第3話 宇宙人?

「ねえ、ジョス、だったっけ? どうやってこの家に届けられたの? 誰から?」


 AI搭載だけあって、本人の方が知っているかもしれないと、桃子はロボットに訊いてみた。


 ぬいぐるみの首だけが桃子の方に向けられる。


「モモちゃん、やっぱり話が通じてなかったよね」


 落ち込んでいるのか、その声はどんよりと暗いものだった。


「通じてないって……ロボットじゃないの?」


「最初に言ったじゃないか、ボクは思念体だって」


「思念体って……まさか幽霊がとりついているってこと!?」


 桃子はずささっと後ずさりした。


 目の前のかわいらしいぬいぐるみが、一気に気味の悪い、おどろおどろしいものに見えてくる。


「だ~か~ら~、ボクの身体はネアン星にあるんだって。ちゃんと生きてるよ」


 クマの頬がぷくっと膨らむ。


「ネアン星? 聞いたことないんだけど」


「地球から約五万光年離れたところにある惑星。地球と同じで、知的生命体が住んでるんだ」


「つまり、ジョスは宇宙人ってこと?」


「ボクからしたら、モモちゃんも宇宙人なんだけど」


「あ、そっか。宇宙人……て、いたの!?」


 目の前にいるのはクマのぬいぐるみなので、桃子がイメージしていた『宇宙人』とは、ずいぶんかけ離れている。小さい頃、見た絵によると、手足がひょろりと長く、やたら目が大きい、全身がつるっとした生き物だった。


(ああ、でも、これが思念体なら、本体はそういう姿なのかもしれないわ)


「それで、地球に何の用? まさか地球征服を目論んで? それとも、新たな移住先を探してるとか?」


 桃子はつたないSFの知識を総動員して聞いてみた。


「違うよ~。この宇宙で知的生命体の存在する星は貴重なんだ。だから、ボクたちはそういう星を宇宙遺産と認定して、保護する活動をしている。ボクは地球担当なんだ」


「へえ、『世界遺産』ならぬ『宇宙遺産』……」


 なんだかスケールの大き過ぎる話で、桃子はいまいちついていっていない。


「活動って、具体的に何してるの?」


「人類の滅亡に関わるような要素を排除するんだ。例えば、戦争とか犯罪を未然に防ぐとか。それには現地の協力者が必要になるんだよ」


「どうして?」


「ボクたちは思念体でしか自分の星を出られないから、動かせる身体がないんだ」


「ぬいぐるみに入って動いているじゃない」


「この姿で活動して大丈夫だと思う?」


 桃子は道を歩いているクマのぬいぐるみを想像してみた。


「それは……すぐに捕獲されちゃうかも。人間に入ることはできないの?」


「本人の意識が邪魔をするから、生命体には入れないんだ。犬とか猫でも無理」


「意外と不便なのね」


「うん。だから、ボクの代わりに活動してくれる協力者、つまり魔法少女が必要なんだ」


「なるほど。でも、なんでジョスはクマのぬいぐるみなの? もっと動かしやすい物だってあるんじゃない? マネキンとかリ〇ちゃん人形とか」


「それはほら、モモちゃんは女性でしょ? かわいい物の方がよくない?」


 それはどうかしらと、桃子は首を傾げてしまう。


 物でも動物でも、いきなり言葉を話し始めたら、気味が悪いと思う。逆にロボットだと思い込めただけ、大騒ぎをしなくて済んだといったところだ。


「そうかも」と、桃子は気のない返事をしておいた。


「ちなみに、そのぬいぐるみはどこから持ってきたの?」


「すぐ近くにあったおもちゃ屋。クラッカーもあったから、せっかくなら印象的な出会いを演出してみようと思って。サプライズ・プレゼント的な?」


 ジョスの声が弾んでいるのは、桃子の『うれしい』という言葉でも待っているからなのか。


 驚いたことサプライズには間違いなかったが、爆弾テロかと思った。思い返してみても、マイナスの印象しかない。


「そのために、わざわざ買ってきたの?」


「ううん。ボク、地球のお金持ってない」


「……て、盗んできたんじゃないの!」


「ボク、地球人じゃないし~。治外法権適用」


「なに、当然みたいに言ってるの!? それじゃ、犯罪し放題の危険人物ってことじゃないの!」


「じゃあ、モモちゃんが『万引きしました』って返しに行く?」


「うっ」と、桃子は言葉に詰まった。


 万引きなどで捕まったら、会社をクビになってもおかしくない。


(ここは話をそらそう……)


「そういえば、うちにはどうやって入ったの? カギがかかってたでしょ?」


「魔法で簡単に開けられるよ」


「へえ……」


 桃子としては住居不法侵入だと訴えたいところだったが、再び治外法権の話で終わりそうなのでやめておいた。


(魔法って、聞こえはいいけど、便利な犯罪ツールじゃないの)


「もっとも、これは協力者を得るまでの仕方のない措置なんだ。こうしてモモちゃんが魔法少女になってくれたからには、もう悪いことはしないよ。この星の秩序を乱すことは、ボクたちの活動趣旨に反するし」


「それはまあ、殊勝な心掛けで……て、なんで私が魔法少女なの!?」


 桃子が目を剥いて声を上げたが、ジョスは驚いた様子もなく、飄々とした顔――本来のぬいぐるみの表情をしている。


「だって、モモちゃん、将来は魔法少女になるのが夢だったんでしょ?」


 自分の過去を巻き戻していくと、確か幼稚園の卒園アルバムに『大きくなったら、セーラー〇ーンになりたい』と書いた覚えがある。


「それ、6歳の時の話ね。あれから4半世紀近く経ってるんだけど。この歳になってもなりたかったら、さすがに痛いわ」


「だよね~」と、ジョスは当然だと言わんばかりに頷く。


「ほんとはね、モモちゃんが13歳になった時を目指して、ネアン星を出発したんだ。けど、時空間移動に失敗して、到着時刻が狂っちゃったんだよ」


 ジョスはやれやれといったように肩をすくめた。


「いやいやいや、13歳の時も思ってなかったから! 頑張って小学校低学年まで!」


「そうなの?」


 断じてそれはないと、桃子は大きく頷いた。


「世の中には魔法少女を信じてる小さい女の子は、たくさんいるからね。協力者はその中から選び直してくれる?」


「でも、モモちゃん用にいろいろ設定しちゃったから、もう遅いよ」


「設定って、何?」


「魔法が使えるようになる設定。試しに『マジカルエナジー、100%チャージ』って、言ってみて」


「は? マジカルエナジー、100%チャージ?」


 桃子がそう口にした途端、白い光が部屋いっぱいに満ちあふれた。痛いくらいの眩しさに、桃子は反射的に目を閉じ、顔をしかめる。


「ほら、変身したでしょ?」

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