2.漁村を歩く

 この坂道はバスが通った道なので、一応バスが通れるだけの広さはあった。ところどころ割れたりしているが、一応舗装もされている。ただ、車がすれ違えるほどの広さはなかった。

 つづら折りになっている坂道と坂道の間には、ぽつぽつと家が建っている。その多くは空き家のようだった。

 坂を下っていくと、魚のにおいはますます強くなっていった。


 やがて坂は緩やかになり、家が密集したところへと入り込む。こちらはきちんと繕われた漁網が壁に引っかけてあったり、玄関前に自転車が置かれてあったりと、生活感がある家が多い。ただ、それにしては誰にも出会わなかったし、家の中に人がいそうな気配もない。まだ漁に出ている時間だったりするのだろうか。



 そのまましばらく歩いていくと、道はだんだん広がっていき、二車線の道路になった。山側の道なりには、相変わらず漁師の家らしいものが建っているが、海側には船の家のようなものが整然と並んでいた。浜に一隻ずつ船着き場のようなところがあって、そこにそれぞれ屋根が付いている。その「家」の中には船があったりなかったりした。その多くはちゃんと使えそうだったが、中にはすっかり朽ちて放置されているように見える船もある。


 もともとは漁船として使われていたのだろうが、塗装が剥げ、錆が浮き、船底に穴が空いて、今にも沈みそうになっている船を見つめていると、物の哀れを感じてしまいそうになるが、今のところ私は、船の心配をしている場合ではなかった。


 どうもこの村は、よそ者相手に商売をしている気配が感じられない。コンビニがあることは期待していなかったが、宿とか、食事処とか、お土産屋とか、そういうものも全く見かけない。今夜どう過ごすかを真剣に考えなければならなくなってきた。


 とはいえ、私にできることは道なりに歩くことくらいである。人がいれば、宿があるか尋ねることもできたと思うが、全く見かけないからどうにもならない。


 とにかく、人か、店はないものかと探しつつ、道を歩き続ける。しかし、私の期待に反して、大して歩かないうちに民家も船の家もなくなり、あるのは岩っぽい海辺と崖だけになってきてしまった。


 サバイバル番組やサバイバル漫画で得た知識が頭の中を巡る。人を探すより、乾いた葉っぱを探して集めたほうがいいんじゃないか、などと思えてくる。



 そのとき、崖側の道沿いに「お食事処・ご宿泊」と書かれた看板が立っているのが見えた。

 その「お食事処・ご宿泊」は、だいぶ色褪せて、パネルは一部割れていたし、赤色で大きく書かれていたはずの店名は、すっかり色褪せて判読不能になっていた。

 さらに、中の蛍光灯で看板を光らせることができるタイプの看板だったが、光っていない。


 つまり、すでに閉店して看板があるだけ、という可能性も高かったが、そう考えるより早く、私はいつの間にか小走りでそちらの方に向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る