第百四話 あんまり私一人のためなんかに泣くんじゃない
「病気、ですか?」
自分の顔が青ざめるのを感じながら、何とかそれだけ尋ねた。
「病気と言えるのかどうかな。治療法はない。生まれ付き寿命が短い事だけははっきりしていたんだ。常人の半分ぐらいだろうと思っていたが、最近の体調を鑑みるにもっと短そうでね。君の前世でわざわざ悪態を突いて処刑されに行った所を見ると、その辺りがリミットなのかも知れないな」
それじゃあ、せいぜい後二年程度だ。
「それじゃあ、軍で働いたりしていないで、すぐに入院を」
「言っただろう、治療法はない。大人しくしていたからって寿命が延びるような性質の事じゃないんだ」
「一体、どうして……」
「私の本当の父親は今でも現役のとある軍の高官でね。若い時から軍での出世が何よりも生き甲斐のような人間で大貴族の娘を妻に貰ったが、子どもが出来なかった。そして通常の不妊治療で成果が出なかったので、自分達の遺伝子を元に子どもを作る事にした……それだけじゃ飽き足らず、父親の方は遺伝子をいじって軍事的に優れた才能を持つ子どもを作る事を依頼したのさ。将来的に自分の出世の道具にするためにね」
「それは」
「知っての通り先天的な病気の治療を目的にした物など一部の例外を除き遺伝子操作は違法行為だ。それだけでなく軍事目的に活用するための人間の遺伝子操作は慣習的に戦争犯罪とされてきた禁忌でもある」
私は少しこの世界の遺伝子操作に関する歴史を思い返していた。
まだ人類が太陽系外に出るよりも昔、遺伝子操作の研究と実用がこの世界で全盛期を迎えていた頃、富裕層の間では生まれて来る子どもの遺伝子を操作し、少しでも優れた能力を持たせようとする事が流行っていた。
また軍事面では人間を超えた身体能力や知性を持った兵士や士官を人工的に生み出そうとする試みが各国で盛んに行われてきた。
だけど一定の範囲を超えた遺伝子操作によって生み出された人間は世代を重ねるごとにそうでない人間との交配能力を失っていく、と言う事が明らかになって以降、過度な遺伝子操作は最終的に人類と言う種その物の遺伝的な自殺に繋がる、と言う認識が生まれ、先生が言った通り、世界的に厳しく規制される事になる。
それは人類が帝国と連盟と言う二大勢力に分かれてからも変わっていない。
「もちろん全ては秘密の内に進められた。万が一にも足が付かないように、子どもの製造は三星系を仲介して連盟側のとある研究施設で行われた。連盟は民主主義である分、どうしてもそう言った規制は弱くなるからね。そうして生まれて帝国に送られたのが私さ。父親の希望通り軍事的に優秀な能力を持っていたが、しばらくしてある欠陥を持っているのが分かった」
「それが、寿命」
「いじり過ぎた副作用なのか、脳の寿命が人より短いらしいんだ。知能にまで劣化が出るのか、あるいは最後まで能力は保ったままで死ねるのかは分からないけれど」
「じゃあ先生の家族は?」
「私に欠陥があるのが分かり、将来そこから出生の秘密が露見してスキャンダルになるのを恐れた私の父親は母親の反対を押し切って私の存在を無かった事にした。その場で殺さず新しい名前を与え、引き取り手を探してくれた辺り、まあ父親にも多少の負い目はあったんだろうな」
私は目を伏せた。
この人はそれから、いったい自分の宿命にどう向き合って生きて来たのだろう。
「そんな泣きそうな顔をするんじゃない。それなりに世を恨んだりしたし、何なら人類を滅亡させるプランも練ったりしていたが、哀しいかなそんな事をしたって何の意味も無い、と理解出来る頭が私にはあった。それに、色々及ばなかったとはいえ、それでも母親の方は私の事をそれなりに愛していてくれたのは分かったしな。軍人になったのはただの父への当てつけだったし、それもしばらくすれば虚しくなって後は死ぬまで静かに引きこもって世の推移を眺めていよう、と思っていた所に君が訊ねて来た」
「どうして私に力を貸してくれる気になったんですか?」
例え銀河が平和になったとしても、先生にはそれで得られる物は何も無い。
「あれだけ人が生死を超えた先で戦う理由を語り合ったのに、今さらそれを聞くのかい」
先生が苦笑した。
「私にとって本当に重要なのは生きている間にどれだけ富や名誉を得るかと言う事じゃない。どれだけ長く生きるかと言う事でもない。どれだけ楽しく生きるかと言う事でもない。自分の命が終わる瞬間に、自分自身を何者だと思って死ねるか、だよ」
「先生は、人生の最後に何者でありたいんですか?」
「君の前世で君に悪態をつきに行った私は、恐らく馬鹿な貴族令嬢の非道な振る舞いを自分の命を顧みずに諫めた悲運の人間として命を終えたかったんだろう。今の私は君の下でこの馬鹿馬鹿しい戦争を終わらせるのに尽力した戦略家として命を終える事を願っているよ。私の人生は、それでいい」
「哀しいですよ、それは」
「ほう?」
「私は、先生にだってもっと長生きしてほしいです。私達がやった事の結果を見届けて、その先に来る敵とも一緒に戦って、そして最後に平和になった宇宙で幸せになって欲しいです」
「わがままを言うんじゃない。そもそもどうしようもない事はどうしようもない。それは軍事に限らずあらゆる事で最初に理解すべき事だ。それにあまり憐れまれるのも不本意だな。これでも結構君には感謝してるんだ。君が引きこもっていた私を引っ張り出してくれたおかげで、自分が何のために生きているのか、悩まずに済むようになった。それに寿命が短いのだって悪い事ばかりじゃなかったさ。おかげで戦争に付きまとう死と言う物について、随分と透明感を高くして考えられた気もする」
そこで先生は一度話を切り、取り出した小さな錠剤を水で流し込む。
以前にも先生が飲んでいたのと同じ物だ。
「その薬は」
「ただの鎮痛剤さ、やや強めではあるが。頭痛が酷くてね。以前はアルコールで紛らわせていたが、最近はそうもいかず、薬に頼るようになった。思考力が落ちる気がするからあまり飲みたくないんだが」
「先生がいなくなってしまったら、私はどうしたらいいんですか」
「死ぬ前までには私がいなくてもどうにかなる程度の態勢は整えておくよ。その頃にはもう少し具体的な連盟との講和プランも立てられるだろう、とは思う。ただ私の代わりになるような人間なんてそう簡単には見付からないだろうし、それまでに君も成長するんだな。最後まで私に頼り切りじゃいけない」
先生はどこまでも自分の死に関しては淡々としていて、それなのに私に対しては優しかった。
「他の皆に、この事は」
私は泣きださないようにしながらそう尋ねた。
「エアハルトには折を見て君から伝えればいい。彼との相談は必要だろうからな。クライスト提督には、私から伝えるよ」
「先生、クライスト提督とはやっぱり?」
「誰かと恋愛してもお互いに不幸になるだけなのが分かり切っている、と言っただろう。だからそう言う関係には絶対にならないよ。もしそうでなかったら、と言う程度さ」
「私は先生に何が出来ますか?」
「私がいなくなった後も簡単には諦めず進んでくれればそれでいいさ。だがまあ、あまり根を詰める事も無い。私が亡霊になって君を縛っても何だしな。君はすでに私にとって良い上司で良い主人で良い友人だよ。だからそれで十分とも言える」
私の涙腺が限界を超えそうになったのが分かったのか、先生は手を回して私の頭を抱いた。
「まっ、あんまり私一人のためなんかに泣くんじゃない。これぐらいの事でそんなに泣いていたら、この先、涙が枯れてしまう。君が挑まなきゃいけない戦争と言うのは人間が行う中で最も悲惨で最も哀しい行為の一つだからな」
それでも堪え切れず、私は泣きだしていた。
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