第六章 ザ☆ラストバトル☆オブ☆メスガキ

6-1 渋谷スカイ

 天井モニタの近未来ワープ映像がブラックアウトすると、俺と紗綾ちゃん、恵、日葵、福浦さんを乗せたエレベータは、四十六階天井ラウンジに到着した。サイバーパンクな光る順路をひた走り、エスカレータを一段飛ばしで駆け上がると――渋谷スクランブルスクエア四十七階の屋上展望スペース、『渋谷スカイ』が目に飛び込んでくる。

 高度二三〇メートル。渋谷駅直結の人気スポットは、四方をクリアな透明ガラスで囲まれていて、視界を遮るものがほとんどない。おまけに観光客もいないので、渋谷の街を三六〇度、一番高い場所から堪能する事ができるわけだが――俺達は、屋上中央に目を向けていた。


 大きな丸にHを描いた人工芝のヘリポートには、派手な企業ロゴをプリントした巨大ヘリコプターが停まっている。

 その傍で、見知った顔の少女達が列を成し、今まさにヘリに乗り込もうとしている。


「待ってください、シスター・マナ!」


 列の最後尾にいたシスター・マナは、日葵の呼び掛けに振り向いた。

 金属片を見せつける日葵を見て、パイロットにエンジン停止を指示する。


「日葵~☆ 和志くん達に待ち合わせ場所を教えるなんて酷いじゃない☆ ちなみに、そのプラスチック爆弾でヘリを爆破したら~、中にいる孤児院のみんなが死んじゃうから、気を付けてね♡」

「……和志さんから聞きました。渋谷のメスガキゾンビ☆パンデミックは、メスガキを軍事利用するプロモーションだったと」

「あら。ずいぶん難しい言葉を使えるようになったのね♡ 離解らされちゃった?」

「わっ、わたしは、その、そういうわけでは……ない、はず、ですが、たぶん」


 顔を真っ赤にして、尻すぼみになってく日葵。代わりに福浦さんが前に出て、シスター・マナに訴える。


「マナ、本当にそんな目的でメスガキゾンビを暴れさせたのか!? 渋谷を実験の舞台にしたいから手伝ってくれと言ってたのは……このためだったのか!?」


 シスター・マナは初めて聞いて驚いたような、それでいてバカにしたような声で返事する。


「やあねえ二人とも☆ 私がそんな事するわけないでしょう? あなた達は和志くんの口車に乗せられてる、だ・け♡ 二人ともこっちにいらっしゃい♡ またみんなで、仲良く暮らしましょう?」


 日葵はパッと表情を緩めると、一歩前に出てしまう。だが福浦さんは手を横に伸ばし、彼女を制する。


「和志は根拠なく、そんな事言う男じゃない」


 ハッと、俺に振り返る日葵。続いて福浦さんが俺に問いかける。


「和志。どうしてマナがメスガキを軍事利用するつもりだと思った!? どうしてそこまで言い切れるんだ?」


 俺は福浦さんにではなく、シスター・マナに向き直った。そのままビシッと指を差す。

 余裕の態度を崩さないメスガキシスターに、ではなく――彼女の背後で待機する、巨大ヘリコプターに向けて。


「そのヘリ、どこから調達した? 機体に英語のロゴが書かれてますが、もしかしてその会社があなたのクライアントで、その日本支社に手配してもらったのか?」


 海外の軍需産業なんて知る由もない俺だが、どうやらこのハッタリは効果があったようだ。シスター・マナは一瞬言葉に詰まるも、呆れた風を装い反論する。


「やだなあ♡ 私は超お金持ちだから、可愛い娘達を渋谷のスカイクルーズに連れて行ってあげるだけよ☆」

「『渋谷スカイ』のヘリポートは、カッコつけの演出なだけで、実際にヘリの発着ポートとして使われていない。スカイクルーズどころかヘリが着地したのも、これが初めてだと思うぜ」

「緊急事態だから、特別に用意してもらったんだってば☆」

「じゃあどうして、十四階のチケットカウンターには誰もいなかったんだ? 特別待遇なら施設の人間がいないとダメだろう。実際はメスガキゾンビ騒動で臨時休業になったからで、そうするように仕向けたのはもちろん、渋谷の企業やボランティア団体に顔が利くあんただ」

「まったく君は、ああ言えばこう言う……離解者ワカラセの悪いところだよ☆ じゃあ私はこれから何処に向かい、何をするって言うんだい?」

「どっかの空港で、外資系クライアントのプライベートジェットに乗り継ぎ、日本を高跳びするつもりだ。サンプル商品メスガキ引き連れて、海外でフェテレータを使ったビジネスを始めるつもりなんだろう」

「メスガキなんて、どこの国にもいっぱいいるじゃない☆ わざわざ孤児院の全員を連れてくなんてバカげてるわ。私はただ、私の可愛いメスガキ達を、危険な渋谷から避難させようとしてるだけ♡ 惜しかったね、探偵気取りのクソザコ☆ナメクジくん♡」


 シスターとは思えないメスガキ煽り。だがそんな事で腹が立ってるわけじゃない。

 メスガキを救えるかもしれないメスガキが、そのメスガキを食い物にする。

 超えてはならない一線。そこを超えれば、全てのメスガキが偏見に晒されてしまう。そんな事、シスター・マナが一番分かってるはずなのに!


「ガンキに流れるフェテレータで発狂したバイトメスガキと、教会でフェテレータを聴かされ続けた孤児院のメスガキでは、その価値が根本的に違う。孤児院の少女達は長い時間かけて仕上げていく妊孕性メスガキで、メスガキ特有のパワーを持たず従順で扱いやすい。彼女達と、渋谷のメスガキゾンビ・パンデミック動画を見せるだけで、クライアントはフェテレータの効果を信用する。そのプレゼンのために、連れて行くだけだ」


 メスガキを、離解者なしで月経発来ピリオドにさせるフェテレータ。それがメスガキ☆パンデミックの終止符ピリオドになると、シスター・マナは語った。

 その実態は、フェテレータによって身体の成長のみを促された、フェテレータB群の少女達。脳の成長が抑えられてるため主人に従順で、懸命に奉仕してくれる。

 そんな彼女達が母となり女児を二人以上産めば、フェテレータC群を作る事ができる。姉妹のMSGK被験薬を交互に与えウィルスを活性化、脳と身体をバランスよく成長させてやる事で、離解者いらずでメスガキピリオドを作り上げる事ができる。


 姉妹ができなかったとしてもフェテレータA群にしてMSGK被験薬を打てば、フェテレータD群――メスガキゾンビが出来上がる。同士討ちを避けメスガキ以外を排除するパワー系のD群は、軍事作戦にうってつけ。人間相手にメスガキ部隊を投入すれば、相手は罵倒されるだけでは済まされない。


 メスガキ救済を理念に掲げ、そのメスガキをいいように利用する。

 シスター・マナこそ、真っ先に離解ワカらせなければならない相手メスガキなのだ。


「もういいよ☆カズくん。ここは、地上二三〇メートル――」


 紗綾ちゃんが俺の隣に並ぶ。


『隣接するビルもないし、あのヘリさえぶっ壊しちゃえば、逃げ道はありません☆』


 反対側に、両手に金属バットを構える恵も並び立つ。


「どうやら騙されていたのは、私達孤児院の家族だったようです。私があのヘリを止めます」


 金属片を両手に携えた日葵が、俺の前に歩み出た。

 かつてのボディーガードが敵に回っても、シスター・マナに変化はない。相変わらずのメスガキ態度で煽ってくるだけだ。


「そうねえ♡ サンプルはいくらあっても邪魔にならない☆ あなた達も……私のモルモットにしてあげる♡」


 ヘリから紅葉もみじが飛び出した。

 続いて三人、孤児院の少女達が降りてくる。三人ともインカムを耳に付け、これから何が起こるか分かっていない様子で、おどおどした様子で佇んでいる。

 おい……まさか!?

 俺は後ろを振り向くと、福浦さんに叫んだ。


「福浦さん! 出口に立ってシスター・マナを逃がさないようにして下さい!」

「了解だが……この戦力差なら大丈夫じゃないのか?」

「シスター・マナはいくらでも、メスガキ兵士を作りだせるんです!」


 次の瞬間、三人の少女達はびくんと身体を痙攣させ、渋谷の空に咆哮を上げた。


「ざあこ……」

「ざあこ♡」

「くそザコおおお♡♡♡」


 正気をなくしたメスガキ達は俺達を一瞥すると、メスガキ煽りと共につっこんでくる!

 やっぱり……インカム越しにフェテレータを聴かせて、フェテレータA群に覚醒させやがった!


離解屋ワカラセヤ、久しぶりの全員集合ですね☆』

「なんか懐かしいと思ったら、それだ☆ ああ、チョコミント食べたくなってきた♡」

『私はプリンがいいです♡』


 紗綾ちゃんと恵は軽口を叩き合うと、笑顔で俺に振り向いた。


「これが終わったらいくらでも買ってやる! だから絶対、生きて帰るぞ!」

「りょ♡」

『もちろんです☆』


 俺は、目の前に立つ日葵の肩に両手を乗せた。


「俺達三人がメスガキを引き付けてる間に、日葵はヘリのプロペラを壊してくれ」

「分かりました」


 俺と紗綾ちゃん、恵は同時に走り出した。突っ込んでくるメスガキ三人を迎え撃つ。

 MSGK被験薬の効果はまだ残ってる。俺は先陣切って真ん中のメスガキに殴りかかるも――バンッと乾いた音が頭に響き、俺は眉間から血を噴き出しひっくり返った。

 上体を起こすと、シスター・マナが俺に向かってライフルの銃口を向けていた。

 こんなもの、すぐに弾丸を摘出して――と思っていたら、


「ぐああああっ!」


 凄まじい痛みが、俺の全身を駆け巡っていった。

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