3.「お食事処・ご宿泊」に泊まる


 近づいてみると、ありがたいことに、その「お食事処・ご宿泊」は、ひとまずは営業しているようだった。店内に明かりが点いていた。

 たたずまいとしては、山の中の道路沿いにある古い休憩所兼お土産屋、といった様子。長方形で二階建ての素っ気ない建物で、一階の道路に面した側はガラス張りで、中は食堂のようだった。


 ガラス戸を開けて中に入ると、食堂のカウンターに男が居た。全体的にぼやけた印象の、どうということのない人、といった感じ。興味なさそうな、眠そうな目でこちらを見たが、それはこれだけ暇そうなのだから、しょうがないだろう。とにかく営業してくれているだけで神である。

 私は声を掛けて、泊まれないか尋ねてみた。その人は、のそっとした口調で事務的に、一泊素泊まりでいくらで、風呂はなく、シャワーは20時まで、チェックアウトは10時まで、といった説明をした。どうも心ここにあらずといった調子の、バッテリーが切れかけたロボットのような接客だったが、私としてはありがたかった。あまり親しげにいろいろ聞かれても困る。


 部屋のキーを受け取ったついでに、私はカウンターの側に置いてあったビスケット2箱と、ペットボトルのお茶を3本買った。この食堂で夕飯にしてもいいのだが、どうも気乗りしない。今日はシャワーもやめて、部屋に立て籠もることにする。



 部屋はビジネスホテルみたいな感じだった。狭い室内に、ベッドひとつ、椅子ひとつ、テーブルひとつ。白い壁紙は若干くすんでたし、未だにブラウン管の有料テレビが置かれているあたりからして年季を感じさせるが、部屋の中は掃除されていて綺麗だったし、覚悟していたよりはずっと良かった。


 残る問題は暖房がどのくらい効くか、である。とりあえずエアコンが有料ではないことを確かめてから電源を入れてみる。

 それから荷物を下ろして、テーブルでビスケット1箱とお茶1本を開けて、簡単な夕食をとった。


 食べ終わる頃には部屋もまあまあ暖まってきて、想像していた以上に快適に一晩過ごせそうなのにほっとする。


 できればお風呂に入って着替えもしたいところだが、さきほどまでサバイバル生活するべきか考えていたことからすれば、それは贅沢というものだろう。

 シャワーはあるらしいが……どうも入る気がしない。馬鹿馬鹿しい話だが、こういうところで一人でシャワー室に入っていると、後ろから刺されるような気がしてならない。ホラー映画の観過ぎか。



 となると、これからどうするか、である。スマホはほぼ圏外で使い物にならないし、有料のテレビを見たいとも思わない。自分の家でなら、普段こういうときはベースの練習でもするのだが……他に宿泊客がいるかはわからないが、まあ、常識的判断としてはやめておいた方がいいだろう。


 代わりに、バッグからノートとシャーペンを取り出してテーブルに広げ、曲でも書いてみようかと意気込んでみたものの、真っ白なページに五線譜を書いたところでペンの動きが止まってしまった。


 時刻を見ると、まだ19時過ぎ。さすがに眠くない。

 ただ、明日は余裕を持って3時45分起きしたいし、寝過ごすのは一番マズい、ということを考えると、もう寝てもいい時間だともいえる。どうするか。



 そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。。

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