6-3 ワカラセ奇譚

 両手を頭上に伸ばしお手上げポーズを取ったシスター・マナは、その手を頭の後ろに回し、上から目線で吐き捨てる。


「メスガキ☆パンデミックに終止符ピリオド? 離解者なだけで化学者でもない、何のスキルも持たない和志くんが?」

「確かに俺ができる事なんて治験に協力するくらいだけど、俺の周りには頼りになる奴がいっぱいいる。こうしてあんたを逃がさなかったのも、みんながサポートしてくれたおかげだ」


 そう。俺達は今、初めてシスター・マナを追い詰めている。

 ヘリはプロペラがぶっ壊れてるし、高度二三〇メートルの『渋谷スカイ』から近隣ビルに飛び移るのは、飛び降り自殺と同じ事だ。

 自衛隊のヘリに区長達が乗ってたって事は、メスガキゾンビ☆パンデミックの首謀者が誰かも伝わってるわけで、もうじきここに突入部隊がやってくる。シスター・マナのクライアント企業も、まさか自衛隊と真っ向勝負するわけもなく、これ以上の支援は望めない。

 逃げ場なし、打つ手なし。それなのに。


「和志くんは離解者だもんね~♡ そうやってメスガキはべらせて、ロリっ子☆ハーレムでも作る気なのかい?」


 風にたなびくシスター服もそのままに、メスガキは余裕の態度を崩さない。


「いつまでそうやって虚勢を張ってるつもりだ? 今がどういう状況か、あんたなら分かってるはずだ」

「そうねえ……」


 後頭部に回した手を下ろすと、シスターフードが落ちて、金髪セミロングが露わになる。

 風に舞う細い金糸と、風に踊る黒ピアス。そして……いつの間に付けていたのか、シスター・マナの両耳にはカナル型イヤホンが装着されている!?


「じゃあ和志くんの代わりに、私がメスガキ♡ハーレム、作っちゃおっかな♡」

「えっ……!?」

「クイーンッ☆☆☆ ビィィィィッ♡♡♡」

 

 その真意を訊き返す間もなく、シスター・マナは耳をつんざく金切り声を上げた。更にネックレスのロザリオを引きちぎり、自らの首筋に突き立てる。

 暴風に乗って辺りに飛び散る、メスガキの鮮血。それでも叫び続けるシスターの奇行に、敵も味方も呆気に取られるが――青ざめた顔の日葵だけは、それが何かを知っているようだった。


「ダメです! シスター・マッ――なあああっ!」


 俺は咄嗟に日葵に抱きつき、後ろに飛び退いた。間一髪、恵の金属バットがガキンと嫌な音を立て、日葵のいた地面を叩く。

 混乱する俺を置き去りに、紗綾ちゃんと日葵を除くメスガキ全員が、魅入られたようにシスター・マナの元につどっていく。その瞳に光は宿っておらず、茫然自失――まるで誰かに、操られているかのような?


「みんな、どうしたってんだ! 一体何が起きてるんだ!?」


 大声で叫んでも、メスガキは誰も振り向かない。反応したのは唯一、俺の胸にすっぽり収まった日葵だった。


「渋谷スクランブル交差点の時と同じです。ステージトラック上の紗綾が音楽とダンスでメスガキを引き寄せたように、シスター・マナも専用のフェテレータを聴く事で、メスガキ波と共鳴して同族意識シスターシップを呼び起こしています。ここにいるメスガキ全員、シスター・マナの味方になったんです!」


 恵も紅葉も、フェテレータA群のメスガキ三人、紗綾ちゃんまで! シスター・マナを守るように彼女の前に立ちはだかった。

 道理で……拉致したばかりの紗綾ちゃんを使って、メスガキゾンビ☆パンデミックが起こせたわけだ。元々自分がメスガキを引き寄せるつもりで、前々から準備していたんだろう。

 あの時、紗綾ちゃんは音楽とダンスでメスガキを引き寄せていたが、実際必要だったのは能力増幅用の音楽フェテレータと、紗綾ちゃんの体液。体液なら血液でも汗でも構わない。だからシスター・マナはイヤホンを付け、自らの血を巻き散らした。

 日葵とヘリコプターの少女達が影響を受けてないのは、フェテレータB群だからか。メスガキウィルスが抑えられていれば、メスガキ波は発しない。


 まさにメスガキ女王蜂クイーン・ビー。働きバチと化したメスガキは殺気立ち、俺と日葵を威嚇する。今シスター・マナに近付けば、どうなるかなんて容易に想像がつく。


「どう? 和志くん。私のメスガキ♡ハーレムは☆ タレント揃いだと思わない?」


 紗綾ちゃん、恵、紅葉と、三人のA群メスガキを侍らせたシスター・マナは、自慢のチームを紹介するように両手を広げた。


「こんなのハーレムとは程遠い、メスガキ☆武装部隊カンパニーじゃないか」


「あはっ♡ 上手い事言うね☆ これだけ戦闘系メスガキが揃えば、自衛隊が来たって突破できるかもしれないよ? もちろん和志くんも、見知ったメスガキ相手に戦うわけにはいかないでしょう?」

「それはどうかな……タフなメスガキ相手なら、多少無茶したって問題ない」

「強がり言っちゃって♡ 紗綾、和志くんを潰しちゃいなさい!」


 シスター・マナが、すぐ傍にいた紗綾ちゃんに命令すると、茶髪のツインテールがくるりと翻り――パーンッと小気味良い音が響いた。

 紗綾ちゃんは後ろを振り向きざま、シスター・マナの頬を思いっきりひっぱたいていた。

 衝撃できりもみ回転し、倒れるシスター・マナ。両耳のカナル型イヤホンがどこかに飛んでいくと、一斉にメスガキのみんながその場に崩れ落ちる。


「さーやがそんな事、するわけないもんね☆」

「あなた……効いてるフリ、してたのね」

「違うもん☆ これこそ、道ならぬ恋に目覚めたラブパワー♡ なんちゃって☆」


 軽口叩きながら、紗綾ちゃんはシスター・マナの後ろに回り肘関節を極めた。そのまま両膝を付かせ自由を奪う。

 俺はシスター・マナに近付くと、片膝を付いて話しかける。


「シスター・マナ。君は全てのメスガキを救済したいと言っていた。でも、メスガキの軍事利用でそれを実現するのは間違ってる。だから俺達と一緒に、他の方法を探さないか?」

「ふん☆ 私を離解らせにかかってるってわけ? 一応言っとくけど、ピリオドに離解者なんて不要よ。本能が求めていないんだから、私を離解らせる事はできない」

「離解らせようなんて思ってない。ただ、分かってほしいんだ」


 傍で「シスター……」と呟く声が聞こえた。見上げると、日葵が沈痛な面持ちで主人を見つめている。

 彼女もまた、俺に離解らされたわけじゃない。分かってくれた一人だ。その目が語る真摯な思いに、さすがのシスター・マナも視線を逸らした。


「調整が難しい電子ドラッグ・フェテレータは、MSGK被験薬と組み合わせる事で、ある程度足りない部分を補う事ができた。これは画期的な事だし、人類未来の希望になると思う」

「そうだ。だから私は世界のメスガキに……」

「でも、今ある成果が全てじゃない。ここから更に研究を突き詰めていけば、もっといい手法、もっといい効果が見つかるんじゃないか?」

「素人が……簡単に言ってくれる☆」

「もちろん俺は素人で、薬学的な事は何も分からない。でも、那須野博士やメスガキ区長が協力してくれれば、フェテレータの可能性が広がるって事だけは確信してる」


 袖をまくって、手首の腕時計を見せつける。次に那須野博士と会う時は、真っ先にこいつのデータを収集するだろう。ついでに不意打ち採血してくるだろうけど、メスガキ研究に寄与できるなら、それも甘んじて受け入れる覚悟だ。


「……ここまでやらかした私を、日本の警察や自衛隊がおいそれと解放する事はない。フェテレータの研究も頓挫して――」

「だから! 俺には頼りになる仲間がいるって言ってるだろ!? 渋谷のメスガキ区長が、シスターが逮捕されて『はい、終わり』で、済ませるはずがない!」

「どうしてだ?」

「渋谷をメスガキのユートピアに! を理念に掲げるメスガキ区長が、フェテレータで成長が促進された日葵や紅葉を知ったら、そりゃあもう一大国家プロジェクトとして支援してくれるさ! もちろん罪は償わなくちゃならないが、司法取引含めて刑期短縮も夢じゃない」


 シスター・マナの瞳に、わずかに光が灯る。


「お前は本当に、そうなると思うか? ここまでやらかした私を、信じるのか?」

「俺が信じてるのは、誰であれ手を繋げば、どんな形であれ前に進むって事だ。だって、繋いだ手ならどこにだって届くだろう? 今は届かなくても、その先に繋がる手は必ずある。そうやって手を取り合わないと、メスガキの救済なんてできない」


 俺はシスター・マナに、右手を差し出した。


「一緒に、メスガキ☆パンデミックに終止符ピリオドを打とう。目的が同じなら手は繋げる。また前に進める。これを繰り返せば必ずメスガキは救われる」


 シスター・マナは小さく頷くと、紗綾ちゃんは彼女の手を離した。

 俺の手をしっかり握って、立ち上がる。


「決して、お前に離解らされたからじゃないからな。離解屋」

「ははっ、日葵も同じ事を――」


 その時、パーンッと乾いた音が響いた。シスター・マナが、側頭部から血を噴き出し、スローモーションで倒れていく。

 音のした方に振り向くと、硝煙立ち昇る銃を持ったヘリのパイロットが、慌てて逃げ出すところだった。記念撮影用に壁が低く設定されてる一画によじ登ると、そのまま外に飛び降りた。

 急いで駆け付けた紗綾ちゃんが、壁から身を乗り出して、振り返る。


「あいつ、パラシュート使ってる!」


 俺と日葵は、ヘッドショットされぐったり横たわるシスター・マナに、必死で呼び掛けていた。

 シスター・マナは、朧げな瞳で日葵を見ると小さな手を伸ばす。涙でぐしょぐしょになった日葵は、その手を繋いで両手で握る。


「日葵……」

「お願い、こんなところで死なないで」


 弾丸は、こめかみから頭にめり込んでいた。脳のメスガキウィルスがダメージを受けていたら、メスガキ特有の治癒力が発揮されない。

 そうこうしてる内に、コンバットスーツを着こんだ自衛隊員が数人、屋上に入ってきた。負傷したシスター・マナに気付くと担架に乗せ、あっという間にどこかへ運んでいく。

 

 俺達はその様子を、呆然と見送るしかなかった。

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