8.おしまい
「ありがとうございます。もう、よろしいですよ」
その声に、私は我に返った。気付くと、浜辺の列はもう無かった。月の位置も、心なしか結構動いたように見える。
私は演奏する手を止めた。……つまり、どういうことだろうか。私は自分の演奏に陶酔しすぎて、時間も忘れて弾きまくっていた、ということなのか。
事前の説明によると、弾き始めてから20分ほど経過したと思われるのだが、全然その感覚がない。大丈夫なのか、私。
「今日は本当にありがとうございました。おかげで助かりました」
「あ、ああ。いえ。どうも」
深々と頭を下げるフードの人に、よくわからない返事をする。
ゆっくりと頭を上げると、フードの人は言った。
「私達には、お礼できるものがないのですが、せめて、よければ、そのギターは差し上げます。お持ち帰りください」
「え、いいんですか?」
私は露骨に嬉しそうに聞き返してしまった。もう少し遠慮するとかなんとか、あって然るべきではないかと、もう一人の自分が突っ込みを入れる。
「はい。ぜひ、お持ち帰りください。今日はありがとうございました。それでは」
フードの人はまた礼をすると、さきほどの列の人達のように、船へと歩いて行った。
私はしばらく、その姿を眺めていたが、ふと気付いて、再び演奏することにした。この演奏がどういう意味を持つのか、私にはさっぱりわからなかったが、たぶんあの人が船に乗るときにも、演奏があった方がいいのだろうと思って。
フードの人の影が船の影と重なり、違いが分からなくなって、しばらくすると、船の影がゆっくりと動き始めた。
船は音もなく沖へと進んでいく。私はその影が小さくなり、水平線に消えていくまで、演奏し続けた。
ここからは余談になるが、私がこのときもらった「血糊をぶちまけたような絵柄のイカしたギター」は、明るいところでよく見たら錦鯉の柄だったことがわかった。錦鯉の雅な柄を血糊と間違えるのは私らしいと、メンバーのみんなにはさんざんからかわれた。
あと、この時の演奏からアイデアを得て曲を書いたところ、評判はイマイチだったわりにダウンロード販売では妙によく売れた。もしかしたらあのフードの人達の仲間が、例の儀式に使うために買ったんじゃないかなと私は思っている。
その涙さえ命の色 涼格朱銀 @ryokaku
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