第67話 そのメイド 『余談』
とても懐かしく、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。
英国貴族らしい
「お父様……お母様……」
驚きから感動へと変わったヴィアトリカの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
もう二度と会えないと思っていた、最愛の家族との再会に喜びを爆発させたヴィアトリカは駆け寄ると、両親に抱きついた。
よかったね、ヴィアトリカ。命の次に大切で、最愛の家族と再会出来て。
三人で抱き合い、涙を流して再会を喜び合うビンセント家の姿を微笑ましく見届けたミカコはそう、心の中でヴィアトリカに語りかけたのだった。
両親の真ん中で佇み、喜びと希望を胸に、元気いっぱいに手を振るヴィアトリカと別れの挨拶を済ませたミカコは、残るルシウス、ラグ、エマの三人とも別れの挨拶をして森を後にした。
ミカコが悪魔を封じ、ヴィアトリカが自身の霊力で以て
彼女が張った結界に阻まれて、異世界と化す森の中から出られなかったエマが、
これで、日本国内にある、広大な森の中での出来事が全て片付いた。
誰もいない森の中でたった一人、穿いているパンツのポケットに両手を入れて佇むエドガーが心の中でそう呟いた、次の瞬間。
毛先を遊ばせたショートカットの茶髪に、ダークスーツを着こなした長身のイケメン男子が、ポンッと軽い音を立てて姿を現した。ガクト・シロヤマ。死神結社に属する、強力な死神である。
今から二日ほど前……現世と言う名のこの世界で、予め、上司から口頭で告げられた死期名簿の情報を頼りに取り掛かっていた任務を終えた後、シロヤマは、対象者の部屋で古い日記帳を見つけた。
そして、拾い上げた日記帳を手に、冥界へと引き返す途中……突如として放たれた強い邪気に当てられ、シロヤマは日記帳を落としてしまう。
三人分の、人間の魂が宿っていることに気を取られ、人間の魂の他に悪魔という名の災いが日記帳に取り憑いていることまでは思い至らなかったのだ。
自身のしくじりで上司を巻き込んでしまった、その責任を重く受け止めたシロヤマは、単身でヴィアトリカが創り出した幻影の世界に足を踏み入れた。
探偵エドガーとして、ヴィアトリカの父親である、ゲイリー・ビンセントの知り合いと偽り、客人として屋敷に住み着いたシロヤマは、何とかして悪魔を退治しようと奮闘するも、結局、悪魔封じの
せめて、自分がしでかしたミスぐらいは、自分自身で後始末をしたかったが。
もうこれ以上、上司に迷惑はかけたくない。そんな思いから、エドガーに扮し、正体を隠していた。
だが、神仕いの手により悪魔が封じられ、その他のことも全て片付き、ヴィアトリカが創り出した、彼女が生きた十九世紀後半の、古き良き英国の世界が終わりを告げた今、もう正体を隠す必要はない。そう思い、シロヤマはエドガーから元の姿に戻ったのだった。
「おや……こんな森の中で奇遇ですねぇ……ガクトくん」
やに気取った、紳士的な口調で、わざとらしく驚きの声をあげてシロヤマの名を口にした者がいた。聞き覚えのあるその声に反応を示したシロヤマが振り返ると……
「セバスチャンさん!」
シロヤマの上司にして、死神総裁カシン様の補佐官であるセバスチャンが、両手を後ろに組んでにこやかに佇んでいた。
「あなたも、日記帳のことが気になって、こちらへいらしたのですか?」
「まさか……そんなんじゃ、ありませんよ。ただ、俺にとっては大事なものを探しに来ただけで……」
セバスチャンの問いかけに、シロヤマは言葉を濁しつつもそう返答した。
「そうですか。この森の中に落ちていた日記帳は、たった今、ヴィアトリカが大切に持っていきました。そこに取り憑く悪魔も、優秀な神仕いの手により封じられ、平和が保たれています。
なのでもう、我々の手番はなくなりました。さて……我々にはまだ、死神としての任務がたくさん残っています。
カシン様に目を付けられる前に、冥界へ戻りましょう。行きますよ、エドガーくん」
「待ってくださいよ、ロザンナさん……あれ?」
微笑みを絶やさず、穏やかな口調で返事をしたセバスチャンに促され、無意識のうちに返事をしたシロヤマは、何かがおかしいことに気付く。
なんで、セバスチャンのことをロザンナって……それに今、セバスチャンは俺のことをエドガーって……待てよ? ビンセント邸で働いていた、
両手を後ろに組みながら、前を行くセバスチャンは、したり顔で気取った笑みを浮かべると、にわかに緊張が走るシロヤマを一瞥したのだった。
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