッカーゴールまで持って行く。

 ゴールを決めた彼がこっちを向いた。目が合う。

 気付かれただろうか。

 彼が私を見て、笑いながら手を振る。

 私も小さく手を振り返した。


「こらっ! なに見てる!!」


 いつの間にか先生が隣に立っていた。

 怒られたけれど、彼が笑ってくれたことの方が嬉しかった。


「お前、先生に怒られてただろ」


 廊下で会った先輩が、私を見つけてゲラゲラ笑った。


「だって、先輩がかっこよかったから見とれて」


 言ってしまってから口を押さえた。

 思わず声に出してしまった。恥ずかしい。

 先輩を見ると、なんだか赤くなっていた。

 笑い飛ばしてくれてもよかったのに、そうしなかった。




 ◇ ◇ ◇




 私が二年生に上がる頃、先輩の背は私と同じくらいになっていた。


「まだ微妙にぶかぶかなんだよなぁ」


 先輩が制服の裾を見て悔しそうにしている。


「でも、もうすぐお前を追い越すぞ」

「ですね」


 先輩は嬉しそうに笑う。

 並んでいると、ほんの少しだけ私の背の方が高い。


「でも、私も少しずつ伸びてるんですよ、背」

「げっ!」


 当たり前のことを言っただけなのに、先輩が悲愴な顔になる。


「成長期なんですから」

「うん、まぁ、そうだよなぁ……」


 先輩が、がっくりと肩を落とす。そんなに落ち込むことなんか、どこにもないのに。

 だって、先輩は背が低くてもかっこいいんだから。




 ◇ ◇ ◇




 とうとう先輩が私の背を越えた。まだ見上げるほどではないけれど、並んでみると少しだけ私より高いのがわかる。

 制服の裾も、もうだぶだぶじゃない。


「やった!」


 大げさに喜ぶ姿はちょっと可愛い。口に出したら気を悪くしそうだから、言わないけど。


「とうとう越えちゃいましたね」

「おう!」


 私に向かってVサイン。


「そんでさ……」


 先輩がなんだか言いにくそうに口を開いた。


「俺がお前の背を越えたら、言おうと思ってたんだけど……。付き合ってください」


 先輩が私に向かって頭を下げる。なぜだか目もつむってしまっている。しかも、なぜ敬語。

 でも、わかる。私もパニックだから。

 だけど、私もちゃんと伝えなくちゃ。


「私も、先輩のこと好きです」


 先輩が安心したように、大きく息を吐き出した。


「背、気にしてたんですか?」

「……まぁな」

「私よりも背が低いときから、ずっと好きでしたよ」

「そりゃ、どうも」


 先輩が恥ずかしそうに頭をかく。


「なんで、そんなにこだわってたんですか?」

「それは、なんというか……。お前がさ。俺と並んでて馬鹿にされるのが嫌だったんだよ。ほら、俺、小学生に見えるって、ずっと言われてたから」

「そんなの、気にしなくてよかったのに」

「そっか、うん」


 先輩が頷く。そして、私の頭をわしゃわしゃ撫でた。


「背が高いと、こういうことも出来るな。俺がずっと友達にやられてたことだけど」

「子ども扱いですか?」

「いや、お前にやるのは可愛くてしょうがないからだよ」


 出会ったあの日と同じように、先輩がにかっと笑った。

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