名猫ツキミ その2
ツキミは加藤くん一家の猫です。
黒い毛の中で頭に月みたいな白い模様があるから名付けられました。
今は八才。子猫の頃から一家に愛されて育ち、すっかり家族の中心的な存在になっていましたので、自分がしっかりして家族を支えてあげないとな、なんて風に思っていました。
今日もツキミは、愛すべき家族、弟分の為に手を貸してあげます。
最近は加藤くんの恋愛を応援しているのです。
「加藤君、ツキミちゃんに会いに来たよ!」
気になるお相手の榎本さんは、今日も遊びに来ています。
ポニーテールが可愛い女の子は元気いっぱいに挨拶してくれました。
しかしツキミは加藤くんに呆れていました。
「こんちはー」
「お邪魔します」
「ざあーっす」
お客さんが、なんと四人もいます。
皆は部活の友達のようです。賑やかで楽しそうなのは良いのですが、これでは雰囲気が作れません。
恋を発展させたいのなら、二人きりになった方がいいのはツキミにだって分かります。
「よおーしツキミ。皆と遊ぼうな」
加藤くんに抱えられて、ツキミは皆の前に登場しました。
内心呆れながら、それでもキューピッドの役目を果たそうと可愛く振る舞います。
ツキミを言い訳、口実にして、更には友達の一人として家に呼ぶのが加藤くんの限界。
まだ二人きりで誘う勇気がないのでしょう。
なんと情けないのでしょうか。
「ツキミちゃん、今日もカワイイね!」
「でしょ?」
「おやつ持ってきたけど、あげていい?」
「うん、大丈夫。好きにしていいよ」
そしてそれは、榎本さんも。
ツキミだけは知っていますが、実は既に加藤くんとは両想いなのです。可愛いツキミが目当てだというのは本当ではなく、加藤くんに会いに来ているのです。
しかし、こちらもこちらで直接好きだとは言えないようでした。
まだ友達として遊ぶのが精一杯なのです。
似た者同士、相性が良いのかもしれません。直接教えられたらどんなに楽でしょうか。
ツキミを構いながら、お互いをチラチラと見て、話すきっかけを探しています。ですが当たり障りのない話しか出てきません。
二人とも弱肉強食の世界ではやっていけないでしょう。
ツキミは溜め息を吐きたくなります。
ですが、仕方ありません。お世話は兄貴分の仕事です。
友達に囲まれた中、一肌脱ぐ事にしました。
「きゃっ!」
フシャア!
心を鬼にして、威嚇しました。
怒っているように猫パンチを空振りして、榎本さんを遠ざけます。
彼女は驚いて、尻もちをつきます。
加藤くんと三人の友達が心配げに慌てました。
「ゴメン! ウチのツキミが……」
「え、引っかかれた?」
「どうしたの。怒られてんじゃん」
「大丈夫?」
「うん、全然大丈夫。でも嫌われたかな……」
シュンとする榎本さん。
少しやり過ぎたのかもしれません。
と、反省するツキミでしたが、やはりここは心を鬼にします。
榎本さんを放置して、友達の背中に飛びつきました。
「え、なに!?」
驚くのも無視して甘えるように体をすり寄せ、注目させ、そして部屋の反対側へと走ります。
榎本さんから引きはがすように。
「全然大丈夫だから皆でツキミちゃんと遊んでて。ほら、構ってほしいみたい」
安心させるように笑って、榎本さんはさりげなく三人を誘導。
ツキミはおもちゃをくわえてきて、遊んでくれるように誘いました。可愛く振る舞って夢中にさせるのです。
榎本さんの言葉で安心した三人は彼女から離れて、しっかりとツキミ注目していました。
さあ、チャンスは作ってやったぞ!
と、加藤くんの方を見ます。
未だに怖じ気付かないか心配しましたが、ちゃんと榎本さんに付き添っていました。
「え、えーと、改めてごめんね。ウチのツキミが急に暴れて」
「いいよいいよ! 私が変な事したんだろうし」
加藤くんは殊勝な態度。榎本さんもツキミを責めません。
そして自然と二人の距離が近くなっていきます。
「嫌われちゃったかな……」
「大丈夫。ほら、あっちは楽しそうだし。さっきのは気まぐれだって」
「でも、ツキミちゃんに悪いし……」
「じゃ、じゃあさ! オレがツキミの好きなものを教えるよ!」
「ありがとう」
話は弾み、盛り上がります。相変わらずツキミの話題ばかりですが、これをきっかけに仲良くなれそうな雰囲気でした。
ツキミはその間、他の友達を魅力しておきます。
二人きりの時間がなるべく長くなるように。
これは大変な仕事です。いくら可愛くても視線を独り占めし続けるのは難しいでしょう。
それでもツキミは弟分の為ならと、気合いを入れてやってみせるでしょう。
にゃにゃーん。
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