いずれ来るときまでは  ~後日譚~

 ウォータークレス公にしてラヴィッジ伯ヴァーヴェインさま


 麗しき新年を迎えられましたこと、わたくしメリロット公爵家長女スキレット、心よりお慶び申し上げます。


 先日お許しをいただきました、ソレルさま宛てのお手紙の件、早速いくつか拝見いたしました。

 誠に僭越せんえつながら、わたくしからご忠告申し上げてよろしいでしょうか。


 まず、したためられる内容についてはもう少し吟味なさいますよう。

 今回は大主教猊下のお計らいにより、書簡の受け渡しはセイヴォリーの小父おじさまとわたくしにて行いましたので、そのままソレルさまにお届けすることが叶いました。


 ですが、セイヴォリーの小父さまは早晩、ソレルさまの傅役もりやくを外れるという噂もございます。

 ソレルさまの身辺がウィロウ派で固められてしまえば、ヴァーヴェインさまを咎人とがびとと捉える彼らは、貴方の書簡を中身をあらためるためと称して、ソレルさまのお手に渡る前に開封することでしょう。

 これがいかに危険なことか、ヴァーヴェインさまにはお分かりいただけることと思います。


 それからもうひとつ、こちらはさらに根本的なことになります。

 そもそも、ヴァーヴェインさまはソレルさまをお幾つと考えておいでなのでしょう? よもやお忘れになられたわけではありませんわね?


 わたくしも驚きましたが、あまりに内容が難解かと存じます。いまだソレルさまは書簡に目を通されるご決心がつかないご様子ですが、仮に勇気を振り絞られどうにか開かれたとして、このような文面ではひるんでおしまいになりましょう。

 もう少し易しくお書きくださいませ。


 ……かように注文ばかり申し上げましたが、ソレルさまはお手に取る勇気は出せないものの、ヴァーヴェインさまから書簡が届くことを、密かに心のよすがとされているご様子です。

 貴方がソレルさまにお心を向けてくださったことについては、わたくしからも感謝申し上げます。

 この先もどうぞお続けくださいませ。

 ただ、内容には十分にお気を配られますよう。



 ****



「……レティに叱られた……」

 広げた書簡を両手に持ちながら、ヴィーは書き物机に突っ伏した。

 部屋の隅に控えていたオーリチが怪訝な顔をする。

「なにか姫君に失礼なことでもなさったのですか?」

「まさか! そうではなくて、私の書簡の内容がソレルには難しすぎると……」

 顔を上げて答えるヴィーの言葉に、オーリチは納得したように頷く。

「それは私も思います」

「えっ?」

「貴方の話し言葉が、そもそも歳相応ではいらっしゃらないので。書簡も同様の調子でお書きになられているなら、さもありなんと存じます」

 オーリチの指摘に、ヴィーは顔をしかめた。

「……私だって、べつに好きでこうなったわけではないのですが……」

 はあ、とヴィーはため息をつき、手に持った書簡を丸め、届いたときと同様に革紐を結ぶ。

「でも手紙は続けてほしいのだそうです」

「歓迎されているなら良かったのではありませんか?」

「読まれてないですけれどね」

 自嘲気味に苦笑するヴィーに、オーリチは表情をわずかに和らげた――ように、ヴィーには見えた。

 オーリチは手燭を持って立ち上がると、燭台から火を移す。

「香草茶を淹れて参ります。今宵は特に冷えますので、ヨモギでも」

「苦いんですけど……」

 ヴィーは眉間に皺を寄せる。

「蜂蜜酒と割りましょう」

「そうしてください」


 オーリチが部屋を出ていくと、ヴィーは書き物机に頬杖をつき、机の端に置かれた手燭の灯をぼんやりと眺めた。もう一方の手で先ほど転がした書簡を軽くつつく。

 その表情は、オーリチに見せた若干間延びしたような暢気のんきな顔ではなく、どこか沈鬱なかげりを帯びていた。

 オーリチの前では触れなかった、スキレットからのもうひとつの忠告――。

(思ったよりもラウウォルフィアは揺れている。まさかセイヴォリー公がソレルの傅役から外されようなんて)

 そのようなことになれば、確かにこの先の書簡の内容はどれほど用心してもし足りない。

 思いの丈を従弟宛ての書簡に綴るのは、年を越す前のあれを最後にするしかないようだ。

(……私はいずれ、君の母上やその一族と、対峙しなくてはならない――)

 オーリチが香草茶と毒見役と共に戻るまで、ヴィーは身じろぎもせず、ただひたすら揺れる灯火を見つめ続けた。

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アドベントカレンダー2023 〜親愛なる我が従弟殿へ〜 Skorca @skorca

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