(小説新人賞最終選考落選歴二度あり)鬼と姫の通過儀礼

牛馬走

ショートショート

   鬼と姫の通過儀礼


 白い息を吐きながら、雪の上に残る紅い点――血の跡を辿っていく。

 急な斜面の上に、昔ながらの日本家屋が見えてきた。

 踏み出す一歩ごとに、愉悦が強まっていく。

 アドレナリンの過剰分泌に、凍えた指先さえ熱くなるような気がした。

 引き戸に手をかけ、一気に開け放つ。

 さっ、と薄暗い室内に光が射した。

 三対の視線がこちらを向く。

 怒り、懇願、諦念……それぞれの感情の色を、視線の主――少女たちは宿していた。

 押し殺した息づかいを聞きながら、戸を閉めて中に入る。

 コートを脱ぎ、スーツのポケットから取り出したライターで燭台に火を灯した。

 板張りの床、高い天井と柱の上に渡された太い梁、そして壁に手錠と首輪とを鎖で繋がれた十代の娘たちが、ぼう、と映し出される。

 彼女たちは、同じ年頃であるということ以外に共通点はなかった。

 目の下に隈ができ、頬はこけて一様に憔悴した様子を見せている。

「君たちは知っているかい?」

 首元のネクタイをゆるめながら、問いかけた。

 主導権は自分にある。この聖域では、何者も私を妨げることはできない。

 少女たちから返事はなかった。

「アマノジャクという妖怪が民話に登場するのだが、彼は老夫婦が育てた瓜から生まれた瓜子姫を殺してしまう。おかしな話だろう? 桃太郎や一寸法師が途中で殺されてしまうようなものだ」

 気にせず続ける。

 ネクタイを丁寧に折り畳んで上着のポケットにしまった。

「でも、それでいいんだ。男が主人公の話なら、外に出て武勲を立てなければ大人としては認められない。だが、女は違う。殺されることで、大人へと成長するんだ。――そして、私はアマノジャクであり、君たちは瓜子姫だ」

 尻のポケットからナイフを取り出して、蝋燭の火の前に掲げる。

「何で、そんな話を聞かされなきゃならないのよ!」

 左側の壁に囚われた、気の強そうな顔立ちの少女が怒鳴った。

「君たちの誰かが『何でこんなことをするの?』って昨日、聞いただろ。だから、答えてやっているんだ。――ん? 質問した娘なもう殺して埋めてしまったか? ……まあ、いい」

 高鳴る鼓動のリズムを、耳の奥で鳴る血流の音で心地よく確かめながら、声を上げた少女のもとに歩み寄る。全身が熱に浮かされたように熱くなった。

「アマノジャクの正体は一定しない。神霊であったり、妖怪であったり。ただ、悪者の典型という点で共通している。それはなぜか? 人々は、無意識のうちに悪の有用性を認めているのだ。世の中にはあって仕方のないものだと思っている」

 衰弱した少女の抵抗はあってないようなものだ。彼女の細い顎を掴んで、無理やりこちらを向かせる。

「さあ、大人になろうか?」

 ナイフを首筋に振り下ろす。

 雪深い山奥の谷に、長々と悲鳴が木霊した。

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