第95話『咎人は月下にて裁かれ④』

「あ、そうなんですか……」


 なんとも反論し辛い事情で、私はちょっと気圧されてしまった。

 身重の伴侶がいると言われては、危険な任務を押し付けるのも微妙に躊躇われる。


「文句あるなら減俸でも懲罰でも何でもしてくれて構わねえよ。聖女様」

「いいえ。家族のこと想うのは当然の美徳よ。責めはしないわ」

「そうかい。ありがとよ」


 素っ気なく感謝を述べる包帯男。

 まずい。なんか増援の件がこのまま普通に認められてしまいそうな気がする。


「じゃあ作戦会議に戻ろうぜ。旦那はもう着いてる」

「あら、早かったのね」

「基本いつも本部待機だからな。呼んで一分で来た」

「旦那……?」


 そこで私は今更はっとなった。

 この包帯男が求めているのは『三強』のうち誰か一人の増援。私と母以外にもあと一人の候補がいるのだ。どうせ私に押し付けられる流れと思っていて、単純な数勘定が頭からすっぽ抜けていた。


「ね! 『三強』の残り一人って強いの?」

「あら、そういえばメリルちゃんは会ったことなかったのよね」


 母は軽く微笑んで、


「強いわよ。私の方が強いけれど、もし本気で戦うとすれば一瞬も油断できないくらいに」

「またまたぁ。ママが本気で戦ったら、どんな相手だって楽勝以外ありえないでしょ」


 母のリップサービスだと思って私は茶化す。

 なんせ悪魔祓いの中でも母は別格だ。どんな僻地に行こうが『聖女』の名を知らぬ者はまずいない。崇拝の対象として、絵画や彫像も無数に造られている。

 もし母と同じくらい強い悪魔祓いがいたら、同じくらい有名になっているはずである。そうでない時点で、まあ母には遠く及ばない実力なのだろう。


「俺みたいな凡人にとっちゃ雲の上の会話だな」


 と、包帯男が呆れたように言ってから、くるりと背を向けて歩き出す。『旦那』とやらの待っている会議室に向かうのだろう。

 母と並んでその背を追ったが、包帯男の歩き方はどことなく不気味だった。まったく足音がしないし、気配というか存在感がまるでない。目の前にいるというのに見失ってしまいそうな錯覚を覚えるほどだった。


「教導官さんの歩き方が気になるかしら?」


 そんな私の違和感を見透かしたように母が言う。


「あ、うん……これってあの人の能力なの?」

「いいえ、純粋な体捌きよ。教導官さんはこういう技法を含めた戦闘術に長けているから、他の人の指導を任せられているの」

「へぇ」


 素直に私は興味を引かれた。

 特殊な能力なしに存在感を消せるなら、逃げ隠れするときに有効な気もする。あんまり努力するのは面倒だが、一日か二日で楽に習得できる技術ならちょっと欲しい。


にこんな小技は大して役に立たねえよ」


 が、当の本人からあっさり有効性を否定されてしまった。

 なんだつまらない。意味のない技術なら無駄に見せびらかすな。


 そこで包帯男が足を止めた。

 やたらと頑丈そうな、まるで金庫のような両開きの鉄扉の前である。

 二枚の扉には、教会のシンボルである翼のマークがそれぞれ彫られている。


「おう。待たせたな旦那」


 包帯男が扉を引き、中で待っていた人物に声をかける。

 それに対して――


「おおっ! 来たか!」


 まるで無邪気な子供のように、部屋の中から飛び出してきたのは――小綺麗にはしているものの、それなりの歳のおっさんだった。おそらく四十歳そこら。

 教会の中でも最上位の聖職者に与えられる法衣を纏い、赤茶色の長髪を紐で括っている。


 そんな身なりからして偉そうなおっさんは、実に気さくな態度で私の前に立った。


「会えて実に光栄だメリル嬢! 以前から君とは一度話してみたいと思っていた!」

「あっ、はいっ?」


 いきなり熱量高めの態度で来られたので、怯えた私は母の背中にささっと隠れる。


「レギオムさん。暑苦しくて娘が引いているからちょっと一歩下がって欲しいわ~」

「む、それはすまなかった!」


 母に注意されたおっさん――レギオムという男は、律儀に一歩下がった。

 それから、なぜかきょろきょろと周りを見渡した。


「ん? メリル嬢。今日は一緒ではないのかい?」

「な、何とです?」

「君がいつも連れている白い狼の悪魔だよ。ずいぶん仲が良さそうだったから、今日も一緒かと思ったのだが」


 ぴきっ、と私は硬直した。

 バレている? なんで?

 いや、これまで何度も本部に連れてきていたから、目撃されていてもおかしくないのかもしれないが。


「ああ、はい。えっと、それは……」

「レギオムさん。誤解しているようだけど、メリルちゃんが飼っているのは『ただの犬』よ。そこは間違えないで」

「おお、そうかすまない。そうだな、あまり迂闊に口外する類のものでもないな」


 すまん、とレギオムは深く頭を下げてきた。

 それから頭を上げて、平然とした顔で話題を変える。


「さて。全員揃ったところで【断罪の月】討伐任務の人員選定をしようじゃないか」


 レギオムは包帯男に代わって鉄扉を支え、私たちを会議室の中に招き入れる姿勢を取る。

 そして、その姿勢のまま言う。


「――ちなみに、できることなら私が任務に行きたいのだがどうだろうか? もちろん聖女様とメリル嬢の意向も伺わせていただくが」


 会議室に入りかけていた私は、首を捻ってレギオムに向き直った。

『なんか今、すごく私に都合のいい言葉が聞こえた気がする』と。

 だが、そんなことはないだろう。そこまで都合のいい展開があるわけない。


 だから私は改めて聞き直してみる。


「すいません。今、なんて言いました?」

「ああ。【断罪の月】討伐任務の追加人員の件だが、支障がなければ私が行っても構わないだろうか? 悪魔祓いとしてぜひ務めを果たしたい」

「いいです! 構いません! 問題ありません! ぜひ行って来てください!」


 私は鳥のように頷いた。

 このレギオムとかいう若作りおっさんの実力は知らないが、母には及ばずともそれなりに強いのだろう。そんな強い奴が自ら任務に出張りたがっているのだから、止める理由など何一つない。


 だが――


「ううん。そうねえ、悪いわけではないけれど」


 母が少し懸念を覚えるような顔をした。


「えっ? 何? だってこの人も強いんでしょ? 問題ないよね?」

「ええ。実力的には何も問題ないわ」

「じゃあいいじゃん!」


 私の抗議に短く答えたのは、母ではなく包帯男の方だった。


「言いたいこたぁ分かる――この旦那、戦ってるときの絵面が汚いんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二代目聖女は戦わない 榎本快晴 @enomoto-kaisei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ