第百五話 万骨枯れど功なりし者無し-連盟side-
一週間を超える交渉の末、連盟と帝国は半年間の停戦、捕虜の交換、停戦期間内の三星系から連盟領への避難船の往来などに関する協定を取り決めた。
双方とも長期間の停戦の必要については同意していたが、惑星に残っている守備隊をどこまで捕虜と見做して武装解除を行うかや、往復する避難船数量の上限や臨検などの細かい部分について交渉は難航した。
協定は建前としては政府ではなく連盟側は宇宙艦隊司令部、帝国側は戦略機動艦隊司令部の名前で結ばれたが、実際には双方の文官が現地まで赴き、自国の軍人達と逐一細かい協議を行い、場合によっては秘密裏に直接相手の文官と膝を突き合わせての交渉まで行われた。
政府同士の正式な停戦条約とはならなかったが、それでも過去に例の無い長期間である事に加えて現場レベルではない最高司令部同士の停戦を和平の機運と感じる向きもあるようだ。
三星系を奪取された直後の停戦に対し、世論の反応は様々だ。
このまま帝国による三星系の実効支配と既成事実化を許さないために即座に再奪取を試みるべきだったと言う声もあれば、むしろ三星系の本来の帰属は帝国にあるのだからこれを機に和平すべきだと言う声もある。
ただそれらはどちらも極端な意見と言う扱いで、大多数の人間は今のタイミングでの停戦を現実的にやむを得ないと認識しており、同時にその事態を招いた敗戦に対して政府以上に軍部と宇宙艦隊への責任を問う声が高まっていた。
実戦面での最高指揮官であったオティエノ大将は戦死していたため、宇宙艦隊司令長官のアポリーヌ・ジャンメールが停戦の成立と共に敗北の責任を取って辞任し、後任には副司令長官のアデルモ・エピファーニ大将が任命された。
エピファーニ大将はもっぱら左派穏健派と見なされていたジャンメール元帥とは対照的な右派強硬派と知られており、ここしばらく目立った宇宙艦隊の守勢戦略への批判を和らげる事を配慮した人事である事は明白だった。
他にも作戦に関わった者達に左遷の嵐が吹き上げる中、エドワード・ハーディングを始めとした第十艦隊の主要メンバーは揃って昇進を遂げた。
全体として戦いぶりに精彩を欠いた連盟艦隊の中で、第十艦隊がどの局面においても奮戦し続けたのは、あの戦場にいた万人が認める所だった。
とりわけ全体の勝敗が決した後にほとんど単独で戦線を維持し続けると、大きな犠牲を出しながらも味方の損害を抑え、帝国軍のそれ以上の追撃と侵入を防いだ功績は、大敗の衝撃を少しでも和らげようとする軍宣伝部によって大々的に喧伝され、ハーディングとその部下達———その中でも以前シュテファン星系の活躍ですでに名を知られたショウ・カズサワは特に———の名は連盟中に響き渡った。
ハーディングは大将に昇進し、司令部が壊滅した三星系駐留艦隊に代わって新設された連盟前線艦隊の司令に任命された。
もっとも連盟宇宙艦隊は再建中であり、今の彼には元から指揮していた第十艦隊の残存戦力以外は与えられていなかったが。
ショウも中将へと昇進し、一個艦隊の司令となる事が内定した。彼も今の所実際に指揮する艦隊は手元に存在しないが、戦力が整備された後は引き続きハーディングの下で前線に立つ事が確実視されている。
「こう言うのは何て言うんだったかな。一将功なりて万骨枯る、か?」
敗戦と停戦の二つに関する様々な雑務を一通り終え、ようやく人心地付けるようになった連盟前線艦隊の司令官執務室で、大将の階級を付けたハーディングが皮肉げな口調で言う。
ショウはともかくとして、ハーディングの方は本来自分の名声と階級が上がる事になんら抵抗も無い所かむしろ「上がって当然だ。ようやく俺の実力が分かったか」と言うタイプの精神の持ち主であったのだが、それでも大敗の結果昇進、と言うのではいささか複雑な気分にならざるを得ないらしい。
「万骨枯れど功なりし者無し、じゃないですか」
そのハーディングに対しショウはそれ以上の強烈な皮肉で応じた。
「ま、戦力が少なかったならまだ政治家共のせいに出来るが、一応は敵より多くの戦力を与えられて、しかも防衛側って有利であの惨状だ。俺らも偉そうな顔は出来んな」
ハーディングはやんわりとその皮肉を受け止める。彼自身は当の昔に敗戦の衝撃から精神的に立ち直っていた。
「ジェームズとロベルティナの二人も分艦隊司令への格上げと前線艦隊への配置はほぼ確実だ。婆さん、辞任前に俺らのこの先の仕事をやりやすいようにだけはしといてくれたな」
「出来ればジャンメール元帥には意地でも椅子にしがみ付いていて欲しかったものですが」
ショウはジャンメールの慎重で堅実な手腕を高く評価していた。
戦争では慎重である事だけが常に良い結果をもたらす訳では無いが、それでもよりリスクが低い方に賭けて失敗する方がその逆よりもマシなのは一つの真理だ。
ましてや「彼女」が帝国側の最高指揮官となっていずれ大攻勢を仕掛けて来るのが確実な今の状況では、である。
後任のエピファーニ大将は軍歴に関しては輝かしいが、同時に過激なまでの対帝国主戦論者としても知られていた。
「仕方あるまい。シュテファンを放棄し三星系防衛戦略にシフトした矢先の失陥だからな。せめて宇宙艦隊のトップが責任を取らんと批判は国防委員会や最高評議会にまで飛び火する」
星系連盟の総会には各惑星から一名ずつ選出された議員が出席し、彼らの投票によって実質的な行政機関である十二の委員会の委員長と最高評議長が選出される。
膨大な人口と国力を誇る地球、火星、金星の三惑星と言えども総会では一票に過ぎず、また政治・経済的影響力を行使して惑星間で党派を組み多数派を形成しても、最高評議会メンバー選出の際の投票では全十三回の投票の内、一人の議員が十回までしか投票権を持たないため、単に過半数を取るだけではポストの独占が出来ず、少数勢力もある程度行政に影響力を持つ事が出来る。
他に各惑星の最高司法機関から派遣されたメンバーによって運営される連盟最高裁判所も存在し、各惑星、さらに最高評議会と総会が連盟憲章に違反していないかの監視を行っている。
各惑星の帝国への離反を防ぐため、連盟の政治制度は出来る限り死票を減らし、権力への監視を厳しくする事を自ら余儀なくされていた。
そしてそれは同時に連盟が各惑星の世論を無視して戦争を続ける事が出来ない事も意味する。
全く皮肉な事だが戦いの大義が「独裁君主国家への抵抗」しか無い事が、実際には地球政府の権益のために始まったこの戦争で連盟側を大きく縛っていた。
「もし仮に連盟がこの戦争に勝利して帝国を完全併合し、その後で連盟憲章の原則に従って旧帝国の惑星に独立を与えて行けば、それで連盟は帝国に乗っ取られるだろう」と言うのはかなり昔からある政治風刺だ。
「停戦明けに、こっちからの攻勢が始まりますかね」
「難しい所だな」
地球を始めとした三星系に権益を持つ星系や右派強硬派からは当然奪還の声が上がるだろう。だが、さらなる犠牲を払ってまで攻勢を仕掛け、再び奪い返すだけの大義が乏しいのは子どもでも分かる理屈だった。
「まあこっちからいきなり大攻勢、とはいかないんじゃないか。あるとしても予防的に威力偵察や拠点確保のための小規模な攻勢からだろうよ。建前としては」
建前としては、と言う所にかなりたっぷりの皮肉の色がこもっていた。
「半年の間に、せめて前線艦隊だけでも満足できる態勢にしておきたいものですね」
敗戦後の様々な雑務はショウにとっては全く煩わしいものでしかなかったが、その最中に未帰還となっていたラクシュミー・パルマーの生存が判明し、しかも早期帰還の見込みが立ったのはかなり喜ばしい事だった。
半年後どんな任務が与えられるにせよ、彼女の能力はこの先もショウの艦隊には必要になる物だろう。
「ああ、それとカズサワ」
「はい」
「今こっちに来てるクロキ国防委員長が俺達と個人的に会いたいってよ」
「えぇっ……」
ショウは露骨に嫌そうな声を上げた。
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