第2話 ロボット?

「いきなり魔法少女?」


 桃子はグフッと笑ってしまった。食べかけの麺が鼻に入りそうになって、むせてしまう。


「いきなりも何も、ボク、最初に言ったよ」


「……そうだったかしら?」


「もう~!」と、ぬいぐるみの頬がぷくっと膨らむ。


 どうやらこれも怒りの表現らしいが、手をバタバタさせるよりはわかりづらい。どちらかというと、怒りよりは不満を表しているのかもしれない。


「ねえ、違う話題にしない?」


 正直、魔法少女には興味がないので、桃子は訊いてみた。


「ダメ。モモちゃんが納得してくれるまで、話をするの」


 どうやってもこのAIは、桃子の言うことを聞いてくれないらしい。


 何を思って、祖母がこの会話設定にしたのか。


 ともあれ、疲れて帰ってきている今、どうでもいいくだらない話の方が気楽だ。それに、最後まで付き合えば、祖母の意図もわかるかもしれない。


「はい、わかったわ。魔法少女の話ね」


「うん、繰り返すよ。モモちゃんは、地球の平和を守る魔法少女に選ばれたんだ」


「それは光栄だけど、私、少女、、の時期はとっくに過ぎてるわよ。それでもいいの?」


「心配しなくても大丈夫。見た目は13歳に設定するから、ちゃんと少女だよ」


「そりゃいいわぁ。変身すると、ついでに若返りもできちゃうのね」


「でね、モモちゃんの活動用のコードネームは、『ラブリー・ピーチ』、略して『ラブピー』にしようと思ってるんだけど。どう?」


「『ラブピー』って……ダサッ。『柿ピー』みたい」


 桃子がけらけらと笑っていると、クマはぷっくりした頬をさらに膨らませた。


「ボクが一生懸命考えた名前なんだよ! 『ラブ・アンド・ピース』の略も兼ねてるの! すごくない!?」


「うん、すごい、すごい。『魔法少女ラブピー』ね。それにしよう」


 とりあえず褒めてやると、ロボットは機嫌を直したのか、ふうっとため息をつくように膨らんだ頬を引っ込めた。


 よくできていると、桃子は拍手をしたくなるほど感心してしまう。このプログラムのアルゴリズムを解析してみたいところだ。


「あとは変身用の掛け声も、決めないといけないんだけど」


 ロボットが続ける。


「そんなの必要なの? 一言『変身』だけじゃダメ?」


「そこはせっかくだから『○○パワー、メイク・アップ』みたいなカッコいいのにしようよ~」


「なら、カッコいいのを考えておいてよ」


「あとはキメ台詞とポーズも――」


「さーて、ご飯も食べ終わったし、シャワー浴びて寝ないと。今日はここまで。スイッチはどこかなー? ないのかな?」


 桃子がジョスに触ろうとすると、「スイッチなんてないよ!」と、やはり逃げられてしまった。


(まあいいか。バッテリーならそのうち切れるだろうし)


 その夜はなんだか久しぶりに大声で笑って、桃子はすっきりした気分で眠ることができた。




 翌日は休みということで、桃子は昼過ぎまでたっぷり寝坊を楽しんだ。クッキーとコーヒーで朝食兼昼食を済ませた後は、大量の洗濯と片付け、掃除が待っている。


「ねえねえ、モモちゃん。昨日言ってた変身用の掛け声なんだけど――」


 桃子がバタバタと家の中を動き回っている間、クマのぬいぐるみがちょこちょこと追いかけてくる。まとわりついてくるペットのようで愛らしいが、遊んでいるヒマはない。


「ごめんねー。掃除が終わるまで、待っていてよ」


 平日が毎晩終電帰りなので、土日の休みは半分以上家事と買い物で終わってしまう。土曜日の内にやることを終わらせないと、日曜日という貴重な一日を楽しめない。


 入社からの数年間、納期の前は泊まり込み、休日出勤が当たり前だった頃を思い出せば、充分余裕のある生活になっている。働き方改革に感謝だ。


 とはいえ、その後はコロナ禍でリモートワークが一年。会社との往復がない分、あの頃の方が楽だったな、と思ってしまうのは仕方ない。


「あ、そうだ、おばあちゃんに電話しなくちゃ」


 遅くならないうちにと、桃子は買い物から帰って来てから、すぐに電話をかけた。


『もしもし』と聞こえてくる祖母の声を聞くのは、お盆休みにかけて実家に帰った時以来、三か月ぶりになる。


 九十近い歳になるが、かくしゃくとしていて、声もしっかりしている。


「おばあちゃん、桃子だけど。プレゼント、ありがとう。突然だったから驚いたわ」


『プレゼント?』


「AI搭載のロボット。けっこう高かったんじゃないの?」


『モモちゃん、何の話をしているのかよくわからないんだけど……あらやだ、これがオレオレ詐欺? ええと、こういう場合は通話を録音して……それから警察に電話を――』


 そこで電話はぷつりと切れてしまった。


 一人暮らしの祖母が簡単に詐欺に引っかかることはなさそうなので、安心はできたが――


(おばあちゃんが置いていったんじゃなかったら、いったい誰が……?)


 桃子は唖然としながら切れたスマホをしばらく見つめ、それからおもむろにテーブルの上に座っているクマのぬいぐるみ型ロボットを振り返った。

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