第28話 怪しいヤツ誰だ?

「――ごきげんよう」


「ごきげんよう、ロイン伯爵令嬢。そちらの方は?」


 野太い声が掛けられ、わたくしは偽名で挨拶を華麗にこなす。


「クリス・ガーネットですわ」


「…………」


「いやはや、王女とは懇意にさせていだたいていますよ」


 無言のアリシアを見て彼は恭しく振舞う。

 きっと彼女の主――王女と関係を作りたいのだろう。


 そんな彼はリンドが一番怪しいと疑っている貴族だ。瘦せ型で寝不足そうな印象があり、年齢は三十くらいだろうか。不健康そうな顔色なため実年齢より老け顔だが、そんなことで疑っている、なんてことはないだろう。麻薬イコール不健康というイメージを地で行く思考など安易で軽薄すぎるから。


「最近とある噂を耳にしまして、卿はご存じでしょうか?」


 挨拶を交わして早々、わたくしは巧な切り出しで本題へと入った。令嬢は噂好き、という習性から上手く違和感を消せていることだろう。本当なら顔見知りであるリンドにやらせたかったが、自分でやった方が図りやすいため、わたくしが敢行することにした。


 声を抑えて、ここだけの話、と興味を煽る枕詞を使ってみる。


「……王都で薬が売買されていますの」


 言った途端、卿の瞳孔が僅かに開いた。


「……それは麻薬だ。色々と危険だからあまり口にしない方がいい」


「見たことはありますの?」


「いや、ない。関わると面倒なことになりかねないからな」


 静かな声でそう諭された。

 嘘ではないため、彼は白だと断定。麻薬の噂が広まっていると分かっただけでも充分だろう。


「……うーん、見た目が怪しと思ったんだけどなー」


 リンドは唸っている。まさか本当に外見で判断したのだろうか。それは少々早計だし、なにより失礼だろう。


「外見ではなく、コミュニティですわ。悪事の噂などは知りませんの?」


「――あ、あやしい⁉」


 リンドはわたくしの話など聞かずに瞠目している。先程の男以上の不養生がいたのか、或いはとんでもなく悪人面なのか。どちらにしても期待はできそうにない。なぜなら後ろ暗いことを抱えている貴族は疑われないように堂々としているものなのだから。勘ぐられて痛い腹があるならば、そうさせない大胆さがあった方がリスクは低いのだろう。


「怪しいというよりは、不憫だね……」


 アリシアが訝しげにそう呟いた。

 その方を見ると、


「巨漢ですわ!」


 太りに太った青年が豚みたいにステーキを貪っていた。そんな印象とは裏腹に、貴族としての作法は完璧である。ただ、見た目が豚みたいだから貪っているように見えてしまうのだろう。

 一見して年齢はわたくしと大差ない。そこに青さなどはなく、顔が童顔以外は豚。彼が残飯を食らっている絵であったなら違和感の欠片も抱かないだろうに。服装から公爵ほどの地位だと予想でき、引きつった顔をした若い令嬢が傍についている。一応、青春らしきものは送れているらしい。


 下衆の勘繰りかもしれないが、彼女たちは公爵夫人の地位を得るために嫌々苦労しているのではなかろうか。でなければあんな汚らわしいものを見る目をしないだろう。


 それは、なんとも見応えのない絵面。


 ――こっちまで胸焼けがしてくるようですわ。


 アリシアは不憫だと言ったが、まさにその通りだろう。地位だけの人間は虚しいものだ。

 わたくしもそれを知ったのはつい最近なため、偉いことは言えないのだけれども。


「ぶぅひぃー! カワイ子ちゃんがいるぶひー!」


 気持ち悪いを凌駕した不気味な鳴き声が響いた。

 その主は言うまでもなく彼だった。


「クリス、モテて良かったね。アレは公爵子息だよ」


 片事で言ったリンドの目はぐるぐると渦を巻いていた。


 ――お友達を裏切る気ですの⁉


「冗談じゃありませんわ! アリシアさん、どうにかしてください……」


 豚公爵が血走った目で、鼻息を荒くしながらこちらへ向かって来る。

 そのため、わたくしは小さい声で助けを求めた。


「ごめん無理。頑張ってねクリス……」


 両手で拳を作ってみせる彼女は潔い。

 そんな二人に、


「あ、あんまりですわ!」


 と小さく嘆いたとき。


「――この僕はマルロス・ゲイン・ウェイト。貴方のような美しき花を拝見できて至極の喜びに打ちひしがれております。――ああ、あぁ! なんて美しい髪なのだ‼ まるで大地に芽生える若草のように、朝露だって喜んで降りることだろう‼」


 ――わ、わたくしじゃなかったぁあああー!


 豚公爵は跪きアリシアの手を掴み、イケボでそんな歯の浮くような科白をつらつらと並べ立てた。ぶひぶひ言っていたのが嘘みたいに真剣に。

 王子様による愛の告白――などという印象を一瞬でも抱いてしまったのは見間違いということにしておこう。


 そして、わたくしだと思ったのは自信過剰というものか。否、リンドの所為だ。彼女がわたくしだと言ったから勘違いしてしまったのだ。


 ――けどよかったですわぁあああー!


 貧乏クジを引いた彼女は引きつつも当惑している。

 後退り、あわあわしながら手を振りほどいた。


「ごめんねっ、天と地がひっくり返っても無理だから」


 そして、両手を合わしてキッパリと断る。


「ぶひぃいいいー!」


 会心の一撃を受けて彼は泣きながら走り去ってしまった。

 どうやらアリシアの一言は剣山よりも攻撃力が高そうだ。


「そうですわ、あんな人となんて釣り合わないこと必至ですわ。彼が豚ならアリシアさんは女神ですからぁだっ――⁉」


「失礼なこと言わないの……」


 どうやら彼女は性格も良いようだ。これはわたくしが悪い、見習おう。


「あー、怪しいよ! 彼が一番怪しい‼」


 リンドが新たな標的を見つけたようだ。

 ……もう期待はしまい。



       ◇



 入り乱れているパーティー会場の外、俺は落ち行く夕日を眺めていた。しかし、今はもう見る影もない。いや、影に染まったと言った方がこの世界には相応しいか。


 そんな宵の口、


〝貴族のパーティーって、一度でいいから行ってみたかったのよぅ〟


 オカマがそんなことを言う。

 無視だ無視、取り立てても不毛なだけ。


「どうだ‼ これでいいんじゃないか⁉」


 張りのある声が物理的に耳朶を殴る。


 ――しらねーよ、部下に訊けよ部下に。貴族しかいないんだから俺以外では誰でもいいだろうか。


「完璧だろう!」


 劈くような声で騒音を立てないでほしい。


「俺は貴族じゃないんでドレスの着方など分かりませんよ」


 王国のドレスは腹辺りをひどく締め付けるようで、彼女は筋肉によって妨害されていたのだ。なんてことだろうか、こんなんじゃ遺伝を残せないぞ。


「ちょっと、見てくる。お前らは待っていろ!」


 そんな血迷ったことを言った彼女は会場へと足早に向かおうとする。

 そのため、肩を掴んで否定してやる。恥知らずと罵られることになることは明白だから。


「いや、無理だろ。そもそも招待状がないと無理だろ」


 クリスは一人の方がやりやすいと言ったため、俺たちは敷地内に入ること叶わずに鎮座していた。無論、他の貴族による兵もいるため怪しさは僅かだ。


「ええい、ままよ! 私は行くぞ‼」


 部下の騎士たちは呆然としている。いや、誰かなんか行動しろよ。


〝ギルちゃん、いやーな予感がビンビン伝わってくるわぁー〟


 唐突に気色悪いことを言い出したオカマは真剣に言っているらしく、確かに何かを感じたらしい。人智を超えた第六感、もとい変人の長所というヤツか。


 ――予感ってなんだ? 生憎占いはこりごりなんだが。


〝人の魅力ってものは離れていても感じれるものなのよ?〟


 それは魔力ではないのか。そんなツッコミも忘れ、俺は身長の倍もある塀を飛び越えて敷地内に侵入。衛兵に見つかることなど捨て置き、全力で疾駆。


〝もしかしたら悪意かもしれないわね〟


 くそ、そんな一言で体が勝手に動いてしまった。

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異世界オカマ無双 えびもっちーん @105174279

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