猫の手を借りないと進まないラブコメ

右中桂示

名猫ツキミ その1

 ツキミは加藤くん一家の一員である猫です。

 黒い毛の中で頭に月みたいな白くて丸い模様があるから名付けられました。

 今は八才。子猫の頃から一家に愛されて育ち、すっかり家族の中心的な存在になっていました。家族は他に両親と一人息子。ツキミは彼らより生きた年月が劣っていても、自分は三人より大人だと思っていました。

 なので、自分がしっかりして家族を支えてあげないとな、なんて風に思っていました。


 今日もツキミは、愛すべき家族、弟分の加藤くんの為に手を貸してあげています。


「わあ、本物のツキミちゃん!」

「ね、可愛いでしょ」

「うん、カワイイ!」

「いいなー」

「次はこっちに来て!」


 自分の可愛さを存分に活用して、加藤くんが連れてきた男女三人のお客さんを歓迎します。

 その好感触な反応に、加藤くんはツキミへ大いに感謝していることでしょう。


 その中の一人については特に。

 加藤くんはお客さんの女の子、榎本さんが好きなようですから。


 加藤くんは中学生。女の子が気になりだすお年頃です。

 榎本さんはクラスメイトで、それから同じ陸上部だそうです。

 ポニーテールの髪、くりくりと大きな瞳、元気でよく笑う女の子。一生懸命走る姿は真剣そのものだそうで、そのギャップから好きになったのだとか。


 なのに加藤くんはずっと話すきっかけを掴めないようでした。友達より身長はたかくても、中身は小心者なのです。

 そこで白羽の矢が立ったのがツキミ。

 多分猫は好きだろうと、ツキミの写真や動画でアピールし続け、こうして遊ぶ仲までこぎつけたのでした。


 猫の手を借りなければ女の子一人誘えないとは、なんと情けない男でしょうか。

 ツキミは呆れるばかりです。

 まあ「ツキミのおかげで榎本さんと話せた!」と事あるごとに豪華なおやつをくれるので良しとしていましたが。


 今日はいよいよ家に招く事ができて、仲が進展するチャンスです。

 しかし、今までの様子からすると、加藤くんに任せていては上手くいかないでしょう。

 仕方がないので、ツキミはキューピッドになってあげようと頑張るのです。


「なんかすごい甘えてくる! え、いつもこうなの?」

「ね、ホント見た事ないよこんなの。撮っていいよね?」

「いいなー。ウチのマンションじゃペット禁止なんだよね」

「だったらまた家に来なよ。ツキミとならいつでも遊んでいいからさ」

「いいの!? うん、ありがと」


 榎本さんの返事に、加藤くんは見えないように小さくガッツポーズをしました。

 まだまだツキミに頼る気満々みたいです。


 ──それはいいが、見返りの方は分かってるな?


 とツキミは加藤くんをじいっと見つめました。


「ほら、あげてみる? ツキミこれ好きなんだよ」

「いいの? じゃあやってみる!」


 すると気持ちが通じたのか、お望みの物が差し出されます。

 ツキミの好きな豪華なおやつでした。

 榎本さんの手から食べます。あまりの美味しさに止まりません。ペロペロと夢中に、しかし役目は忘れず、惹きつけるように。


 そんなツキミを見て、榎本さんはカワイイと笑っています。

 そんな榎本さんを、加藤くんは可愛いと見つめていました。

 ですが、ふと振り返った榎本さんと目が合うと、唐突に裏返った声を出してしまいました。


「あ、そうだ。オレお茶持ってくるよ! ごめん遅くなって」

「え、いやいいよ。気にしないで」

「ずっと待ってたんだぞー」

「ツキミちゃんと遊んでるねー」

「あ、私手伝おうか?」

「大丈夫。待ってて、すぐ持ってくる!」


 榎本さんからの申し出も断って、加藤くんはそそくさと部屋を出ていきました。どうやら緊張や照れに耐えられなくなったようでした。

 ほら、やっぱり情けない。

 にゃあぁ、とツキミは溜め息を吐くように鳴きます。折角自分が手を貸しているのだから、もっと上手くやれるだろうと。


 残されたのは榎本さんを入れて三人。男の子はなにやら部屋の中を探っています。もう一人の女の子はツキミにおやつをくれました。榎本さんと二人でツキミと遊びます。

 しかし彼女のスマホが鳴って、注意がそちらに向きます。


 ツキミの前には、榎本さん一人。

 榎本さんは加藤くんがすぐには戻ってこない事を確認して、他の二人の様子も見て、それからツキミに顔を近付けてくると、ヒソヒソ声で言うのです。


「……ごめんね、私本当は犬派だったの。加藤君と仲良くなりたくてキミを利用しちゃった。……あ、でも今からは本当に猫派になろっかな。キューピッドになってくれたからね」


 なんとまあ、榎本さんは猫を被っていたようです。

 いえ、というよりこれは、ツキミがいなければロクに話も出来なかったのはお互い様だった、という事でしょうか。


 やれやれ、情けないやつらだ。もうしばらく手を貸してやるしかないな。


 仕方がないので、ツキミは二人を温かく見守ってあげる事にしましたとさ。


 にゃーん。

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