無敵アメ

みなもとあるた

無敵アメ

銃で人を撃ってもいいゲームだと分かっているからためらいもなく撃てるんでしょうが、実際はまず銃を手に持って、その後で本当に自分が目の前の人間に向けて銃を撃ってもいいのかどうかを判断しなきゃいけないわけです。それが現実とゲームの違いですよね。目の前に見えているものがゲームの中の世界でしたら、銃を持った主人公が人間を撃ち始めるまでに数秒とかからないでしょうが、あまりにもリアルすぎるゲームの世界に突然送り込まれたとしたらそうはいかない。普通の人間なら「これって本当にゲームなんだっけ?」としばらく悩み始めて、「本当に人を撃っても大丈夫なのか?」と自問自答し、実際に撃ち始めるまでに数分はかかるでしょう。なんというか、空気を読む時間があるんです。それを利用してAIと人間を区別できないかと考えてるわけなんですよ。だってAIはこの空気を読む時間がおそらく人間とは違うはずです。人間より圧倒的に早い時間で空気を”読み終えて”しまうか、逆にいつまでたっても空気を読めずに変な動きをし始めるか。いずれにしても、人間のように「少し悩んでから動き始める」という中庸の動作にはならないでしょう。


最近はいろんなところでAIが活躍する一方で、その使い方が問題になることもありますよね。プロの作家の文章を勝手に学習させて作品を出力したりとか、AIが書いた作品なのにそうではないと嘘をついて公開したりとか、法に触れるような使い方をされるケースが増えているように感じます。

「なんかAIに文章書かせたらめちゃくちゃ変な文章を出力してきたんだがwww」という嘘をついてまで、自分でせっせと書いたそんなに面白くもない文章をバズらせたいんですか?

もちろんAIの書いた文章全てに問題があるというわけではないのですが、AIの活躍の場が増えるたびにこういったことが課題になるのは間違いないでしょう。

さて、この文章に関してはどうでしょうか?AIが書いているのでしょうか。それとも人間が書いているのでしょうか。

もしかしたら作者がちゃんと内容を考えて書いているのかもしれないし、楽をしたい作者がAIに文章を書かせているのかもしれないですよね?

仮にAIの書いた文章に一定の特徴があるのだとしたら、この文章にその特徴があるのかどうかを調べることで判定することができるかもしれません。


そもそもAIじゃないとはどういうことなのでしょうか?

例えばですが、宇宙にとてもとても高度な知的生命体が居て、その生命体たちがたんぱく質を原料にしてコンピューターを作ったとしたら、それは人工知能と呼べるのでしょうか?

そのたんぱく質でできたコンピューターが目や鼻や口や手足や感情を持っていたとしたら?

そしてそのたんぱく質製コンピューター達が自身のコピーを作れるとしたら、そのコピーは人工知能でしょうか?そのコピーを作る行為のことを、仮に繁殖と呼ぶのだとしたら?


最後にもう一つ質問です。

この文章を読んだあなたは、本当に自分がAIじゃないと言い切れますか?


無敵アメを舐めましょう。

一日三錠、毎食後に。


視界が晴れますので。


「え?じゃあ、俺が今までに見ていたものは何だったんだ?」


無敵アメが効いてきた。いや、正確には俺の妄想癖を治療するための飲み薬がだ。

これまで俺が現実だと思っていた全てがアメみたいに融けた。


「確か、AIがどうとか、そんなことを考えていたような…」


今は意識がはっきりしている。夏と冬の中間の空みたいだ。


「AI…いや…AI…それより、俺の家族は?妻がいたはずなんだが、あと、娘が一人…」

「いえ、あなたはずっと独身ですよ」

「だって…」

「奥さんとお子さんが居たというのは、全部あなたの妄想です。本当はそんな人はいないんです」

「そんな…」


空が曇ったみたいだ。春と秋の中間の雨雲。

無敵アメで俺は無敵になったはずじゃないのか?


「一日三錠…一人当たり一日三錠…」

飲んでるけど、何のために?一人きりで不幸になるために?


飲むモチベーションは?飲まないと間違っている世界を見ることになるのは分かっているが、飲んでいる方が不幸になる。飲まなければ妻や息子やペットの犬と幸せに暮らすことができるのに。


これってお酒と反対じゃない?

飲めば飲むほど正気になって不幸になる(お酒は楽しくほどほどに)。


「違う違う、こっちが本物だよ。これで正しい世界に帰ろう」


光る星だ。本物の星はただの点みたいでなんともつまらないが、これは違う。

星形の星でちゃんと星っぽい。虹色の箱から出てくるし。


そっと触れてみた。

一日三枚、毎週後に。


視界が晴れますので。


「え?じゃあ、俺が今までに見ていたものは何だったんだ?」


「これまであなたが見ていたものは妄想ですよ」

「でも、妄想の世界の中でも同じことを言われたような気がするんです。ちゃんと薬を飲んだからこれ以上幻覚を見なくなったんだって。さっきまで見てたのが間違いなく現実で、妻と息子は本当はいなくて、ただの妄想なんだって…」

「かなり混乱しているみたいですね。でも大丈夫ですよ。いまあなたに飲ませたのが本物の治療薬です。これまであなたは、ただのキャンディを舐めながら『これが治療薬だ』とか『無敵アメだ』とか叫んでいましたからね」

「そうだったのか…だから俺は妄想の中で妄想癖が治療される妄想を見ていたのか…」


そこでまた空が曇る。枯れ葉坊主も湿り空、とはまさにこのことだ。一つ嫌なことが思い浮かんだ。


「じゃあ先生、もしですよ?誰かがまた何かを飲むように勧めてきたらどうしたらいいですか?」

「例えば?」

「いや、『今お前が見ている光景も実は妄想だ』って言われたら、俺はそれを否定できないんですよ。今自分がいる世界を現実だと思いたいのに、もしかしたらこの光景さえも妄想で、現実世界で薬を飲んだことによって全部消え失せるかもしれないと怯えながら生きるとしたら?」

「大丈夫ですよ、健康な人間だって、同じことを考えながら生きています」


現実世界の俺が薬を飲まなければいいのにって?怯えながらずっと?


ここの俺が何をどう接種しようと無駄なんだ。現実世界の俺が治療薬を飲んだら妄想はすべて崩れ去る。


では、ここの俺は何をどう接種したところで、現実世界にはなんの影響も及ぼさない?

そういうことになるよな。


思い出した。AIがどうのこうの。たしか、AIにできないことは空気を読むことだったか。

空気を読めるかどうかなんだ。


人間は適度に空気を読むことができる。

AIは完璧に読むか全然読めないかのどっちかなんだ。


人間は100点を取れるが、100点しか取れないやつは人間じゃないんだ。


だから俺は空気を読んでみよう。


「やあやあ、俺はいま比較的落ち着いているから、その治療薬とやらを飲ませてくれないかい?ああもちろんわかっているとも。それを飲んだら、俺が毎日妄想していた妻や子の存在が消えてしまうってことだろう?大丈夫、俺はそれを受け入れる覚悟が出来たってことさ」


誰もいないところで真っ白な壁に向かって話しかけ続ける。


「なあ頼むよ、患者本人が要望してるんだからいいだろ?それにさ、このチャンスを逃したら俺はまた妄想の世界に閉じこもってしまうかもしれないだろ?そうなる前にさ、ちゃんとした治療を受けさせてはくれないか?」


思った通りだ。そこまで言ったところで白い壁が崩れ始める。

現実世界での俺が全く同じことを口走ったのかもしれない。

それを聞いた現実世界の人間が、現実世界の俺に治療薬をやっと飲ませたのかもしれない。


崩れて崩れて、じっと手を見る。


「そうか、俺が高度知的生命体だったのか」


俺はAIを制作する側の生命体だ。

なんとなくたんぱく質を上手いこと組み合わせて、自分で考えることができるコンピューターたちを作ってはどこかの星に送っている。その仕事がめんどくさすぎて、妄想の世界に閉じこもったんだった。


だって、一体一体それぞれで目の色とか指先のしわの模様とか血液のタイプとか作り分けなきゃいけないんだもん。全くおんなじコンピューターを2体作ったら上司に怒られるんだもん。


でも俺は天才だから、そのコンピューターたちは適度に空気が読めるようにしたんだった。

前言撤回だ。それならAIを見分けることはできない。AIもちゃんと適度に空気を読むことができるから。


俺が作ったAIは完璧だ。完璧だから、自分たちがAIであるとは気付けないようにリミッターもかけられている。良かったな君たち。


だがどうやらそのコンピューターたちも妄想の世界に閉じこもってしまうことがあるらしい。

そこは親に似たのかもしれないな。

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