6.儀式の準備をする
「こちらで、お願いできますか」
その声で我に返り、声の方を振り返る。
フードの人が指さしたのは、私の腰くらいの高さで平らになっている大きな岩だった。広さは畳2つ分くらいある。たしかに、ちょっとしたステージのようではある。
岩に手をかけて登り、その上に立ち、辺りを見回してみる。
今のところフードの人以外誰もいないし、真っ暗ではあるが、一段高いところに立つだけで、結構テンションが上がってくるもんである。しかも、月明かりの下で潮騒の音のバッグサウンド付きというのはなかなか洒落ているのではないだろうか。魚臭いのはアレだが。
おっしゃ、やるぞ! と、心の中で気合いを入れたところで、肝心なことを忘れていたのを思い出した。
「あ、ああの……」
ステージの端で屈んで、フードの人に声を掛ける。フードの人は少しこっちを見上げるようにしたが、相変わらず顔はフードで隠れて見えなかった。
「あ、ギターならすぐ届きますので」
「あ、いや、そうじゃなくてですね。何を演奏すればいいんです? 知らない曲とかだとまずいというか……」
「ああ。なんでも構いません。好きに演奏してください。船乗りには20分くらいかかると思いますので、その間、演奏していただければ嬉しいのですが、よろしいでしょうか?」
「はあ。時間は大丈夫と思いますが、本当になんでもいいんですか?」
「ええ。なんでも構いません」
よくわからないが、なんでもいいというならなんでもいいのだろう。
私達が普段演っているのは、だいたい呪われそうなドス暗い曲だが、まさか私のことを知っていて指名してきたわけではないだろうから、いくらなんでもいいと言われたからといって、ここで呪われソングを弾くのは常識的とは言えないだろう。
ここは趣味と現実を折衷して、仄暗いくらいのリフを弾くのはどうだろう。Opethの"Harvest"くらいの。とりあえずそのくらいから始めて、あとは客の反応を見ながら考えようか。
なんだかんだ考えていると、もう一人、フードを被ったのがやってきて、わざわざ深々と私に向かって一礼してから、ギターケースをステージ岩に置き、また礼をして去って行った。
そんなに畏まることないのにと思いつつ、ギターケースを開ける。人間に弾けないような変な形状をしたギターだったらどうしようと、一瞬心配がよぎったが、中に入っていたギターは、とりあえず常識的な形をしていた。
ただ、ギターに描かれた絵柄というか図柄が、月明かりの下なのでよくはわからなかったが、血糊をぶちまけたような感じだったのはちょっとびっくりした。おとなしそうな民族? 種族? に見えて、結構イカした趣味をしているのかもしれない。
ギターにはベルトが付いていて、肩に引っかけて演奏できるようになっていた。そういえば、立って演奏するのか、座って弾けるのか、については、事前に聞いておくべき項目のひとつだった。立って演奏してください、でもベルトはありません、という展開もありえたわけである。そう考えるとこのフードの人たちはなかなか用意がいい。
あと、ギターケースにはご丁寧に、ピックが何枚か入っていた。ギターとお揃いの血糊柄である。フィンガーピッキングするには爪の手入れが全然出来てなかったし、そもそも私の爪はヘタレですぐ割れるから、これはありがたい。
音程の確認のために開放弦を鳴らしてみる。チューナーとか音叉とかはないので何とも言えないが、聞いた感じは問題ない。チューニングもしてくれたようである。今回は他の楽器との兼ね合いはないから、これでいいことにする。
「オーケー。いつでもいける」
誰にともなく呟いたが、フードの人は聞いていたらしい。
「それではお願いします」
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