第百六話 リィ・クロキ国防委員長-連盟side

 ショウ、ハーディングの二人とクロキ国防委員長との非公式の会見は連盟領の中で最も三星系に近い星系であるビクトリア星系の第一惑星ウィリアム・ラムの高級レストランで行われた。


 星系連盟最高評議会メンバーの一人、リィ・クロキ国防委員長は未だ四十歳にならない男性の若手議員である。

 日系を中心にしたアジア人の血がいくつか入っている家系で、日系植民惑星の出身であるショウと違い、地球出身のエリートだ。


 日系人にしてはかなり高い身長を持つ実年齢より若く見える美男子だった。

 ただ視力に障害があり、普段はそれを補うためのバイザーを付けている。

それでも顔立ちの良さは隠せず、未だ独身と言う事もあり、特に女性の有権者から大きな支持を得ていた。


 同じ髪と肌の色だが自分と違ってだいぶモテそうだな、と言うのが彼を見たショウの第一印象である。


 互いに名乗り合い、伴って来た秘書を下がらせると、彼はショウとハーディングに席を勧め、自分も座る。


「忙しい所、時間を取ってもらって済まないな。ハーディング大将、カズサワ中将。バイザーの失礼は許してほしい。これが無いと食事も出来なくてね」


 クロキ国防委員長の声は低く良く通る美声だった。この声で演説を行えば、仮に語る政策がどれだけ荒唐無稽な物でも一定数の人間は彼に投票してしまうだろう、とショウはかなり失礼な感想を抱く。

 士官学校を優秀な成績で卒業しながら、遺伝病による視力低下が発症した事により入隊を諦め、国防委員会事務局職員を経て政治家に転身したと言う経歴の持ち主だった。

 軍事に対する深い見識を持つ一方で、最高評議会の中ではエラン・ヴィルシェーズ議長と並ぶ穏健派としても知られている。


「いえ、何分身分が上がっても兵と船の数が揃うまでは出来る仕事が限られていまして」


 ハーディングは緊張した様子もなかった。


「船と人自体は後方にあるのだが、大規模な編成替えには各星系同士の調整が必要でね。そちらがまだ難航しているよ」


 寄り合い所帯である星系連盟軍は艦隊の指揮官一人にした所で各星系間のバランスを取らなくてはならない。

 宇宙艦隊に最大の戦力を抽出しているのは無論太陽系だったが、だからと言って軍の人事を太陽系出身者だけで固める訳には行かないらしい。


 そんな風に軍事が政治に束縛される事に対して、手足を縛られて戦っているようなものだ、などと憤る連盟軍人もいるが、それは恐らく相手の帝国も同じだろうし、それに軍事が政治に束縛されなくなってしまっては恐らく戦争をする意味自体が無くなってしまう……とショウは思っていた。


「しかしハーディング提督はさておき、何故自分などを?」


 割と本音の疑問をショウは口に出した。


「ジャンメール元帥が辞任される時に『この先、連盟宇宙艦隊を背負っていくのは誰か?』と尋ねたら君達二人の名前を出されてね。停戦期間中に、一度は会って話しておきたいと思ったのさ」


 あの婆さん、と口に出し掛けたのをショウはどうにか抑えた。


 料理が運ばれてくる。懐石と呼ばれる、魚を中心にした凝った和食だった。

 ショウにとっては食べ馴れた料理である。もっとも軍人として艦隊勤務をするようになってからは、中々本格的な和食を食べる機会はない。

 ハーディングは最初こそ少し戸惑っていたが、やがてショウの真似をしてスムーズに料理を口に運び始める。


「しかしこの先宇宙艦隊を背負っていくのは新司令長官のエピファーニ大将ではありませんかな、国防委員長。正直な所あの方を飛ばして我々の所に来られるのは少し意図がつかみかねますが」


 ある程度食事が進んだ所でハーディングがストレートに切り込んだ。


「エピファーニ大将はジャンメール元帥と同年代だ。繋ぎとして今の職に就いてもらったが、三年後には後任を決める事になるだろう。今の所候補は第一に君、第二にカズサワ中将だな」


 クロキ国防委員長はハーディングの不躾さにも機嫌を損ねたようには見えない。

 ひとまず国防委員長の相手はハーディング提督に任せておこうとショウは焼き魚の骨取りに集中し始めかけたが、さすがにあまり心証を悪くしても、と思い直し、手を止めると話を聞く姿勢を取る。


「つまりこの先、三年の間は大きく戦局を動かすつもりはない、と?」


「私個人としてはね。もっとも民意が望めば出兵せざるを得ないが、それでも三星系の再奪還を試みるような大規模な戦いは出来る限り避けたいと思っている」


「何故三年なのです?」


「まず国防委員長として連盟軍の制度改革を行うのにそれぐらいは掛かるだろう。そして国防委員長の身分では出来る事に限りもある。そして私は戦争を政治家のツールにするつもりはない。戦争は政治のツールであるべきだ」


 自分は出兵による点数稼ぎをしなくても三年後には最高評議会議長になっている、そしてその時こそ政治のツールとしての戦争を最大限に活用する、と言う事だった。

 傲慢と言っていいような自負だった。しかしそれをはっきりと口に出すだけ、ショウはクロキ国防委員長に好感を持った。


「大きく戦局を動かすつもりが無いのに軍内でも最強硬派であるエピファーニ大将を宇宙艦隊司令長官に任命されたのは何故です?」


「確かに私とエピファーニ大将には政治思想や対帝国戦略でかなりの距離があるが、軍の権限の強化と拡大が必要だと言う点では一致している。三年の間にエピファーニ大将には宇宙艦隊の改革の点で尽力してもらうつもりだよ」


「では三年後にはどんな戦略で帝国に相対されるおつもりで?」


 今の所ショウが訊ねたい事は全て代わりにハーディングが訊ねてくれるので、ショウは予定通り、聞きに徹する事にした。


「三年後、三星系の再奪還は可能と思うかね?」


「俺がトップでカズサワが№2、下の人選も全て任せて頂ける体制が作れているなら、まあ奪還自体はやってやれん事は無いでしょう。そこから維持し続ける事が出来るかどうかは保証しかねますが」


「三星系の中でも伝統的にもっとも帝国への支持が強いゼベディオス星系を除いた残る二つの星系だけであればどうだろうか?」


「ほう?」


「端的に私の戦略を語ろう。まず宇宙艦隊を強化し、三星系での戦いに勝利する事によって帝国に三星系の内、少なくともフィリップ星系とダーニエール星系を維持し続ける事は不可能だと認めさせる。そして三星系の内、ゼベディオス星系の返還と、残る二星系の非武装中立地帯化を条件に帝国と公的な和平を結ぶ」


「その条件での和平の実現可能性については論ずるのはやめておきましょう、私の専門ではありません。しかし仮に実現した所で、長続きしますかな?」


「しないだろう。しかし現実的には連盟と帝国、どちらも現状ではこの戦争を決着させるだけの国力は無い。となれば無駄に人命と国力を浪費する不毛な戦いを続けるよりも、まずはひとまずでも矛を収めるべきだ」


「そして何年かしてまた開戦、ですか」


「そうなるかも知れない。だが、それを繰り返しながらも、いずれ完全とは言わないまでも、それなりに満足出来る平和は訪れるだろう、とも私は思っている」


「それは一体、どう言った理由で?」


 初めてショウの方が質問を投げかけた。


「どのような政治制度であってもいずれ腐敗と矛盾によって破綻を来たし、変革を余儀なくされる時が来る物だ。近い将来なのか遠い将来なのかは分からないが、帝国にもいつか今の皇帝による専制体制を捨て去る時が来るだろう。それが開明的な君主や貴族の自己改革による物か、あるいは民衆の革命による物か分からないが。そうなった時、連盟がまだ今の民主主義の理念を保っていれば気付くはずだ。もうこの戦争には何の意味も無い、と」


「民主主義国家同士は戦争をしない、ですか」


 古い哲学者の言葉を引用し、ショウは相槌を打った。


「その言葉が完全に正しいとは思っていないよ。現実の政治はそれほど単純ではないし、人間の集団と言うのはそれほど賢明でも良心的でもない。だが、今の連盟と帝国に関してはあてはまる言葉だとは思う。故に連盟の政治家は連盟をより高度な民主主義国家にすると同時に、この戦争の動機をより純粋なイデオロギーによる物へと昇華していかなくてはならない。そしてそのためには戦間期が必要なのだよ。絶え間ない苛烈な戦争は国家を全体主義国家へと近付け、戦争の動機を曖昧にしてしまう」


 クロキの声は淡々としていた。しかしそれでも声質のせいか、あるいは内に込められた物のせいか、不思議とこちらの心に良く響いて来るような感覚に襲われる。


 これを本心で語っているのだとしたら、この人は有能で自信家である以上に相当のロマン主義者のようだ、とショウは思った。

 人間の集団と言うのが基本的にそれほど賢明でも良心的でも無いとして、その集団を政治の力でどこまで御する事が出来るのか、と言う事まで考えると、ショウはこの国防委員長程に楽観的にはなれない。


 それでも、戦争を政治権力の獲得と維持のための道具とし、無駄に好戦的なナショナリズムを煽るような人間や、逆に軍隊や武器を捨てさればそれで平和が訪れると吞気に信じているような人間達よりは、はるかに健全で現実的な政治と戦略感覚の持ち主ではあるのだろう。

 そして自分には理解出来ないようなロマン主義の持ち主でなければ、銀河を二分する国家の未来の事を真剣に考えるなど、出来ないのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る