第4話 よみがえりし、勇者
一行が辿りついたのは、古い教会のような場所だった。
「何年振りなんだ、ジェラート」
馬車から降りてきた若き王がジェラートに尋ねる。
その問いにジェラートは少しだけ考えるような仕草を見せてから口を開いた。
「200年以上は来ていませんよ、こんな場所。来る理由もなかったし」
「そうか……。本当に勇者チェーロはいるんだろうか」
「いますよ。いることは間違いない。それはわたしが保証します」
でも200年以上来ていなかったんだろ。若き王は心の中でそう思ったが、口に出すことはなかった。
「この施設の地下にいるというのか」
「そうですね。きちんと大賢者アレグロの作った機関が作動していればいいけれど」
「怖いこというな、ジェラート」
「大丈夫ですよ。わたしの魔力も捨てたもんじゃないって思うはずです」
ジェラートはそう言うと、建物の入り口を塞ぐようにして絡まっているツタを払いのけた。
大きな鉄の扉はジェラートの力では、まったく動かすことができなかった。だが、体の大きなドワーフ族のフォルテがちょっと扉を押すと、鉄が軋むような音とともに大きな扉は開かれた。
建物の中はどことなく、かび臭かった。もう100年以上は人が出入りしていない建物である。室内の空気はとても冷たく、昆虫などの生き物すらもそこには存在していなかった。
「ここの地下だよ」
ジェラートはそう言って、階段を指さした。地下には光が届いておらず、真っ暗であり、何も見えなかった。そのため、ロンターノが魔法を使って、明かりを灯す。
地下に降りていった一行を出迎えたのは、透明の箱のようなものの中に入れられた男だった。一糸まとわぬ姿の男は眠っているようで、透明の箱の中に入っている液体の中に浮かんでいる。
「彼が、勇者チェーロ……なのか」
若き王は透明の箱の中に浮かぶ全裸の男を見つめながら言う。
いまから300年前。勇者チェーロは魔王を封印した後、その身を大賢者アレグロの作った装置の中に投じた。コールドスリープ。これは、そう呼ばれる装置だそうだ。透明の箱の中に入っている液体は非常に冷たく、勇者チェーロの肉体を決して衰えさせること無く保たせている。さらに、そこへジェラートのエルフ族に伝わる魔法が掛けられており、完全なるコールドスリープ装置は完成したのだった。
問題は、目覚めた時のチェーロがどのような状態になるかだった。
装置に関して言えば完璧なものであった。しかし、300年もの眠りにつかせるといった実験などは一度も行えてはいないのだ。
さらにいえば、チェーロは何も知らなかった。魔王を倒した勇者として、王宮で開かれた晩さん会に出席し、酔いつぶれたところをこの装置へと放り込まれたのだ。チェーロ本人からしてみれば、騙されたといってもいいかもしれない。
チェーロは最高に気持ちの良い状態で、コールドスリープされた。
そして、再び目覚めた時、また魔王を倒さなければならないのだ。
チェーロはそのことをどう思うだろうか。
装置のスイッチを入れると、透明の箱の中に入っている液体がどこかへと流れて消えていった。様々な機械が動いているような音がし、透明の箱が開かれて行く。
そして、そこには全裸のチェーロだけが残された。
「勇者チェーロよ、聞こえるか」
若き王は倒れているチェーロに向かって声を掛けた。
すると、チェーロの身体がぴくりと反応を見せた。生きている。勇者チェーロは生きているのだ。
「チェーロよ、目を覚ませ」
再び若き王が声を掛けると、チェーロはゆっくりと目を開けた。
目を開いたチェーロは眼球をギョロギョロと動かし、自分の置かれた状況を確認する。
ここはどこだ。なんで、こんなところで自分は寝ているんだ。
チェーロは困惑しながらも、ゆっくりと身体を起こした。
「おお、チェーロよ、目覚めたか」
若き王が声を掛ける。
「あんた、誰?」
目覚めた勇者チェーロの第一声であった。
「無礼者っ!」
王の隣にいた近衛兵隊長が声を上げる。
「良い。勇者チェーロは何もわかっておらぬのだ。許そう」
「随分と偉そうな口調だな」
チェーロの反応に若き王も面を喰らった気分だったが、そこはぐっと我慢をした。
「久しぶりのお目覚めはどうだい、チェーロ」
若き王に代わってジェラートが声を掛けると、チェーロは少し驚いたような顔をしてから、嬉しそうに口を開いた。
「ああ、ジェラートか。どうしたんだ、こんなところに大勢集まって。昨夜の酒は美味かったな。次の晩さん会はいつやるんだい」
「なに言ってんだよ、チェーロ。晩さん会なんてとっくに終わっちゃったよ。わたしたちの仕事は魔王を倒すことだよ」
「え、魔王ならさっき倒したばかりじゃん」
何の冗談だ。チェーロの顔には、そう書かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます