冴えない彼の唇

筑紫榛名@12/1文学フリマ東京え-36

(一)

「水上咲良って覚えてる?」

 私はそう言うと、三分の一程残っていたビールを飲み干して、ジョッキをテーブルの上に置いた。

「誰だっけ?」

 神田の飲食店街の一角にある居酒屋「いらご」の店内で、幼なじみの鷹野大樹が古い木製テーブルの反対側でそう答えた。

 大樹が水上咲良の名前を聞いてそう答えたのは、間違いなく、すっとぼけて忘れたフリをしているからだ。他の人は額面通りに受け取るかもしれないが、私にはわかる。大樹のことは小学校に上がる前から知っているのだから。

「彼女、今、こっちに出てきているらしいのよ」

「そうなんだ」

 まるで自分には関係のないかのような口ぶりだった。


(続く)

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