第5話 300年の時を経て

 町の宿屋で眠っていた300年間の説明をジェラートから聞き終えたチェーロは、信じられないといった顔をしていた。


 昨日倒したはずの魔王をまた倒しに行かなければならない。そんな馬鹿な話があるのか。チェーロは内心そう思っていた。

 どれだけ苦労して魔王を封印したと思っているんだ。

 それが一晩寝ただけなのに300年経ったと説明され、さらには再びよみがえった魔王を退治してほしいだなんて、そんな話はあり得ないだろ。


「おれは本当に300年も眠っていたわけ?」

「うん、そうだよ」


 それについては何度も説明したよね。ジェラートはそう言いながらも、内心チェーロには同情していた。そんな話をいきなりされても、冗談にしか聞こえないよね、と。


 時間が経つにつれて、チェーロは現実を見るようになってきた。

 目の前にあるランタンと呼ばれる明かり。こんなものは、この前までなかったはずだ。宿屋での明かりはろうそくを使うのが当たり前だったし、火をこんな風に持ち運ぶことができるだなんて、思いも寄らぬことだった。


「すごいな、これ」


 チェーロは少年のように目を輝かせながら、ランタンを見つめた。

 ジェラートによれば、ダンジョンに入る時もこのランタンを持っていけばいいとのことだった。

 ダンジョンに入る時は、松明が必須アイテムであり、常に火打石と油などを染み込ませた可燃性の高い布などを持っている必要があった。ジェラートによれば、それが一切必要無いというのだ。このランタンの中に入っている小さな炎があれば、辺りは明るく照らされるのだ。


 他にも300年で変わったものは多数あった。料理なども色々と変わっていた。知らない味も沢山あった。


 本当に自分は300年もの間、眠っていたのだ。

 ようやくチェーロはそのことを自覚した。


 そして、勇者一行は魔王討伐へと旅立つこととなった。

 勇者チェーロ、エルフ族の魔法使いジェラート、ドワーフ族の戦士フォルテ、大賢者ロンターノ。この四人が魔王を倒すべく、王より伝説の剣を授かったのであった。



※ ※ ※ ※



 幾度もの死闘を乗り越え、勇者一行は魔王城の最深部である王の間へと辿りつくことができた。


だな、魔王サタナ!」


 チェーロはそう言い、伝説の剣を鞘から抜き放つ。

 というチェーロの言葉はまさにその通りであり、チェーロにとっては魔王と会うのは一週間ぶりくらいの感覚であった。


忌々いまいましき勇者チェーロか」


 魔王サタナはそう口にする。

 実はサタナにとっても、チェーロと会うのは一週間ぶりくらいの感覚だった。サタナも300年の間、伝説の剣の力によって封印されていたのだ。

 そのため、お互いちょっと前に会ったばかりだなという感覚がどこかにあった。


「まさか、お前がまた私の前に現れるとは思ってもみなかったぞ、チェーロ」

「おれも、またお前に会うとは思っていなかったぜ、サタナ」


 ふたりの会話はどこかひさしぶりにあった友人と交わすもののようだった。


 そして、勇者チェーロは前回と同じように、魔王サタナを伝説の剣で封印した。


「また晩さん会やってくれるかな」

「やってくれるでしょう。きょう一日はたっぷり楽しみなよ、チェーロ」


 ジェラートはそう言って微笑んだ。



 したたか酔っていた。

 自分の足では歩けなくなるくらい酒を飲んだ。

 チェーロはご機嫌だった。ひと仕事終えたあとの酒は美味いのだ。


 宿屋に送り届ける。

 そういってジェラートがついてきた。


 大丈夫だとチェーロは断ったが、それでもジェラートはついてきた。

 宿屋の部屋に入り、チェーロはベッドに腰かけた。

 もう立っていられないくらいに酔いがまわっていたのだ。


「大丈夫かい、チェーロ」


 優しい言葉をジェラートが掛けてくれる。

 ああ、大丈夫だよ。

 そう言おうとしたが、チェーロはその言葉を口にすることはできなかった。

 ジェラートの唇に自分の唇を塞がれたのである。

 え……。

 チェーロは驚きを隠せなかった。

 そして、ジェラートが唇を離す。


「ありがとう、チェーロ」


 ジェラートはそう言った。


 何となく前にも同じような光景を見たような気がした。

 あれはいつのことだっただろうか……。それを思い出そうとしていると、チェーロは意識を失った。


「また、300年後に会おう、勇者チェーロ」


 ジェラートはそう言うと、部屋から出て行くのであった。




 コールドスリープ勇者:おしまい

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コールドスリープ勇者 大隅 スミヲ @smee

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