名猫ツキミ その5
ツキミは加藤くん一家の猫です。
黒い毛の中で頭に月みたいな白い模様があるから名付けられました。
今日もツキミは、愛すべき家族、弟分の為に手を貸してあげます。
とはいえ、そろそろ二人も大丈夫そうです。誕生日のプレゼントが良いきっかけになったのか、最近はツキミ以外の話もできていました。長い間見守ってきた身からすると、喜ばしい進歩で、しかし更に成長するチャンスでもありました。
だから今日は、直接助けてはあげません。
その代わり、違う形で手を貸すのです。
ツキミは床で丸まっていました。
フローリングの上。柔らかいクッションも何もありませんし、固い床が好きな訳でもありませんが、それでも床に丸まっています。寒いのも嫌なのですが我慢します。
絶対に動かない。と、そんな強い決意を抱いて。
そんなツキミの耳に、静かな足音が聞こえてきました。
「ツキミちゃーん?」
声をかけてきたのは加藤くんのお母さんです。
小声の猫撫で声でお願いしてきました。
「ちょっとそこ退いてくれるかな〜?」
しかし言う事は聞けません。
この場所を動けない理由が、正にこのお母さんにあるからです。
お母さんも愛すべき家族ですが、残念ながら今は言う通りにはしてあげません。
フシャア!
心を鬼にして威嚇します。
「わ!」
お母さんは驚いて後退り。
しかし怖がりはせずに近寄ってきたので、そのまま威嚇を続けます。爪を構えて戦闘姿勢です。
「もう〜、機嫌悪いわね〜」
固い意思が通じたのか、お母さんは諦めて引き返しました。
なのでツキミはまた床で丸まります。最優先事項を守るべく、どっしりと構えます。
しかし、しばらくするとお母さんは戻ってきました。強力な武器を用意して。
「ほら、ね? これ好きでしょう? こっち来て〜」
その手にはおやつがありました。
ツキミが大好きな、あのおやつです。
思わず凝視してしまいました。
決意とは裏腹に、体がピクピクと勝手に動いてしまいます。
しかし我慢です。衝動を必死に抑えます。
「おかしいわね〜? いつもならすぐ食べるのに」
その通り。いつもならすぐに飛びつきます。それだけ美味しいのですから。
しかし今日のツキミは他に優先すべき役割があるのです。
フシャッ!
誘惑を断ち切り、お母さんの手からおやつを叩き落としました。未練を残さず弾いて遠くまで床を滑らせます。
「これでも駄目なの〜?」
お母さんはすごすごと帰っていきました!。
今度こそ諦めたのでしょうか。
油断せず強く警戒しながら、ツキミは再び床に寝転がりました。
しばらく平穏な時間が流れます。
ピクリ、とツキミの耳が部屋の中から音を捉えました。
起き上がって、その場を離れます。
その直後。
守っていたドアから、二人が出てきます。
「それじゃあ、また。クリスマスは楽しみにしてる」
「うん。私も」
加藤くんと榎本さんは、見つめ合って頬を赤らめて、二人の世界を作っていました。
お母さんの邪魔が入らないように二人きりの時間を守っていたのですが、無事順調に進んだようです。
ツキミがいなくても話が弾んで、それ以上にデートの約束まで。
二人の関係は、どれだけ進んだのでしょうか。ちゃんと気持ちを伝え合ったのでしょうか。
聞かないのも、
そんな苦労があった事も知らず、加藤くんは呑気なものでした。
「あ、ツキミ! いないと思ったらこんなとこに! ここじゃ危ないだろ」
なんと理不尽なのでしょうか。
ですがツキミとしても恩に着せようとは思っていません。
弟分と、そのお相手。見返りなく見守るのは当然なのですから。
一方で榎本さんはしゃがんで、ツキミを優しく撫でてくれます。
「ツキミちゃん。全部君のおかげだよ。ありがとね」
小さく、しかししっかりと感謝の言葉も。
ツキミは誇らしげに撫でられていました。
さて、これでツキミの役目は終わりなのでしょうか。
外のデートではツキミがついていけないのが心配ではありますが、いつまでもツキミ頼りでは困ります。
二人きりでも大丈夫だと、信じて待つとしましょう。それも兄貴分の役割です。
ツキミは満足して、二人の行く末に幸せあれと願うように鳴きました。
にゃんにゃん。
猫の手を借りないと進まないラブコメ 右中桂示 @miginaka
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