今年最後の君への手紙  十九日目 (二十四の日)

 親愛なる我が従弟殿。


 ついに明日からは新年のための浄めの節だ。

 家々の門戸は閉ざされ、バルサムに捧げる祈りの声が、静かに街を包むのだろうね。


 ……という折も折、私は昨日君への手紙を書き上げた後に、手元に届いた書簡に驚いている。

 レティ――君の婚約者からだ。


 君の部屋に積み上がった私の書簡を、君に代わってひとつふたつ開封しても良いかという内容だった。……まあ、レティなら君の代理として申し分ないけれど、なんだか君は、不思議なことを彼女に頼むね。

 無事に届いているようで安心したけれど、そんな様子では確かに、私の書簡が君の母上に見咎められないかレティが心配するのも分かる。


 彼女には大急ぎで了承の返事を出したよ。猊下の名義で教会から直接メリロット公爵家にそりを走らせたから、今日には彼女に私の意が伝えられていると思う。


 あの手紙の数々が、君への恨み言(そんなものはそもそも存在しないのだけれど)を綴ったものではないということが分かれば、君も少しは気が楽になるだろうからね。

 君自身が読むか読まないかは――やはり自分で決めてほしいと、レティにも伝えたよ。


 ただ、真面目なレティはきっと口うるさく読むように勧めてくるだろうね。それは君が彼女を頼った結果だから、覚悟はしていると思うけれど。


 では、本題に入ろう。

 今年の手紙はこれで最後になる。

 この僧院では浄めの節の間、猊下が書庫の最奥で秘書の朗読をされる儀式があるのだって。

 あの幻の、『ヴィテックスの書』。そのいくつかがここに眠っているんだ。なんでも、一説にはバルサムが所有されていたものだとか。


 私は聖職者ではないけれど、かの血に連なる以上、成人までに秘書に使われている古エルム語を習得する義務があるとかで、猊下と共に書庫に籠ることになっている。

 君もいずれは呼ばれるはずだ。それが果たして、私が君と顔を合わせられる機会になるのかは分からない。もしそうなったら、私としては夢のようだけれど。

 せっかく歳も近いのだから、ひとつくらいは君と共に学ぶ何かがあってもいいと思うのだよね。


 ――さて、本来はこの年を振り返っての感想などを綴るところだろうけれど、これはまだ私には難しい。この一年で、あまりにも……私はたくさんのものを失ったから。


 うしなわれた彼らに祈りを捧げるのは明日からの仕事とするとして、その前にひとつ、どうしてもこぼしたい愚痴がある。彼ら――両親と、私の傅役もりやくに対してね。


 そう、ちょっと私に都合の良い期待を掛けすぎだと思うんだ。

 みな、希望もこころざしも私に託して満足げな顔で去っていったけれど、勝手に命を投げ出され、独りにされた私が悲しみや怒り、憎しみに支配されずに生きていけると、どうして信じられたんだろう。

 無茶もいいところだよ。


 負の感情は、どんなに退けたくても不意をついて心を侵してくる。穏やかに過ごしたいという私のささやかな願いなど、容易に踏みにじって。

 ただ、そのたびに激情の奔流から私をすくい上げるのは、結局こうして私が苦しむことを、両親も傅役も望んでいないだろう、という認識だったりするんだ。

 皮肉なことだよね。こうして自分で書いていて、訳が分からなくなりそうだよ。


 でも、君に手紙を書くようになってから、私が夜うなされることもなくなったとオーリチは話していた。表情が明るくなったとも。


 どうやら私は、誰かを想うことで前向きな心を保つことができる人間のようだ。

 君は私の、唯一の同性の従兄弟だ。この世において、最も近い視点を共有できるはずの相手なんだ。

 その君を想い、私の心や考えを伝えたいと、こうして手紙にしたためることが、今は私にとっての救いなのかもしれない。だとしたら、やはり君という存在に感謝せずにはいられない。


 そんなことを思いつつ、今年はこれで筆を置こう。

 君にき新年が訪れることを祈っているよ。

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