第4話 何者?

「モモちゃんが相談に乗ってくれないから、掛け声は勝手に決めちゃった。あとはやっぱり、キメ台詞とポーズがほしいよね」


 ジョスの少年らしい高い声が聞こえて、桃子は恐る恐る目を開いた。


 先ほどのまばゆい白い光はもう消えている。


 そして、自分の姿を見下ろして、声にならない悲鳴を上げた。


 ジャージの上下を着ていたはずなのに、上半身は腕とお腹丸出しのブラウスに、大きなリボンタイ。下は太ももむき出しのひらひらミニスカートと、白のロングブーツだった。


「な、何なの、この恥ずかしい格好は!?」


 桃子は思わず身体を隠すように自分を抱きしめていた。


 小さい頃からボーイッシュと言われる方で、かわいいものやおしゃれなものが似合わないと、自他ともに認めてきた。スカートも高校の制服ではいていたのが最後になる。


 それ以前に、そもそもアラサー女がする格好ではない。


「そんなことないよ~。ボクの見立て通り、超似合ってるよ~。鏡を見てごらん」


 言われて桃子は、部屋の隅に置いてある姿見をゆっくりと振り返った。


 派手なピンク色の髪をツインテールにした女の子が映っている。コスプレ・イベントにいてもよさそうな姿だ。


(これが私の変身した姿?)


 鏡に近寄って間近で覗き込むと、桃子の顔には間違いなかった。身長はわずかに小さくなった気がするが、体型はあまり変わっていない。


 そういえば、ジョスが13歳に設定するようなことを言っていた気がする。


「ひゃあ、すごいわ……」


 お肌はつるつる、すべすべ。半日寝ても染みついて消えなかった目のクマは、跡形もない。


 最近、気になっていた目元のタルミと目尻の小ジワもなくなって、目がパッチリと見える。


「私、13歳の時ってこんな感じだったのねえ……」


 桃子は妙に感動してしまった。


 それに何より身体が軽い。寝ても寝ても残っていた疲労感が完全に消えている。


 この姿なら丸一日働き詰めでも、クタクタになって帰ることはなさそうだ。それどころか、懐かしのデスマーチにも余裕で耐えられる気がする。


(なんて、この姿で出勤できるわけないでしょうが。あ、でも、リモートワークの時は使えるかも)


「それで、元に戻る時はどうするの?」


 桃子は鏡の中の自分の姿から目をそらして、ジョスを振り返った。


「『マジカルエナジー、100%ディス、、、チャージ』って言えば戻るよ」


「そこは何のひねりもないのね」


「いいんだよ! 変身解除なんて、用事が終わったらいつの間にかするものでしょ? 誰も聞いてないんだから」


 ジョスは手をバタバタして騒いでいたが、桃子からすれば、一言『解除』だけでいいのではないかと思う。


「マジカルエナジー、100%ディスチャージ」


 ともあれ、言われた通りに桃子が口にすると、再び身体から白い光が放たれ、元のジャージ姿に戻っていた。


 なんだか身体が一気に重くなったような気がして、少し泣きたくなった。


(30歳と13歳の違いが……)


「じゃあ、モモちゃん、変身の仕方もわかったところで、さっそく地球平和のために活動を始めよう」


「……て、何するの?」


「ほら、某国で起こってる戦争を止めに行かないと」


「それは大事なことかもしれないけど――」


「さあ、行くよ! 魔法少女ラブピーの初仕事だ!」


 そう言って、ジョスは勢いよく玄関に向かおうとするので、桃子は慌てて止めた。


「ちょーっと待って! まさか、私を外で変身させる気なの!?」


 ジョスはぴたりと立ち止まって、振り返った。


「ここでもいいけど、やっぱり敵の前でカッコよく変身した方がよくない?」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 桃子は即座に切り返していた。


「どういう問題?」と、ジョスは首をこてんと傾げる。


 桃子はふうっと息を吐いて落ち着いてから、「ジョス」と教え諭すように静かに呼んだ。


「どうもネアン星には魔法が当たり前にあるみたいだけど、この地球では魔法少女がフィクションだってこと、知ってる?」


「うん、知ってるよ」と、ジョスはコクンと頷く。


「なら、魔法少女のコスプレをした中学生が、戦場にいきなり現われたところを想像してみて。戦争を止める前に、世界中で大騒ぎになっちゃうと思わない?」


「じゃあ、どうするの?」


 桃子は「さあ」と、お手上げポーズをする。


「ねえ、そもそもどうして魔法少女、、、、じゃなくちゃいけないの? 設定が色々あるなら、髪型とか服とか、普通の人間に混じってもわからない姿にすればいいじゃない。そうでなかったら、透明人間にするとか」


 ジョスは「うぐっ」と、言葉に詰まっている。


「まさか、魔法少女じゃなくてもよかったの!?」


 桃子が突っ込むと、ジョスは床の上にひっくり返って、手足をバタバタさせ始めた。


「だって、だって、だって、地球のアニメ観てたら、魔法少女モノにハマっちゃったんだもん! ボクの協力者は、どうしても魔法少女がよかったの~! ボクは魔法少女のかわいい相棒とか、マスコットキャラになりたかったの~!」


 桃子は暴れ回っているジョスを白けた目で見ていた。


 協力者はともかく、単なる子供のわがままで、『魔法少女』になることを強要されていたとは――。


「ジョス、そういえば、まだ聞いてなかったけど、実際の歳はいくつなの? ネアン星に身体があるって言ってたわよね?」


 ジョスはバタつくのを止めて、しばらくひっくり返ったまま動かなくなった。


 それから、ゆっくりと桃子の方に顔を向けた。


「地球人でいうと、48歳かな?」


「いやあぁぁぁぁ! キモッ!」


 桃子はジョスを掴みあげて、壁に叩きつけていた。ぽふっとやわらかい音がして、ぬいぐるみはそのまま落ちて床に転がる。


「なーにが、『魔法少女』よ! 『13歳設定』よ! 中身はただのロリ好き変態、アニオタ中年男だったんじゃないの!」


 ジョスはぴょいっと床から起き上がって、負けずに怒鳴り返してきた。


「そんなの偏見だ!」


 クマのぬいぐるみから聞こえたのは、見事なまでに先ほどとは違う、低いダミ声だった。


「だいたい勝手に勘違いしたのは、モモちゃんだろ!?」


「はあっ? カワイコぶって、私を騙してたのはそっちでしょ!」


「違う! 魔法少女には、かわいいマスコット。それがマストだからだ!」


 ジョスが偉そうに胸を張って断言するが、桃子にはまったくもって理解できない。


「どうして私が、あんたの趣味に付き合わなくちゃならないのよ!? 魔法少女になんか、二度と変身するものですか!」


「地球の平和はどうでもいいのか!?」


「それとこれとは、話が別でしょうが!」


 この言い争いは、果てなく続く――




 魔法少女ラブピーが、世界平和のために活動を始めるまで、あとXX日。



〈了〉


= = = = = = = = = = = = =


最後までお読みいただき、ありがとうございました<m(__)m>


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