うそつき祝い
@d-van69
うそつき祝い
仕事から帰ると妻が笑顔で出迎えてくれた。エプロンの下のお腹はふくらみがずいぶん目立つようになっている。授かり婚で一緒に住むようになってもう半年だ。
「ちょうど夕飯できたところだから食べよ」
ダイニングテーブルの上にはたくさんの器が並んでいた。席に着きながらざっとそれらを見るうちに、おや?と思った。
湯豆腐に豆腐田楽に豆腐ハンバーグ。ゴーヤチャンプルーと味噌汁にも豆腐が入っている。まるで豆腐のフルコースだ。
「なにこれ。豆腐ばっかじゃん」
「そうよ。だって今日は12月8日だもん」
だっての意味がわからない。今日の日付と豆腐料理がどう繋がるのか。豆腐の日か?いやそれなら10月2日のほうが妥当だろう。仮に豆腐の日だとしてもここまでする必要があるのか。それならなんだ?あ、128で豆腐屋の日か?豆腐の安売りでもしていたのか?
「言ったことなかったっけ」
妻の声で我に返る。
「なにを?」
「私のお母さん、鳥取の出身なの」
「ああ。そうなんだ」
「でね、その辺りに昔から伝わる風習で、〝うそつき祝い〟って言うものがあるの」
「え?祝うのか?うそつきを」
「そうなの。12月8日にお豆腐を食べてお祝いすると、その一年間についたうそが帳消しになる、って言い伝えがあるのよ」
つまりこれらの料理は母の教えを守った結果、ということだろう。初めて聞いた珍しい風習と、それを大切にする彼女にほっこりした気持ちになった。
「じゃあその辺の人たちはみんな12月8日に豆腐を食べるんだ」
「どうだろ。そういうのってだんだん薄れてくるものじゃない。だからうちでもあんまり食べなくなってたかも。でも忘れたころにどっさり豆腐が出てくることもあったかな」
彼女はそこで思い出し笑いをうかべつつ、
「そうそう。そんなときにはね、お父さんが勝手に告白を始めるのよ」
「告白?」
「うん。帳消しになるんだから、うそは全部ばらしてスッキリしたいって。はた迷惑な話よ。こっちはそんなもの聞きたくもないんだから。あるときなんか浮気の話まで持ち出したのよ」
「え?浮気?」
「お父さんったらお母さんにうそついて、女とお泊り旅行に行ってたって言うんだもの。びっくりしちゃった」
「え?え?そんなことして大丈夫だったの?」
「それがすごいのよ。お母さんも多少は怒ったみたいだけど、うそつき祝いなんだから水に流しましょって」
「お義母さん、器、でかいね……」
そう言いつつも、俺は心の中で葛藤していた。自分もうそを告白すべきか、黙っておくべきか。彼女のお父さんが自らうそをさらけ出し、お母さんがそれを赦したように、もしかすると俺にも暗にそうしろと言っているのではないだろうか。まさか、彼女は俺がついたうそに気づいているのか?仕事で遅くなったから友達のところに泊まるといって、元カノと寝ていたことを。正直に話せば赦してやると言っているのか?
いやいや。そんな甘言に誘われ白状し、大炎上した例は嫌というほど見聞きしているじゃないか。でも、今日はうそつき祝いだぞ?だったら……。
ああ、どうしたらいいんだ……
「お義母さん、器、でかいね……」
夫はそう言うけれど、実際のところはそうじゃない。
赦したのは、お互い様だったから。
私は知っている。
母が思い出したようにうそつき祝いで大量の豆腐料理を出した理由を。
母も浮気をしていたのだ。パート先の上司や同僚など、複数の相手と。そのたび母は父にうそをついていたが、鈍感な父は全く気づいていなかった。同性の私は、母の微妙な変化には目聡く感づいていたけれど。
あの大量の豆腐料理。あれは自分のうそを帳消しにするために作られたものだった。
そして、私も。
今日これだけの豆腐料理を作ったのは私のためだ。それでうそが帳消しになるからと言って、父のように真実を告白するつもりは毛頭ない。幸い夫の血液型はB型だ。将来DNA鑑定でもしない限りバレることはないだろう。
夫は目を泳がせたまま黙り込んでいる。あれは何か言いたいことがあるけど言い出せないときの癖だ。たぶん何か隠し事でもあるのだろうが、それを私に話す必要はない。聞いてしまえば私も言わなければならなくなるのだから。
「さあ、いただきましょ」
豆腐ハンバーグに箸をつけたところで、お腹の子が胎動した。
「あ、動いた」
席を立った夫が私の前に跪き、腹部に耳を当て、本当だと喜びの声をあげる。
言えない。絶対に。
お腹の赤ちゃんが夫の子じゃないなんて。
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