第百七話 自分の頭越しに上司が喧嘩を始める事ほど厄介な事はない-連盟side-

「今の話で、あまり君達に感銘を与えられたようには見えないね」


 ショウとハーディングの反応をどう読み取ったのか、鼻白んだような様子もなく、クロキは微笑んだ。


「軍人は基本的に常に敵になる物はいると言う前提で物を考えますので」


 ハーディングが短く答えた。これが本心を隠した返答なのかどうかは、ショウにも分からない。


「なるほど、軍人の思考とはそう言う物か。確かに、軍人は隣国が敵になるかも知れないと言う想定をやめる訳にはいかないのだろうな」


 その返答に納得したようにクロキが頷く。


「では政治の分野の話は置いておくとして、純粋に軍事的に考えた場合、私のプランに指摘したい点はあるかね?政治を考慮しない軍事など無意味だ、と言う事は私も良く知っている。その上でただ現場の人間からの意見、と言う物があれば忌憚なく聞かせてもらいたい」


「どうだカズサワ」


 ハーディングは一も二も無くショウに丸投げして来た。

 ショウは内心肩を竦め、それからしばらく純軍事レベルにおける改善案や憂慮点を話し合う事になった。


「今日は有意義な話し合いが出来た。君達二人に貴重な時間を割いてもらった甲斐があったな」


 ちょうど食事が終わった所で、クロキはそうやって会話を終えて来た。


 さすがに士官学校を優秀な成績で出たと言うだけはあり、軍事面の知識も理解力もかなりの物で、その点に関しては確かにショウも有意義な話だったと認めざるを得ない。

 軍事に関する基礎的な前提知識を有していない人間を相手に専門的な軍事的知識や見解を語る事ほど困難な事はそう多くはない。

 他の学術的な分野であればそれは単なる知識量の差の問題かもしれないが、軍事の場合それは価値観、倫理観の差———それはあるいは最早世界観の違いとも言えるもかも知れないが———と言う形で大きな齟齬になるのだ。


 もっともそれは、それだけ軍人が有している世界観が独特で異常な物である、と言う事でもあるのだろうが、ともショウは思っている。

 それは数百年戦争を続けていても尚、文民と軍人が隔絶を維持していると言う事で、悪い事でも無いのだろう。


「いえ、お会い出来て光栄でした。閣下とは是非この先も引き続き良い関係を築き上げたいと思っておりますよ」


 ハーディングが完璧な儀礼に包んだ返答をした。やはり本心はショウにも分からないが、たとえ上司と言えども不機嫌さを隠せる人間ではないので、恐らく彼なりに好印象を受けたのだろう。

 ショウも席を立ち、謝辞を示す。


「最後に君達に覚えておいてもらいたい事がある」


 クロキはここで初めてわずかに声に力を込めた。


「恐らく連盟内部には、何としてでもこの戦争を終わらせまいとしている勢力が存在している。それは、恐らく帝国側にも存在しているだろう」


「それは、戦争を続ける事が権益に繋がる一部の好戦的な政治勢力や、長年続く戦争の結果肥大し、最早戦争が無ければ立ち行かないと言われる軍需産業の事ですかな?」


 ハーディングがわずかに首を傾げた。


「いや、そう言った者達も確かにいるかも知れないが、そう言った勢力の発生は国家が戦争に対して起こす、ある意味で自然かつ健全な反応の一つだろう。私が言っているのは、そんなつまらない勢力の事ではない」


 ハーディングの表情に戸惑いが出た。この一見すると聡明で清廉そうな国防委員長は実は裏で陰謀論にでもはまっているのか、とでも言いたげである。


「陰謀論にでもはまっているのか、と言いたげだね」


 声には若干力がこもっても、やはりクロキは穏やかな表情を崩さない。


「いえ」


 内心を見透かされた事に、ハーディングの方がわずかに動揺を見せた。


「確かに具体的な内容や証拠を提示出来ない以上、今の時点では陰謀論の一種だと取られても仕方ないな。だから今の話は本当にただ覚えておいてもらいたいだけだ。君達が軍内で然るべき立場に就くようになれば、いずれ否応なく真実を知る時も来るかも知れない」


 ハーディングは戸惑ったような様子のままである。

 ショウの方は意図的に、それもかなりの精神的努力を要しながら、自分の動揺を表に出さないようにしていた。


「埒も無い話をしたな。今は、ただの繰り言だと思っていてくれ」


 それで、クロキとの会食は終わった。


「どう見た?」


 店から出て、車に乗った所でハーディングが訊ねて来た。


「国防委員長としては優秀な方なのではないでしょうか。やや理想論に傾き過ぎなきらいもありましたが、政治家としてはそちらの方が正しいのかも知れません」


「そう言う事を聞いてるんじゃない、最後の一言だよ。ありゃ何か特別な意味があったのか?」


 そう言う意味の質問であった、とはショウも分かっていたが、敢えてピントをずらした返答をしたのは彼自身考えを整理したいからであった。


「ただの陰謀論、とは思いたくはありませんね。現実的に解釈するなら何か実態のある反体制派勢力やクーデターの兆候を国防委員長が掴んでおられる、と言う事では?」


 結局ショウは当たり障りのない答えを返した。

 クロキ国防委員長が暗喩した存在が自分が知っている物と同じであると言う確証はないし……仮にそうだったとしてもその存在の事を今証拠もなくハーディングに伝えても恐らくどうしようもないのだ。


「そんなもん国防委員長の地位ならどうとでも出来るだろう。俺達にあんな意味ありげな言葉で伝える理由があるのか?」


 ハーディングはクロキに不審を抱いていると言うよりは、単純に戸惑いが継続しているようだった。


「さあ。案外国防委員長でもどうしようもない物が存在しているのかも……」


「それこそ陰謀論だろう」


 ハーディングは笑い、これ以上ここで話しても仕方がない、と思ったのかそれで会話を一旦終えた。

 数日後、連盟前線艦隊の司令部でジェームズがショウの元に吉報を届けて来た。


「先輩、捕虜返還の第一便でパルマー中佐が帰還されるようです」


「そりゃ良かった。苦労を掛けてしまったし、出迎えに行こうか」


 三星系からの撤退の殿軍を務めた第十艦隊のさらに最後尾にいた第一分艦隊。

 その中で最後まで戦場に留まり戦い続けたのが彼女率いる空戦隊であった。

 彼女が投降を選び捕虜になったとしても、それを責められる者は連盟軍人の中にはいないだろう。


 そして勝ち目がない状況まで戦って上で捕虜となるのは決して恥じるべき事ではなく、軍人としての正統な権利だと言う事を周知させるために、彼らを上官が出迎えるのは必要な演出の一つだった。


 翌日、捕虜になった者達の帰還を空港で出迎えた後、パルマーが時間を取って欲しいと言うのでショウは自分の執務室で彼女と個別に会う事になった。

 パルマーは捕虜生活での憔悴なども無いようで、以前に艦橋で出会った時と同じく、元気でその美貌にも衰えはない。


「何の話だろうね、中佐」


 儀礼的な労いはすでに空港で終えていたのでショウはいきなりそう尋ねた。


「はい、まず不躾な質問ですが。提督、恋人はおられますか」


「いや、いないよ」


「作る予定は?」


「それも今の所ないかな」


 かつてないほど戸惑いながらショウは首を横に振った。


「でしたらまずはそれは良かった」


「何だい?今は忙しいので私への愛の告白ならひとまず遠慮願いたいのだけど」


「いえ、そう言う事ではないのでご安心ください」


 パルマー中佐は真面目な顔で答える。


「そ、そうか」


 意外と捕虜生活で精神が参ってるのだろうか、とショウは思った。


「それで本題ですが」


 今のが本題でなくて良かった、とショウは心底ほっとした。


「宇宙艦隊副司令長官……いえ、今はもう宇宙艦隊司令長官になられたアデルモ・エピファーニ大将がクーデターを起こされる可能性があります」


 ショウは座っていた椅子からずり落ちた。

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銀河悪役令嬢伝説~破滅した悪役令嬢に転生して二人の天才と渡り合い、二分された銀河をなるべく平和的に統一しろと無茶ぶりされました~ マット岸田 @mat-kishida

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