名猫ツキミ その4

 ツキミは加藤くん一家の猫です。

 黒い毛の中で頭に月みたいな白い模様があるから名付けられました。

 今日もツキミは、愛すべき家族、弟分の為に手を貸してあげます。


 ツキミは冬が好きでした。

 寒いのは嫌なのですが、コタツという素晴らしい場所があるのです。ぬくぬくとした場所で寝るのは気持ちが良いのです。

 しかし、あまりコタツを楽しんではいられません。

 加藤くんと榎本さんの二人を見守る役目があるからです。


 あの日のメッセージ以来、榎本さんは一人で遊びに来るようになりました。

 

 しかし、二人はまだ付き合ってはいないようです。どう考えてもお互いに脈アリだと思う状況のはずですが、まだまだ不安のようでした。

 だから、ツキミが見守るしかないのです。


 残念ながら今日はコタツの上。丸っこいぬいぐるみを転がして遊んであげると、二人は盛り上がります。


「ほら、こうやって遊ぶのが好きなんだよ」

「カワイイよね!」

「じゃあコレもあげよっか」

「いいの!? やった!」


 大好きなおやつをくれました。

 飛びついて味わっていると、可愛いと気持ち良いところを撫でてきます。

 いつもと同じ、ツキミを中心とした時間。


 そう、ずっと同じなのです。

 せっかくの二人きりなのに、お互いツキミを可愛がるばかりでした。無言より話が弾むのは良いのですが、もっとお互いについて話した方がいいはずです。

 じゃあツキミが離れればどうかと言えば、今度は恥ずかしがって黙ってしまうのです。

 不甲斐ない、とツキミは呆れます。

 格好の話題があるのに、と呆れます。


 ツキミは知っていました。

 今日この日は加藤くんの誕生日である事を。榎本さんもそれを把握している事を。


 意識しているのは丸わかりなのですが、二人とも触れません。


「ところで、その……今日は…………ツキミに会いに来たんだよね?」

「……え、そ、そうだよ。ツキミちゃんと遊びたくて」

「でも今日は……俺の…………部活、大変だったんだよね。寒くて」

「あ、うん。今日は……寒かったね、凄く」


 どうして嘘をついてしまうのでしょうか。

 話を切り出そうという努力は見えますが実は結びません。お互いに逃げています。もしもを恐れて、話し出せません。

 ツキミからすると、両想いなのだからそれを素直に言えばいいだけです。それが一番難しいのでしょうが。


 なんなら無言でもいいのです。榎本さんはあと一歩踏み出すだけ。ちゃんと用意しているプレゼントを渡すだけでいいのです。

 カバンの中に、大切にしまっているのは分かっています。

 猫には価値がよく分からなくても、二人にとっては特別なプレゼント。

 必ず渡さなくてはいけない、形になった気持ちです。


 これは、またツキミが手を貸すしかなさそうです。


 おやつを楽しむのを止めて、榎本さんのカバンに飛びつきました。ひっくり返して、中に顔を突っ込みます。

 猫の軽やかな動きに人間はついてこれませんでした。


「あ、ちょっ! コラ、ツキミ!」


 加藤くんは少し遅れて反応して、ツキミの体を抱えてカバンから引き剥がしました。本気で怒った顔は榎本さんへの気持ちそのもの。

 ですがツキミの仕事は既に完了しており、カバンから綺麗に包装された箱が飛び出していました。


「あっ! ……駄目っ、これは……っ!」


 榎本さんが慌てて飛びつき、隠すように拾いました。

 加藤くんの動きが止まります。

 その目は期待と不安が混ざった、複雑なものでした。


「……それ、は?」

「あ! えっと、これは、ね……」


 榎本さんはしどろもどろ。キョロキョロして、加藤くんから目を逸らします。そして代わりにツキミと目が合いました。

 

 ツキミはじっと見つめます。

 言葉は通じませんが、それでも背中を押したくて、見つめます。

 加藤くんの手から逃げ出すと、数歩歩いて前脚、肉球を、榎本さんにぽふんと押し付けます。


 大丈夫、心配はいらない、と。


 伝わる訳はなくても、それでも応援します。

 ややあって、榎本さんはしっかり頷きました。覚悟を決めたようです。

 綺麗な箱を、加藤くんに渡します。


「加藤君……これ、プレゼント。誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう……」


 お互いに真っ赤な顔で、か細い小声。

 照れ過ぎてまともに向き合えず、床の方を見つめています。ですが二人とも嬉しそうです。気持ちが通じあっています。


 やれやれ。ツキミは良い仕事をしたと満足して、コタツで丸くなるのでした。


 にゃーにゃん。

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