6-2 クソザコナメクジ☆

「ざあこ♡ざあこ♡」


 ぶっ倒れた俺に、メスガキ達の魔の手が迫る。

 紗綾ちゃんのキックと恵の金属バットが素早くその手を振り払い、自我を失くしたメスガキ達を俺に寄せ付けない。


「カズくん☆ 大丈夫!?」

『クスリ、切れたんですか!?』


 大丈夫、と言いたいところだが……全身を引き裂くような痛みに、呻き声しか返せない。頭はのぼせたように熱いし身体は寒気で震え上がってる。筋肉痛と風邪を一〇〇倍くらい悪くしたような体調に、俺はあの日の福浦さんを思い出した。


 一年前、ものは試しと打ったMSGK被験薬で、福浦さんは危篤状態に陥った。その時も発熱と寒気、全身の痛みを訴えていたけど……まさか!?

 うつ伏せに踏ん張る俺の額から、何かがぽろりと地面に落ちた。それはシスター・マナが撃った特殊弾……よく見ると注射器のシリンダーのような形をしていて、透明な液体が弾頭を濡らしている。


「どうだい和志くん♡ 知らないメスガキのMSGK被験薬は。刺激的じゃない?」


 ちくしょう、やっぱりそういう事か。

 シスター・マナはMSGK被験薬すら、化学兵器に流用する事を躊躇わない。

 こんな奴に博士の研究を……メスガキの希望を、奪われるわけにはいかない!


 その時、遠くで爆発音が聞こえた。ヘリの駆動部を爆破しようとする日葵が、紅葉に邪魔され応戦している。

 総合格闘技の経験があるというだけで、日葵はメスガキ特有のパワーと治癒力を持たない。爆弾とスタンガンという遠近両極端な武装じゃ、理性を併せ持つフェテレータC群・紅葉を単騎で突破するのは難しい。


 紗綾ちゃんと恵のコンビも、自分達よりパワーとスピードで勝るメスガキ三人相手に、苦戦を強いられている。

 相手は互いに連携する気がないらしく、二対一の各個撃破に持ち込めばなんとかなりそうだが、それだと残った二人は俺に向かってしまう。結局三人引きつけて戦わなければならず、徐々に押され始めている。


 福浦さんは援護射撃で日葵をサポートするものの、自然治癒力を持つ紅葉に拳銃は大した脅威じゃない。

 埒が明かないと悟ったか、突然福浦さんは走り出した。更に二人のメスガキを戦線に送りだそうとするシスター・マナを、阻止する方向にシフトしたのだ。


「ダメだ……福浦さん」


 捻り出したか細い声に、福浦さんが気付くはずもなく。

 シスター・マナに飛びつく寸前、ライフルの柄がカウンターで顎に直撃し、福浦さんはその場に崩れ落ちた。それでも必死に、シスター・マナの足に喰らいつく。


「マナ、もう止めてくれ! これじゃ君は人類だけじゃなく、メスガキの敵になってしまう!」

「離せ、役立たず☆ 離解らせる事もできない脳筋☆老害☆デジタルザコは、引っ込んでろ!」


 銃底で何度も小突かれ、引き剥がされる福浦さん。それでも諦める事なく、シスター・マナを離解らせにかかる。


「フェテレータは、メスガキ☆パンデミックからメスガキを救済するために開発したクスリのはずだ。那須野博士のMSGK被験薬だって、人類とメスガキの格差を無くすため……その二つを組み合わせて、どうして軍事利用なんて話になる!? メスガキにとっても人類にとっても、最悪の選択肢じゃないか!」

「クソザコ♡ボンボンが……分かった風な口を利かないで☆」

「今君を逃がしたら、メスガキゾンビ☆パンデミックは世界に広がってしまう。それだけはやっちゃいけない。君だってメスガキなら、それくらい分かるだろう!?」

「分かってるわよ♡ それがメスガキの存在価値を高める事になるって。記憶を奪われたメスガキの、自立のきっかけになるって」


 話してる間も、ライフルの柄でいいように小突かれ続ける福浦さん。日葵が駆け寄るとシスター・マナは距離を取り、その傍に紅葉も戻ってきた。

 日葵は少し口ごもるも、勇気を振り絞りシスター・マナに訴えた。


「もう止めて下さいシスター。私もこれ以上、紅葉や孤児院のみんなと戦いたくない!」

「ちょうどいいわ、日葵。あなたが私の元に来た日の事を、思い出してみなさい☆」

「え……え?」

「あれは雪の日だったわよね。センター街で絡んできたメスガキをぶん殴ったあなたは、警察から逃れて教会の隅に隠れてた☆ どうして私の所だったの?」

「どうしてって……あの時は知らない場所で知らない人に囲まれて。逃げて道端で座ってたら、あの教会なら面倒見てくれるよって、教えてくれたメスガキがいて」

「解離性メスガキ症候群を発症したメスガキは、いきなり知らない場所に放り出された、口の悪い記憶喪失の女の子♡ 日本ではメスガキ・ボランティア施設がその受け皿となってるけど、海外では戦地が受け皿な場合も少なくない」


 ガンガン痛む頭の中に、シスター・マナの声だけ鮮明に響いてくる。

 殴打、咆哮、風の音。雑音はどこか遠い出来事のようにフェードアウトしていき、彼女の声だけ耳に届いてるみたいだ。


「パワーと治癒力を生かすと言っても、メスガキは戦闘経験もなければ人生経験だってない。大人にいいように言いくるめられ、いいように捨てられる☆ 私もかつてそうした大人に騙され、治験者となってクスリ漬けにされ捨てられた」

「だからといって、メスガキの軍事利用が肯定されるものじゃない!」


 福浦さんを一瞥すると、シスター・マナは隣の紅葉に視線を送った。

 紅葉が福浦さんと日葵を同時に蹴り飛ばすと、二人は俺達のいる所までぶっ飛ばされてきた。メスガキ三人組にぶつかると、紗綾ちゃんと恵も巻き込んで、乱戦に突入する。

 その隙にヘリはエンジンがかかり、プロペラがゆっくり回り始めた。俺達を釘付けにして、このまま空へ逃げるつもりだ。


『ダメです☆ 逃げられてしまいます!』

「日葵! 爆弾はもうないの!?」

「一個だけ残ってるけど、この風じゃもう、狙ったとこに投げられない!」


 バリバリとヘリ特有の爆音は一層やかましくなり、立ってるみんなは吹き荒れる風にその身を揺らすだけ。

 ついにヘリの足が地上を離れ、ふわり宙に浮き上がると――同時にもう一台のヘリが、渋谷スカイの外側に浮かび上がった!


「あれは……航空自衛隊!?」


 機体後方に日の丸を掲げた武骨なヘリコプターは、シスター・マナのヘリの上でホバリングし、離陸を許さない。

 ヘリの窓を見ると、見知った顔が並んで俺達に手を振っている。メスガキ区長とその秘書、那須野博士だ!


「受け取れえええ☆」


 乱気流をものともせず、メスガキ区長は窓から何かをぶん投げた。

 一早く気付いた紗綾ちゃんが、メスガキの頭を踏み台に空中でキャッチ。急いで俺の元に戻ってくる。


「カズくんこれ! これ付けて!」


 そう言って左手首に巻いてくれたのは……腕時計型デバイスだった。ベルトのシリンダーには、透明な液体がたぷんと波打っている。

 バカな。那須野博士が冷凍保存実験で凍らせていた、紗綾ちゃんのMSGK被験薬は二本だけ。その二本はもう使い切っている。

 それを知らない紗綾ちゃんは、ジーンズ後ろに忍ばせておいた護身用スタンガンを取り出すと、俺の胸にあてがった。


「紗綾ちゃん……俺」

「大丈夫、安心して♡」


 仰向けに横たわる俺に、ぴたりとひっつく紗綾ちゃん。

 小さな身体の確かな重みが、得も言われぬ安心感を与えてくれる。


「さーやには分かるの、博士や区長の気持ちが☆ 聞こえてくるの、メスガキ達の煽り声が♡」

「紗綾ちゃん……」

「カズくんが言ったんだよ☆ みんなをどんどん巻き込んで、いつかウィルスなんて関係ない世界で分かり合うんだって。そんなの無理じゃん☆ って最初は思ったけど今は違う。カズくんなら、きっとできるって信じてる」


 目が合うと、紗綾ちゃんは笑った。その笑顔にメスガキ特有の嘲笑や蔑みの色はなく……記憶の中にいる紗綾お姉ちゃんの笑顔が重なっていく。


「恵や福っち、日葵を見てればよく分かる。みんな一度はカズくんの敵になったけど、今は一緒に戦ってくれてる。博士も、区長も、商店街のみんなだって。カズくんはいつも、みんなに手を伸ばしてた。だからみんなも、カズくんのために手を伸ばしてくれる」

「……」


 身体は重く、頭は痛い。言葉だって、喉からまともに出やしない。

 だから俺は、紗綾ちゃんを優しく抱き締めた。

 世界で一番大事なメスガキに、その通りだねって伝えるために。


「繋いだ思いは決して裏切らない☆ だからその時計だって、カズくんのためになるって信じてる」

「やるよ……必ず、シスター・マナを――」

「ワカラセてやって。クソザコナメクジ☆ワカラセヤ♡」


 刹那、胸に抱く紗綾ちゃんが電気の塊となり、全身に強烈な痺れが駆け抜ける。俺は紗綾ちゃんを抱き締めたまま、腕時計のバックルをこれでもかと強く押した。

 電撃によって上書きされたはずの紗綾MSGK被験薬が蘇り、最悪の副作用が一気に身体から引いていく。続いてバックルの針から流し込まれた新たなMSGK被験薬が、血流に乗って五臓六腑に行き渡り、副作用と電撃のダメージを完治させる。


 俺は立ち上がると、日葵を呼んだ。


「日葵、残ってる爆弾、貸してくれ!」

「はっ、はい!」

「あと、こいつらは……!」


 乱戦状態のフェテレータA群メスガキの肩を掴むと、振り返り様にぶん殴る。俺にターゲットを移したメスガキのパンチを躱すと、背後のメスガキが代わりに殴られてくれた。二人は互いを敵と認識し、仲間同士で殴り合いを始める。


「もう一人は任せた! 三人とも、どこかで脳を潰して自害するはずだから、それまでに拘束しておいてくれ!」

『わかりました! おにーさんはどこに!?』

「生意気なメスガキ、離解らせてくる!」


 恵にそう言い残し、ヘリに向かって走り出す。

 離陸を諦めたヘリは、ちょうどヘリポートに着陸し直したところだった。不意打ちで飛んできた紅葉のジャンプキックをギリギリ躱すと、回ったままのプロペラに、日葵の爆弾を放りこむ。思ったより大きい爆発が起きて、俺は地面に叩きつけられるが、搭乗してたメスガキに被害は及ばなかったようだ。もちろんヘリの回転翼はおおきくひしゃげ、これでもう飛ぶ事はできない。

 紅葉の相手をサポートに来た紗綾ちゃんに任せ、俺はヘリの前に立ち塞がる。


「待ってたぜ、シスター・マナ」


 ヘリから降りてきたシスター・マナは、憎々しげに俺を睨みつけた。


「本当にあなたってば、しつこすぎる☆ 私達が海外に逃げたって、あなたには関係のない事でしょう?」

「関係ある!」


 そうさ、紗綾ちゃんの言う通り。

 俺一人が手を伸ばしても、叶えられる事なんてたかがしれてる。

 でもみんなと手を繋げば――できっこない未来にも手が届き、叶えられるかもしれない。


「俺は、メスガキ☆パンデミックに本物の終止符ピリオドを打ちたい。そのためにはどうしても、あんたの協力が必要なんだ」

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