優しい人

青いひつじ

第1話

4月。

新しい生活が始まった。


今日から1ヶ月研修期間として、新卒の社員が1人ずつ、先輩達のいる課に振り分けられ実際に業務を行っていく。

私は第2課に配属され、そこには3人の上司がいた。



課長のAさんは、とにかく態度も声も大きく、パワフルという言葉が服を着て歩いているような人物だった。


初めて挨拶した際には「あんた、顔小さいなぁ!」と大声で言われ、その迫力に何も返すことができなかった。

頼れる人物であったが、部下に注意する際の高圧的な態度は気になった。



主任のBさんは、必要最低限のこと以外は話しかけてこない合理的な人物だった。

しかし、決して冷たいというわけではなく、何か質問すれば的確な答えをくれた。

私がメールの返信に困り固まっていると、さりげなく「何か困ってる?」と聞いて、答えを教えてくれた。



リーダーのCさんは、にこにことした、非常に温厚そうな人物だった。

教育担当がCさんと聞き、私はひどく安心した。

3人の中では、Cさんが1番優しい人だと思ったからだ。

ずっと隣にいても緊張するどころか、海の上に浮かんでいるような、穏やかな気持ちだった。

私が校正ミスをしようが、メールの宛先を間違えようが、決して怒ることはなかった。





2週間がたったある日の午前中。


「少し時間ある?」と、課長のAさんが私のデスクへやってきた。



「みてると最近、誤送信とか校正ミス多いよね。ちゃんと業務に集中してる?仕事は遊びじゃないよ?」


Aさんからの話は5分ほど続いた。

突然の、スーパー説教タイム突入に、自分の脳が追いつかず、私は思わず立ち上がり、「はい、すみません」と繰り返すことしかできなかった。

隣の課の、また始まったよ、、、と言わんばかりの視線が痛い。




私はその昼、Bさんを相談があるとランチへ誘った。



「海老天うどん2つで」



ここは、私が昼食によく利用するうどん屋で、注文して3分以内に出てくるのが売りである。



「それで相談って、A課長の話?」



「そうです。あの人いつもああなんですか?ひどすぎませんか?あんな言い方される筋合いないんですけど」



「でも実際、Cさんのやり方で、ミスを繰り返していたよね。Aさんも、心を鬼にして言ってると思うよ」



「あの言い方は、ただのストレス発散にしか感じませんでしたが」



「そう感じたのなら、もしかしたら、A課長のやり方も少し間違っていたのかもしれないね」



「あれじゃあ、周りがついていけなくなるのも納得です」



きっと今の私は、なかなか歪んだ表情をしていると思う。



「へい、おまちー、海老天2つねー」



B主任は割り箸をきれいに割って、七味を2振りした。

おつゆの香りの湯気が私を包み込んだ。



「僕は、はっきりと伝えないことは優しさではないと思うよ」



「B主任は仕事できるし、きっと怒られたことないからそう言えるんですよ」



「まぁ、つまり何が言いたいかって、人が考える優しさはそれぞれ違うということだよ」



「はぁ。私には分かりません」




私は、つゆのしみすぎた海老天を、尻尾まで一気に頬張った。




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優しい人 青いひつじ @zue23

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