6-4 メスガキバトル☆ロワイヤル

「和志~、今日は一日ありがとな~!」


 ピカピカのバイクに跨った真司が、ご機嫌な様子で手を振っている。俺も手を振り返すと背中を向け、広尾商店街を歩いて家路につく。

 炎上した真司バイクの弁償が、最新モデルの新車だったまでは良かったが、御役所仕事のせいか俺名義で納車されてしまった。おかげで今日は朝から役所に行ったり陸運局に行ったりで、名義変更が終わると空はすっかり茜色に染まっていた。


 総菜を扱う店がこぞってタイムセールを始めるこの時間、商店街は店主の客引き声とメスガキの嘲笑が入り混じり、ほどよく活気に満ちている。ついこの前、メスガキゾンビ騒動があったと思えないほど、メスガキは街に溶け込んでいた。

 それも商売上手の店主達が、ワカラセ衝動を上手くいなせるようになったからだろう。最近のメスガキ犯罪率低下も、メスガキ客を嫌がらない一因になってるかもしれない。離解屋としては嬉しい反面、今後を考えると気がかりな事も増えてきた。


 あれから一週間。


 那須野博士のアカデミック好奇心によって、なんとか一命を取り留めたシスター・マナは、渋谷警察署がその身柄を預かり今も事情聴取が続いている。

 福浦さんもマナの共犯だった事を認め、『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』の全貌を警察に自供しているようだ。共に罪を償う事で、引き続きマナをサポートしていきたいと、面会した時に話してくれた。

 とはいえ、シスター・マナに下される沙汰がどれほどのものになるか、門外漢の俺には想像もつかない。メスガキ区長はメスガキ弁護士と一緒に、恩赦や司法取引等手を尽くしてるみたいだし、今は状況の進展を願って大人しく待つしかない。


 アパート付近まで戻ってくると、甲高いメスガキ声が表通りまで聞こえてきた。

 また紗綾ちゃんと恵が、しょうもない事で言い争ってるんだろう。俺は急いで部屋に戻り、玄関扉を開けると――。


「ちょっと! なんでアンタがここにいるのよ☆ まさか、カズくんに世話になろうとか思ってるんじゃないでしょうね!?」

『紗綾とわたしですら、こうして毎日通ってるんですよ! その荷物持って、さっさと出てって下さい☆』

「はぁ……ようやく取り調べから解放されたっていうのに、その扱いは酷くない? 他に行く当てもないし、しばらくごやっかいになるくらい――って、おかえりなさい、和志さん♡」


 紗綾ちゃんと恵の背中の奥には、二つの黒箱を中二病ポーズで両手に構える黒髪ボブカット――日葵がいた。

 バットと徒手空拳で対峙する恵と紗綾ちゃんが、同時にバッと振り返る。


「カズくん断って! 離解屋はこれ以上メスガキいらないって、ちゃんと断って☆」

『事実、従業員が一人増えると離解屋は赤字に転落します。ここは心を鬼にして☆』


 紗綾ちゃんと恵が、俺の事引っ張ったり脅したりしていると、洗面所の扉が開き、バスタオルを巻いた二人のメスガキが現れた。


「お風呂、お先に戴きました♡ あ、和志さんお帰りなさい」

「お姉ちゃん。楓の髪の毛、乾かして~!」

「はいはい。じゃああっちでドライヤーしましょうね。和志さん、ベッド借りますね☆」


 当然のようにベッドに座る姉・紅葉の前に、妹・楓がちょこんと座ると、後ろからドライヤーで乾かし始めた。

 仲睦まじい姉妹のバスタオル姿に目を奪われていると――今度はバンッと、ベランダの窓が大きく開いた。


「ザコザコ☆ポリスがしつこい☆ ようやく逃げ切ってやったわ♡」

「なっ、なんであんたが、ここにいるのよ!?」


 ベランダから部屋に入ってきたのは、見間違いようのないシスターローブをたなびかせた、シスター・マナ。戸惑う紗綾ちゃんに「ふんっ☆」と不機嫌そうに鼻で笑い、うんざり顔を見せつける。


「毎日毎日おんなじ事ばっかり聞かれて、もううんざり☆ いい加減馬鹿らしくなったから、脱走してやったのよ♡ 悪い?」

『悪いに決まってます! 脱走なんてしたら、それこそ裁判に影響が――』

「シスター!」


 日葵と紅葉、楓まで、シスター・マナに駆け寄り抱きついた。

 互いの無事を確認し合うと、久しぶりの再会に涙を流して笑顔を見せる。

 メスガキのハートフルな一面を見せられると、問答無用で捕らえるわけにもいかない。俺は恐る恐る、お伺いを立ててみた。


「脱走っておまえ……これからどうするつもりなんだ?」


 シスター・マナは俺に向き直ると、相変わらずの上から目線で言い放つ。


「気分転換に出てきただけだから、ちゃんと戻るに決まってるじゃない♡ それよりこの子達をお願いね♡ 路頭に放り出しでもしたら警察署のメスガキ全員、ゾンビ化するわよ☆ みんなもお願いして。はい、せーの!」

「よろしくお願いしまーす♡」

「はーい、よろしくー!」


 日葵、紅葉、楓の非メスガキ系美少女三人に素直に頭を下げられると、思わず頬を緩ませ受け入れてしまう。そんなロリ神信仰心を見抜かれたのか。紗綾ちゃんに脛を蹴られ、恵にバットで小突かれる。

 ひとしきりメスガキの制裁を喰らった後、シスター・マナに訊き返す。


「そういや、孤児院はどうしたんだよ? 教会が立ち入り禁止でも、孤児院は使えるはずだろ?」

「捕まってすぐ、土地と建物を警察に差し押さえされたようなの。他の子達はガンキ寮に詰め込んだけど、この三人は引き続きフェテレータ研究に協力したいって言ってくれて。私の刑期が終わるまで、和志くんに面倒見てもらうのが一番良いと判断したわ」

「判断したって――俺になんの相談もしてないだろ!?」

「あれえ? 私にあんなご高説を垂れておきながら、小さな女の子の手を振り払うような真似、和志くんがするわけないよねえ~♡♡♡」


 ここぞとばかりに煽ってくるシスター・マナ。俺の脳裏に、渋谷スカイで説得した言葉が蘇る。


『俺が信じてるのは、誰であれ手を繋げば、どんな形であれ前に進むって事だ。だって、繋いだ手ならどこにだって届くだろう? 今は届かなくても、その先に繋がる手は必ずある。そうやって手を取り合わないと、メスガキの救済なんてできない』


 三人の少女は、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。その手はもちろん、俺に伸ばされてるわけで……その手を取らないなんて、できるはずもなく――!?


「ずるーい☆ だったらさーやもカズくんちに住む!」

『仕方ありません。今まで三人でやってた仕事を倍に増やせば、六人でもなんとか』


 紗綾ちゃんが名乗りを上げると、恵もスマホ片手に予測売上をでっち上げた。

 ええ……ウチ、ワンルームなんだけど。

 俺とメスガキ五人で住むのは、さすがに狭くない?


 その時、玄関扉がバーンと全開し、ドーンと軍服司令官――メスガキ区長が現れた。


「シスター・マナ! 脱走なんて、あんたどういうつもり!? そんなに僕らの立場を危うくしたいのかい?」

「脱走したんじゃなくって、お☆さ☆ん☆ぽ♡ 夕方以降は取り調べもないんだし、気分転換にちょっとくらい外出たっていいじゃない☆」

「あのねえ……日本の司法を舐めないで頂戴☆ 君がいなくなったって、渋谷警察署は上も下も、てんやわんやの大騒動なのよ!?」

「そうだぞマナ。今回ばかりは早く戻らないと――って」


 メスガキ区長の後ろから、那須野博士が現れた。

 さすがの博士も苦言を呈すところのはずが……メスガキだらけの空間に気が付くと目を輝かせ、邪悪な笑みを浮かべた。


「ほほう。いよいよ念願のメスガキ☆ハーレム開園にこぎつけたようだね、和志くん。これはもう毎晩とっかえひっかえ、爛れた離解ワカらせ案件発動かな?」

「冗談言ってないで、博士からも説得して下さいよ! せめて何人か、第二法医学室で引き取ってくれませんか!?」

「仕事の邪魔だ」

「ひどい! 俺だってここで仕事してるのに!」

「それより。君のハーレムは早速瓦解しかかってるみたいだが、大丈夫なのかい?」


 呆れ顔の博士が指差すその先で、メスガキ達が得物を構えて睨み合い、一触即発の空気を醸し出していた。


「そもそも日葵のスタンガンと爆弾なんて、使った時点で営業停止☆ 使えない子は追い出されても、仕方ないんじゃない?」

「あら。お姉様こそいい加減弟離れしてくれないと、和志さんが他のメスガキ離解ワカらせにくいって、どうして分からないのかしら? 出て行くべきは家族の紗綾、あなたじゃない?」

「なにおぉぉお☆☆☆ 家族こそ、一緒に暮らすべきでしょうが‼」


 二人が煽り合う様子をベッドで眺めてた楓が、紅葉に問いかける。


「お姉ちゃん。どうしてケンカしてるの? 止めなくて大丈夫?」

「放っとけばいいの♡ 楓は私と一緒に、カズくんのベッド温めてよっか。今夜は三人で、姉妹丼かも♡」

「しまいどん?」


 楓のオウム返しに反応したのは、頬を真っ赤に染めた恵だった。


『もっ、紅葉! 楓に変な事吹き込まないで☆ あなたが一番理性的なメスガキなんだから、紗綾と日葵を止めてよ!』

「そうは言ってもメスガキパワーの私まで参戦しちゃったら、こんな狭くて脆い部屋、どうなるか分からないよ?」

『ああっ、もう☆ だからって勝手にお布団入らないで☆ あとシスター・マナ! 勝手に天井スピーカー付けるの、止めてもらっていいですか!?』


 どこから調達したのか。ドリル片手に天井四隅に小型サラウンドスピーカーを設置してるシスター・マナ。その慣れた手つきから、盗聴盗撮のたぐいが仕込まれていても不思議ではない。いや、それよりも!


「まさか孤児院で流れてたフェテレータを、ウチの部屋に流そうってわけじゃないよな!?」

「まさかぁ☆ これは留置場で思いついた新バージョンのフェテレータ♡ これだけメスガキ揃ってるんだから、ちょっと実験してみようかなーって☆」

「ほう、それは興味深いな。どういう効果か詳しく聞こうじゃないか、マナ」

「リコのMSGK被験薬は、そっちの加湿器に混ぜ込めば気付かれないわよ☆ 今回のは高周波を使ってて、それがMSGK被験薬と混ざれば――」

「二人とも話聞いて! 頼むから、俺の部屋をメスガキ実験室にしないで‼」


 好き勝手やり始めるメスガキ達に右往左往してる間に、ウーウーサイレン流しながら、パトカーが家の周りに集まってきた。

 俺は慌ててベランダに駆け寄ると、両手を振って無抵抗アピールをする。


「すみませーん! シスター・マナはそっちに帰しますんでええ~……えええっ!?」


 警察到着は、一歩遅かったようだ。

 煽り合いで決着付かなかった紗綾ちゃんと日葵は、スタンガンVS徒手空拳のバトルに入ってしまう。その余波で電撃を喰らった恵は、金属バットを振り回し日葵を追う。MSGK被験薬を打つ紅葉、毛布に隠れる楓、どこ吹く風のシスター・マナと那須野博士。なんとか止めようと、金切り声を上げるメスガキ区長。

 突撃してきた警察官も巻き込んで、俺の部屋でメスガキ☆バトルロイヤルが始まってしまう!


 興奮状態のメスガキが話を聞いてくれるわけもなく。離解者に為す術なし。

 楽しそうに暴れるメスガキ達を眺めて、これからどうしようとぼんやり考えるだけ。


 メスガキ☆パンデミックは、そう簡単に終わらない。

 それでもメスガキと大人達が、くんずほぐれつじゃれあってる姿を見てると、このままでも十分やっていけるんじゃないかって思ってしまう。


 だってメスガキはこんなにも生意気で、たくましく、魅力的で。だからこそ手を取り合えば、なんだってできる気がしてくる。


 離解者ワカラセは、離解らせるだけが全てじゃない。

 メスガキと人を繋ぐ架け橋になれる。それこそが、本当のワカラセなんじゃないかって思えてくる。

 日葵が起こした爆発に巻き込まれ、ベランダから放り出されながら思った。


 やっぱメスガキ、最高だなって。



--- 完 ---

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メスガキ☆パンデミック! ~クソザコナメクジ♡ワカラセ奇譚~ トモユキ @tomoyuki2019

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