名猫ツキミ その3

 ツキミは加藤くん一家の猫です。

 黒い毛の中で頭に月みたいな白い模様があるから名付けられました。


 今日もツキミは、愛すべき家族、弟分の加藤くんの為に手を貸してあげます。


 具体的に言えば加藤くんの部屋で、写真撮影会をしていました。


「よーしよし、ツキミ。そのままそのまま……」


 榎本さんに送る為の──仲良くなる為の写真や動画を撮るのです。

 加藤くんが出来る限界の、涙ぐましい努力でした。


 ツキミは座ったり、寝転がったり、次々とポーズをとります。

 箱にも入ります。気持ちの良い、丁度いい大きさの箱はお気に入りで、しかも入るだけで加藤くんからも好評です。

 面白い動きをするおもちゃで遊ぶだけでも、やたらと褒めてくれます。


 こんな事はお手の物です。加藤くん達の反応を見て、どんな事を人間が求めているのかは知っているのです。だから可愛くなるように気を遣って、いいえ、何か物を壊したりしなければ、大抵の人間は何をしても喜ぶのでした。


「気に入ってくれるかな〜?」


 写真や動画を撮り終えた加藤くんは、祈るように丁寧にスマホを操作しました。そしてしばらく、落ち着きなく部屋の中を歩き回っていました。

 心配しなくてもいいとツキミは思うのですが、どうしても不安なようです。自信があればもっとモテるのに、と溜め息を吐くように鳴きました。


 そして、やっぱり結果は良好。

 榎本さんからの返事に飛びつきます。


「お! ほら。『すっごく可愛いね!』ってさ。それにまた家に来たいって!」


 加藤くんはニヤニヤと緩みきった顔で笑います。落ち着きなく体が揺れています。

 端から見ると、恋する少年は少し恥ずかしい程の狂喜乱舞をしていました。

 ツキミが手伝ったのだから当然です。

 と言いたいところですが、真実は知っています。あちらもツキミを口実にやり取りをしたいのだと。

 じれったくて仕方のない二人です。


 と、気付けば、返信していた加藤くんの手が止まっています。うんうんと唸って、悩んでいる様子。

 そして意を決した顔をして、ゆっくり確実に、文字を入力していきます。


「今度は二人で会えないかな……」


 お、ようやく一歩進むのか?


 ツキミは興味津々に見守ります。これまで応援してきた甲斐があったと、誇らしげに見守ります。


 が、加藤くんの手はまた止まってしまいました。


「いやいやいやいや。まだ気が早い、か?」


 迷っています。いえ、諦めようとしています。

 勇気は一瞬だけで、また不安が大きくなって、怖気付いています。


「あんまりがっつくと嫌われるよな……」


 とうとう不安に完全敗北して、メッセージを消すつもりです。


 なんとヘタレなのでしょう。たからまるで進展しないのです。期待したのにガッカリです。


 ツキミは仕方ないので手を貸してあげる事にしました。少々強引にでも。


「あ、こらツキミ!」


 フシャッ、とスマホに猫パンチを繰り出します。一度手に当たって床に落ちました。

 更にもう一撃すると、部屋の隅へふっ飛んでいきました。

 慌てた加藤くんはいち早く回収しに行きます。


「いきなりなんだよ……壊れてないよな……あ! 送信しちゃってる! あーもうツキミ!」


 しっかりツキミの狙い通り。加藤くんはパニックになりながら、なんとか訂正しようと指を動かします。


 しかし、またまた手は止まりました。


「え? いいよ、って……」


 答えはやっぱり、心配無用の両想い。

 固まっていた表情が、満面の笑みに変わります。ニンマリと口元が丸くなります。

 喜びが爆発しました。


「ツキミ! やったやった! おまえのおかげか!?」


 ツキミを抱えて、回って、はしゃぎます。

 嬉しそうに幸せそうに、はしゃぎます。

 そんな大袈裟な喜びようにつられて、ツキミもまた嬉しくなって鳴くのです。


 にゃにゃにゃん。

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