最終話 そのメイド 『帰還』

 日本国内にある広大な森から、トランクを片手に脱出したミカコは家路を急ぐ。

 実際は半日程度しか時間は経過していないだろうが、一ヶ月以上もの間、臨時のハウスメイドとしてヴィアトリカの屋敷で働いていただけに、早く自宅に帰りたくてしかたがないのだ。

「……っ!」

 不意に悪魔の気配を感じ、急ぎ足でアスファルトの道路を進んでいたミカコは立ち止まった。

 短くカットされた黒髪に、冷ややかな光を放つ青い目、加えて踝ほど丈が長い黒マントを羽織り、きな臭い雰囲気を漂わせている、二十代くらいの長身の男。その名も魔王幹部の魔人まじん、ロビン・フォードである。

「お待ちしておりましたよ、神仕かみつかい」

 ロビンがそう、気取った口調でミカコに話かける。

「魔王様の命令により、強力な敵であるあなたをたおしに来ました。覚悟は、よろしいですね?」

 そう、眼光鋭くも冷酷に告げたロビンが従えている一匹の黒豹がゆっくりと前に出た。体長二メートルほどはあろうか。肉食獣らしくがっちりとした体格だった。

「行きなさい」

 静かに下したロビンの命令を受け、一声吠えて応えた黒豹が大きく飛び上がり、ミカコめがけ突進する。にも関わらず、凜然たる雰囲気を漂わせて黒豹を睨めつけるミカコはそこから動かなかった。何故なら、ミカコには逃げるという選択肢がないからだ。

 ロビンは、この場にいるのがミカコ一人だけだと思い込んでいるようだが、ここにはミカコの他にもう三人、ミカコを助け、護ってくれる強力な仲間達がいるのだ。


 どこからともなく二発の銃声がした。何者かが発射した銃弾が、ミカコに襲いかかった黒豹に命中し、動けなくする。

女性レディには優しくするのが、男の礼儀マナーだろうが」

 素っ気ないが、気取った男の人の台詞が、ミカコのすぐ目と鼻の先で聞こえた。

 濃紺のコートを着た、若き退治屋の柴崎剛しばざきごう氏の後ろ姿が見える。ミカコに襲いかかった黒豹を挟み、冷酷なロビンと対峙しているようだ。

「よく、ここが分かりましたね」

「事前に、俺が背にしているミカコからメールをもらっていたからな。まぁ、ミカコからメールをもらっていたのは、俺だけじゃないみたいだが……」

 不意に、にやりとした柴崎氏。すると、どこからともなく、マントを羽織る二人の騎士ナイトを乗せた二頭のペガサスが颯爽と飛来、ミカコの背後にふわりと着地した。

「シュオンくん! ティオ!」

「ミカコ、無事で本当に良かった」

「お前からメールをもらった時は焦ったぜ。まさか本当に、半日経っても自宅に戻って来ないなんてな……」

 頼もしい神仕い仲間の登場に歓喜するミカコに、安堵の表情をしたシュオンとティオが交互に声を掛ける。

 今からおよそ半日前の午前中。ロザンナから手紙を受け取り、広大な森へと足を踏み入れる前にミカコはスマホから、

『今から、日本国内に広がる森へと行って来ます。半日経っても私が戻って来なかったら迎えに来てください。森の場所は下記の通りです』

と書き記したメールをシュオン、ティオ、柴崎氏の三人に送っていたのだ。

 ミカコがこの三人にメールを送ったのは、森から脱出後、強力な悪魔と遭遇する率が高いと予想したためである。

 そして、半日が経ってもミカコが帰宅しなかったため、ミカコの両親を心配させないように配慮したシュオンとティオの二人は、ミカコを捜しに森へ向かう途中でこの事態に遭遇したのだった。おそらく、柴崎氏も二人と同じ理由でここにいるのだろう。

 結果、シュオン、ティオ、柴崎氏の三人は、待ち伏せていたロビンからミカコをまもったのだ。

「ならば仕方がありませんね。神仕いを仕留める前にまずは、私が強力な好敵手ライバルと認めるあなた達からお相手してさしあげますよ」

「望むところだ」

 かくして、突如として出現したミカコの助っ人対、不敵な笑みを浮かべる冷酷な魔王幹部の魔人、ロビン・フォードとの交戦の幕が上がったのだった。

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ミステリアスなメイドと女主人が住まう幻影の世界 碧居満月 @BlueMoon1016

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