異世界転送サービス
神町恵
異世界転送サービス
僕はこの世界に絶望している。
勉強も運動もできない、友達もいない、それどころかクラスのいじめの標的にされている。
もちろん担任の先生は見て見ぬふり、味方なんて誰もいない。
両親はすでに他界し、親戚の家に引き取られたが僕の扱いはいないも同然、もちろん食事なんてものは与えられない。
「学費を払ってる上住まわしてやってるんだから食費は自分でなんとかしろ」だってさ。
食費はバイトで稼いだ金で繋いでいる。
ほんと笑うしかない。
幸いにも通っている高校はアルバイトOKなので、こうしてアルバイトである程度生活費などを賄っている。
とは言ってもいじめの主要メンバーに恐喝たり、親戚から家賃として徴収され残ったのはほんの3000…運良くたかられる頻度が少なくても5000円が多いところ。
そして今日も変わらず金をたかられる。
言われた通りちゃんとあげたのに最後は一発殴られる。
「今日の分の上納金ちゃんと払ったみてえだから一発だけにしてやる、慈悲深い俺に感謝しろよ!」
それのどこに感謝なんて抱けるか。
ああ……もう死にたい。
僕は登下校でいつも通る歩道橋から飛び降りようとする。
死んだら異世界に転生……なんて、そんなわけないか。
体を前に重心をかけようとしたその時、突如風向でチラシのような紙が僕の顔目掛けて飛んできた。
紙が顔に当たり、後ろに重心が向いた。
そしてそのまま歩道橋の上で尻もちをつく。
「なんだよ……飛び降りようとしたのに……」
飛んできた紙に目を通すとチラシにでっかく「異世界転移サービス」と大きく書かれていた。
・異世界転送サービス
異世界に"転移"したい方!
異世界へ旅行に行きたい方!
人生をやり直したい方!
現世から離れたい方!
ぜひ、異世界転送サービス営業所へお越しください!
事前申し込みは……
異世界転送?
そんなわけない、こんな都合のいい話があるわけ…。
……
でもこれがもし本当なら、僕は……。
気づけば僕はチラシに書いてあった電話番号を入力していた。
自分が思っている以上に追い詰められているってことだろう。
この異世界転送サービスがある意味僕にとっては残された最後の希望だった。
仮に詐欺だったとしてもすでに僕は絶望した身、どうせ死ぬんだから後のことなど関係ない。
「異世界転送にかかる金額は…一人1億!?」
もちろん僕にそんな大金を持ってるわけがない。
時間をかけて生涯貯金し続けたとしてもこの金額に届くかどうか……。
それなら自殺した方がマシだ。
「転移できないなら自殺するしか……ん?」
チラシは裏にも何かびっしり文が並んでおり、そこには"支払い不可の方"の条項が記されている。
そして最後の行に※で一言。
※詳しくは営業所にて詳細を説明いたします。
そう書かれていた。
僕はわずかな希望を抱きつつ、チラシに書いてあった一番近い営業所の住所を頼りに異世界に転移できるという営業所へと向かう。
歩道橋からの飛び降りを断念した後、すぐ受付電話番号を入力し、電話を通じて事前に訪れる日を予約した。
そして当日、ついにその営業所に辿り着く。
自動ドアが開き、そのまま建物内に入る。
中に入ると僕と同じく客としてきた人も多くはいないが数人いる。
中には一際目立つ人もいた。
正真正銘金持ちの人かな?でもそれ以外の人はそうでもなさそう。
一人1億なんていう法外な値段だったので、最初は金持ちの人しかいないのかと思った。
しかし、客の一人にボロボロの服を着たホームレスらしき人もいれば、僕と同様学生もいる。
金持ちならまだしも、僕たちのような一般人がどうすれば1億なんて…。
あのとき拾ったチラシの最後の文面に小さく"支払い不可の方"の条項が記されていた。
その条項いわく、無料での異世界転送のご希望の方は”一生現世に戻らない”という条件であれば、無料で転送サービスを受けることが可能だという。
異世界転送するかどうかは詳細を聞いてから決めるか…。
僕は受付を済ませ、順番が来るまで待合席でスマホを見るなどして時間を潰した。
「666番受付のお客様、4番受付部屋へお入りください」
アナウンスで呼ばれた僕は言われた通り4番の部屋へと向かう。
部屋に入ると机が置いており、そこに男性が一人、椅子に座ってこちらを見ていた。
ビジネススーツに黒縁眼鏡、ネクタイも黒色とまるで喪服だ。
「ご予約された中山様ですね、どうぞそちらの椅子にお座りください」
促された僕は椅子に座る。
顔はニコニコとしていたが、本性がなかなか見えない男だった。
でも口調は丁寧でドラマやたまに来る訪問販売員などで見る営業マンのイメージそのまんまの雰囲気だ。
「そんな固くならずリラックスしてください、よろしければこちらをどうぞ」
男はポットからお茶のようなものをマグカップに注ぎ、僕のところに注いだマグカップを置く。
「これは紅茶です、フランスから仕入れたおいしい紅茶ですのでよかったら」
男に勧められた紅茶を僕は飲んだ。
紅茶を飲むのは初めてだが、程良い香りと温かさに体が少しほっとなった。
「ありがとうございます、紅茶おいしいです」
「それはよかった、フランスから仕入れた甲斐がありました」
男はそう言って顔をニコニコとさせていた。
「申し遅れました、私、異世界転送サービス営業所横須賀支店転移案内課の佐々木と申します」
男はそう言って僕に名刺を渡す。
紅茶をもう一口飲んだ後、僕は男に聞く。
「あのう…異世界に行けると聞きましたが、それは本当でしょうか?」
相変わらず変わらないニコニコした表情で男は答えた。
「ええ、もちろん、こちらで手続きしていただければ異世界へご案内できます」
男はにこやかにそう言った。
ずっと閉じてるようにしか見えなかった男の目がこのとき初めて目を薄らと開けていた。
そして今度は男の方から僕に質問してきた。
「まずお聞きしたい点がありますが、あなたは今…何歳でしょうか?身長167か8程の学生服で来てるってことは中学3年生もしくは…高校生かな?」
男はいつもの表情に戻り、僕にそう聞く。
「はい、高校一年生で16歳です」
「若いですね、どうして異世界に行くことを希望しましたでしょうか?」
「それは…」
とりあえず異世界に興味があったからの方向で理由を述べた。
一方男は手帳を取り出し、僕に色々質問しながら手帳に何かをメモし始める。
僕のことを書いてるのかな?異世界に行くにも何か条件とかでもあるのかな?
もしかしたら「やっぱりご案内できません」なんて言われたらどうしようと思いつつ、質問されたことには答えられる範囲内で答えた。
そして……。
「色々とお聞きしてすいません、最後に一つよろしいでしょうか?」
男の問いに僕は「はい」と答えた。
男は一旦呼吸を整えるように小さく息を吸って吐いてをし、僕に言った。
「異世界に行くにはお一人様につき価格は1億円ちょうどになりますが、お支払い方法はどのように致しますか?」
さすがに変わらぬ表情でニコニコ顔をする男でも、少し心配な目を僕に向けてくる。
そりゃそうだ、なにせ異世界に行くのに1億円を払わなきゃいけないからだ。
そして僕はチラシに書いてあった"支払い不可の方"の条項について男に尋ねた。
「実は僕……1億なんて大金持ってなくて、それで…このチラシに書いてあった1回限りの異世界転送の方を希望したいのですが……」
僕は恐る恐る男にそう言った。
無料だから嫌な顔されるかな、でも1億なんて大金持ってないし……。
僕は責められると思い目を瞑る。
しかし、僕に返ってきた言葉は思ったのと違った。
むしろ、その逆で男は満面の笑みを浮かべて僕にハキハキと話しかけてくる。
「そうでしたか!それでしたら全然問題ありませんよ、異世界に"ずっと"生活なさるのでしたら無料での異世界転送は可能でございます」
男はご機嫌良くそう答える。
あまりのご機嫌の良さに逆に不安になる。
これ……絶対なんか裏あるじゃん。
僕は男に尋ねる。
「あのう、失礼なこと聞いちゃうと思うのですが……これ、異世界転移の際、お金以外で何か代償を払わなきゃいけないのとかってあるんでしょうか?」
質問に対し男は変わらずニコニコ顔で答える。
「いえいえ、現世に帰って来れない以外特にお客様が払わなきゃいけない物などはございません」
男からの返答に僕はほっと胸を撫で下ろす。
そして男はさらに説明を続ける。
「中山様がチラシを拝見なさった内容通り、無料での異世界転送ですと、一度異世界へ転送されれば2度と現世に帰ることはできません、この場合ですとお客様は異世界の地で第二の人生を一生涯歩むことになります」
「なるほど、それで、異世界転送ってどんな風に転送されるんですか?異世界系小説とかでは身体ごと転移したり、魂のみがそっちに転移したりとかよく聞くんですが」
「そうですね、中山様がお話ししてくれた例えですと、魂が転移するバージョンが近いですね」
「転送後、残った僕の体はどうするんですか?」
「残った身体につきましてはこちらで所有する形になります」
その一言に僕は「んっ?」と思い、一応最後の質問で男に尋ねた。
「身体を所有って、どんな感じにですか?」
「所有はそのままの意味ですよ、魂の元を異世界へ転送した場合、お客様の身体は脳死に近い状態になりますので、”特別な事情”がない限りはあとはこちらで冷凍保存することになります」
「そうでしたか、わかりました」
続けて僕は男に言った。
「佐々木さん、この無料コースでの異世界転送サービスで受けたいです」
そう言うと男はまた満面の笑みで、「ありがとうございます!」と言って僕の手を強く握ってきた。
予想外の出来事に僕は一瞬戸惑った。
「あのう、ほんとに無料で大丈夫なんですか?逆になんか申し訳ない気も……」
「大丈夫ですよ、有料コースで充分利益を得られているのですから、ご心配なさらず」
男は机の引き出しから一枚の紙を取り出し机の上に置く。
「早速で失礼ですが、もし契約していただけるのでしたら、こちらの契約書にサインをお願いします、もちろん期間を置いて充分考えてからでも構いません」
男から手渡された契約書を熟読し、読み終えた僕は筆箱からペンを取り出し契約書にサインをした。
「ご記入ありがとうございます、異世界への転移はいつになさいますか?なんでしたら今転送することも可能でございます」
男の問いに僕が言うことは一つしかなかった。
「今、お願いします、こんな糞みたいな世界から1秒でもおさらばしたいので!」
そう言うと男は今まで以上の笑みでただ一言「かしこまりました」と応えた。
その時の笑みに僕は一瞬不気味さと違和感を感じたが、それは僕にとってはどうでもいいことだった。
中山様を異世界へ転送後、私は今日異世界へお送りした顧客たちの報告書と脳死体の保存先及び”臓器提供先リスト”の作成に勤しんでいた。
「あ、佐々木先輩、今日も無料コース希望の客を釣ったみたいっすね」
後輩の宮間が私の肩を掴み話しかけ、作成中の顧客リストを眺める。
「おやおや宮間さん、人のパソコンの中身を覗き見するのはよくありませんよ」
宮間は詐欺師顔にぴったりなニヤッとした顔で私に言う。
「よく言うよ佐々木先輩、いつも善人顔の癖に無料コース希望の顧客には”あれ”のことは言わないなんてね、まあ私も言ってないけど」
宮間の言葉に私は作業を止めて視線を宮間に移す。
「私はあくまで嘘の説明はしていないだけです、お客様からそこまで聞かれなかったので言わなかっただけです、それに……せっかく無料でサービスを提供しているのだから、もぬけの殻となった身体をどうしようが私たちの勝手です」
「相変わらず先輩も悪いね~」
宮間は両手共に人差し指を立てて私に向けて言う。
「これでも……特に中山様には、『”特別な事情”がない限りはあとはこちらで冷凍保存する』とは言っておいたんですけどね」
「中山って確か666人目の無料コース希望の客っすよね、あのガキ、契約書にサインしてからめっちゃいい顔してたからさ、もう笑い堪えるのに必死っすよ、まさかこの後自分の身体が臓器販売に利用されるとも知らずにさ」
「こらこら、実際に思ってても感情を表に出してはいけませんよ、笑うのはここまでにして、君も早めに報告書作成したらどうだい?」
宮間は「はーい」とやる気のないトーンでデスクへと戻っていった。
「いろんなお客様がいて、飽きないですね」
私は手を止めていた報告書作成諸々の続きを始めた。
異世界転送サービス 神町恵 @KamimatiMegumi
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