第27話 仲間ができましたわ
「クリス、あなたは一体何者なの⁉」
目立ちたくないため、わたくしは端の方でナポリタンを食していた。フォークでくるくると巻いて一口で頬張る。これが最高に美味しいのだ。スパゲッティは帝国でも主流であるが、この上品なトマトソースと具沢山の嬉しさは見た目だけでは計り知れない。
――――パクリと一口。
至福の一言に尽きる。王国の食文化は帝国を遥かに凌駕しているようだ。
「エリーゼ様と知り合いなの⁉」
エリーゼは挨拶合戦でお忙しいところなのだ。そっとしておいてあげよう。
お腹は誰だって減るもの。そして、王国の料理は前々から一度は体験してみたいと思っていたのだ。
「ええと、わたくしはガーネット子爵令嬢――クリス・ガーネットと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「デジャブだよ、既視感だよ! さっき聞いたよ、その定型文」
――バレてしまいましたわ。
今日のために挨拶各種を何個か考えてきたのだ。
喩えるならば、別れの挨拶など。
「では、ごきげんよう」
「まってクリス、友達を置いていく気?」
ピタ、とわたくしは動作を停止する。
それは聞き慣れず、聞き流せない言葉だった。
「お、おともだち?」
わたくしの友人は一桁もない。ギルは騎士であるため、ノーカンだろう。レインはそもそも友人というほど仲良くない。
「何を言っているの、クリス。私たちもう既に友達じゃん」
身分を偽っているため、このパーティーだけの関係になる。
だがしかし、わたくしは本心から嬉しかった。
権力を求めて歩み寄ってくる人は過去にごまんといた。その下心をわたくしはスキルによって無差別に感じ取ってしまうため、友人など半ば諦めていた。
その呪われたスキルで狡猾に生きる。それだけがわたくしの生きる道だと思っていた。
嘘は判別できるが、感情を読み取ることはできない。だが、それは彼女の顔を見れば分かること。
――ありがとう。
感謝を小さく胸に落とし、わたくしはリンドの手を引いた。
「あっ、ええっ⁉」
戸惑う彼女を無視し、美味しいナポリタンが置かれている円形テーブルの下へと引きずり込む。そこには大人でも窮屈しない空間が広がっており、そして、テーブルクロスがカーテンのように外を遮断し、内と外を明確に作り上げていた。
わたくしは人差し指を口に立てて言う。
「麻薬を闇商人に流している貴族を見つけたいんですの。よかったら協力してくださる?」
それは期待であった。初めての友人に助けてほしいと縋るように。
そして、合理的な判断でもあった。慣れない国の、知らない貴族のコミュニティで行動するにはリスクがあまりにも高すぎる。あなたは麻薬を流していますか? そんな質問をして怪しまれないワケがないのだから。
もし、相手が嘘で答えたならばわたくしの勝利である。
だが、そう上手くいくようには思えない。
人は本質的に嘘を避ける傾向にあるため、質問に答えさせることすら難しいのだ。無意味に嘘を重ねる必要など皆無なのだから。
しかし、その場合でもスキルによって何となく感じ取れるものはある。隠し事があるから、答えない。これも立派な虚偽にあたるためだ。
だが、もしも間違えてしまったなら大事件になる可能性もある。
だからこそ慎重に事を進め、確かな確信を得て判断していく必要があるのだ。
リスクを考えるなら怪しい貴族から。そして、同じコミュニティを何度も当るのは非効率だろう。
そのためには王国貴族のことを知らなければ絶対に不可能。
「わかった、協力させてよ!」
「え? いいの⁉」
しー、と彼女は人差し指を口に立てた。
「声大きいとバレちゃうよ……」
正直、賭けだった。断られてもおかしくはなかった。
出会って数分という関係、だからこそ、わたくしは感謝しきれない。
「本当にありがとう、リンドさん」
何か一つのミッションをこなす仲間、これほど頼もしいものはない。
そして、仲間がいてくれるだけで、こんなにも希望が見えてくるものなのか。
そもそも、一番手っ取り早いのは王女の前に貴族を並べ、作業のように質問していくことだろう。だが、わたくしがスキル持ちであることがバレてしまうため、それは無理だ。
わたくしのスキル――《
要らないスキルだと、呪いだと嫌っていた時期もあった。しかし、翡翠の瞳はお兄様とお揃いであるため、わたくしは受け入れて未来に進むことができたのだ。
そんな回顧の念を抱き、臍を決める。
「わたくしの特技は嘘を見破ることですわ」
「ほ、ホントに? じゃあさ、私の嘘も見破れる?」
軽い肩慣らしとして丁度良いだろう。
そう思い、首肯する。
「私の憧れている人はエリーゼ様、軽蔑する人はリール」
「本当ですわ」
「前者の理由は美しいから、後者は美しくないから」
「後者の理由が少し違いますわ」
「美しくないというよりは、やり方が汚いというのが正しいかな? エリーゼ様は婚約破棄して帝国に戻ればいいのに……」
「あなたの気持ちは嘘ですわ。あと、顔に出ていますわ」
「ごめんごめん、それでね――うゎぁっ!」
突然、薄暗いテーブルの下に眩い光が差し込んだ。
下にいることが誰かにバレてしまったのか、と思ったとき、
「クリス、なんでこんなところにいるの?」
「あ、アリシアさん⁉」
咄嗟に引き込んで、彼女の口を塞ぐ。
筋肉質な身体は心なしかエロスを感じた。
「こ、ここ、ここここ……」
今にも叫び出しそうなリンドの口もついでに塞いだ。
「ぷふぁっ、この方っ、アリシア様だよね⁉」
彼女は小さな声で訊いてくる。そんなに有名なのだろうか。
そんな顔を露骨にしていたのだろう、彼女は静かに言う。
「天使ぃー! この人天使だよ!」
ソレは、一瞬理解できなかった。
「え、えええっ――むぐっ⁉」
わたくしの口はアリシアによって塞がれた。
「あれ、知らなかったの? 他国の皇女に付ける護衛がただの騎士一人なワケないじゃん」
「ど、どえええっ――むぐっ⁉」
今度はリンドの口が塞がれた。
「で、二人は……こんなところで何しているの?」
きょとんとしている彼女がまさか天使だとは夢にも思わなかった。
それに、護衛などではなく、てっきり見張り役として付けられたのだと思っていた。
「クリス、本当なの?」
「本当に天使ですわ」
「いや、その、まぁ……いいや」
リンドは憮然さを僅かに見せる。
その理由は、わたくしには分からなかった。
「麻薬を流している貴族を見つけるの、アリシア様も手伝ってください!」
話が早いことに、リンドが説明してくれた。
「あ、うん。わかった。あと、敬語は無しでいいよ」
アリシアがいれば、万が一襲われても大丈夫だろう。
きっと、天使に敵う者などこの国にはいまい。
「わたくしの特技は嘘を見破ることですわ。ですから、怪しい貴族を上手く誘導して嘘を言わせてください」
「分かったわ、ええと彼女は……」
「リンド・スター・ロイン、伯爵令嬢だす」
緊張しているのか、盛大に噛んだリンドはゆっくりと顔を上気させ含羞した。
「私のことを知っているようだけど、改めて――」
アリシアはテーブルの下という空間で姿勢を正し、厳かに言った。
「私はアリシア・ライムライト。亡国の元公爵令嬢で、今は天使――序列第六位としてこの国の守護を任されているの」
そこに嘘偽りは欠片もない。
「こちらこそよろしくね、リンド」
そう言って手を差し伸べた彼女の瞳は布によって隠されている。
しかし、確かに微笑んでいた。
その様はわたくしですら一目惚れてしまう愛らしさがあった。
もし瞳が隠されていなかったら、わたくしの中に新しい扉が開かれてしまうだろう。そんな妙な予感がした――気がしたことは黙っておこう。きっと引かれてしまうだろうから。
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