5-6 フェテレータの正体

「フェテレータはもしかして――電子ドラッグなんじゃないですか?」


 急ぎ渋谷に戻るSUVの中、拘束された福浦さんは一瞬驚いたように顔を上げるも、逆に質問で返してくる。


「どうして、そう思った?」

「教会地下の音楽スタジオです」


 隣に座る恵は、驚いたように小さな手で口を覆った。だが福浦さんに驚いた様子はない。ただ静かに、俺の話に耳を傾けている。


「あれが普通の書斎やメスガキ懺悔室だったら、俺もそこまでの疑念は持たなかった。でも音楽スタジオとなれば話は別だ。施工が大変な防音設備に高価な音響機材、楽器の数々……研究室の隠れ蓑にしてはコストがかかりすぎている」

『確かにあのスタジオは、プロのミュージシャンが使うような、本格的なものに見えました』


 実際に音楽スタジオを見ていた恵は、小さく頷き同意する。


「シスター・マナは音楽スタジオが必要だったから、教会地下にしつらえた。そう考えれば、福浦さんが近隣住民に聞き込み調査すると言って、すぐ出て行った事にも説明がつく」

『何か関係あったんですか?』

「実際にスタジオはあるんだから、近所の人が音楽を聞いてようが聞いてまいが、大した意味はない。それでもあの場を去っていったのは、ボロを出したくなかったから。音楽スタジオの存在を知った俺達が、電子ドラッグに言及し始めたらどうすればいいか――ITに疎い福浦さんは分からなかった。だから博士がホテルに退避する気がない事を確認した後、すぐにあの場を去り、シスター・マナに今後の相談をしにいったんだ」


 福浦さんは俯き加減で、下唇を噛んでいる。ちょうどあの時と、同じように。


「そもそもこれまで自害したメスガキ暴行犯の遺体には、注射痕はもちろん、胃の中や毛髪に至るまで、薬物ドラッグを示す証拠が一切なかった。そう考えれば、電子ドラッグによって発狂したという仮説は一番しっくりくる」


 福浦さんとは真逆でITに詳しい恵が、スマホを掲げて質問する。


『でも電子ドラッグって、映像や音楽に特定の周波を混ぜこんだ、ただのデジタルデータですよ? 麻薬と呼ばれる薬物より効果は薄いし、利き目にも個人差があります。メスガキ暴行犯みたいに、圧倒的パワーと強い治癒力、自我崩壊、自死強要など、強烈な効果は起こせないかと……」

「普通の人間だったらな」

『あ……☆』

「電子ドラッグは、視聴を通して人間の脳に作用する。だがメスガキの場合、その脳に宿主を操るメスガキウィルスがいる。電子ドラッグは女児の脳ではなくメスガキウィルスに作用し、ウィルスはドラッグに仕込まれたプログラム通り、メスガキを操る事ができる。フェテレータA群であれば、麻薬に匹敵する快楽物質を捻りだし、限界までパワーと治癒力を引き上げて、限界になれば脳を潰し自死させる事も可能だ」

『フェテレータB群用の電子ドラッグの場合、ウィルス自体を可能な限り抑制し身体の成長を促すけど、パワーと治癒力、脳の成長は抑えられてしまう……』

「そうだ。シスター・マナが言っていた、『あっちが立てばこっちが立たない』は、電子ドラッグの調整具合が難しい事を指していたんだろう」


 蚊帳の外となってしまった福浦さんだが、必死に反論をぶつけてくる。


「そもそも! 『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』の中には、音楽が聞こえない状況でも発狂しているヤツもいる。それについてはどう説明する?」

「分かりました。確認の意味も含めて、フェテレータが関与する事件について、全て説明しましょう」


 これまで積み重ねてきた事実と推論を整理しながら、俺は仮説を展開していった。


 まずフェテレータA群――『渋谷メスガキ連続暴行自死事件』に代表される、暴行自死メスガキ犯。

 一、二件目の現場は、渋谷駅前のスクランブル交差点。世界一交通量の多い交差点には、広告映像と音楽が二十四時間流れ続けている。

 三件目の紗綾ちゃんの事件は、渋谷のMESUガンキ内。ひっきりなしに流れるショップBGMは、建物全体――従業員控室にも否応なく聞こえてくる。

 メスガキ花嫁事件の現場はガンキ屋上で、音楽こそ聞こえはしないが、メスガキ花嫁はインカムを装備していた。そこから音楽が流れていても不思議ではない。


 次にフェテレータB群――ウィルスが抑制され身体の成長は促されるが、脳の成長が抑えられてしまう非メスガキの少女達だ。

 彼女達はシスター・マナの教会兼孤児院で、一日のほとんどを過ごす。その建物内にはいつも、讃美歌やゴスペルが流れていた。二週間潜入捜査した恵も、あそこで生活していると、自身のメスガキらしさが抜け落ちていく感覚があったと話していた。


 更にフェテレータC群――フェテレータB群の妹・楓から精製したMSGK被験薬を、同じくB群で楓の姉・紅葉に打ったと思われるメスガキ。

 彼女もガンキのメスガキ花嫁同様、耳にインカムを付けていた。音楽を聴いていた可能性は高い。


「そして今まさに、渋谷スクランブル交差点はステージトラックが横付けされ、ゲリラライブのような激しい音楽が鳴っている。フェテレータA群のメスガキに、紗綾ちゃんのMSGK被験薬を摂取させることで、フェテレータD群――メスガキゾンビを産み出しているんじゃないか? 自我を失いパワーと治癒能力を高めたフェテレータA群なら、MSGK被験薬の苛烈な副作用にも耐えられる。これがシスター・マナの最後の治験――全世界が注目するメスガキの聖地・渋谷に、メスガキゾンビ☆パンデミックを引き起こす計画だったんだ!」


 福浦さんはもう、反論しようという意思すら持ち併せていないようだ。

 絶望の面持ちで、か細い声を絞り出す。

 

「なぜ……どうしてマナは、こんな事を?」


 俺は少し逡巡するも、はっきりと答えた。


「渋谷のメスガキゾンビ☆パンデミックは、シスター・マナが全世界に提案する無言のメッセージ。恰好のプロモーションなんです」

『プロモーション?』

「不老でタフなメスガキを、軍事利用するための」


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