第66話 そのメイド 『秘密』

「危機は去りました。あなたのは安全に保たれ、よほどのことがなければ危険に脅かされることはないでしょう。よってこれより、あなたとの契約を解消いたします。ヴィアトリカ・ビンセント、手を」

 徐に、ヴィアトリカと向かい合ったロザンナが静かにそう告げると促した。

 真顔で差し出したヴィアトリカの手を取り、その手の甲に右手を翳したロザンナは、そこに浮かび上がった、光り輝く銀白色の十字架の印を消す。

「これにて、私との契約は解消されました。本来ならばここに死神しにがみが現れて、あなたの魂を回収するところでしょうが……今となっては、それをするのは困難でしょう。

 私は、あなたの魂を回収する死神に、あなた自身を引き渡す役目にありましたが、それをする必要がなくなりました。

 ヴィアトリカ・ビンセント、あなたはもう、自由です。これからは永遠の幽霊エターナルゴーストとして生き、未練を晴らしなさい。結社には、私の方から話をしておきます。あとはエマに託しましょう」

 ロザンナは粛々とそう告げると、徐に体の向きを変えてヴィアトリカの前から去った。入れ違いに、冥府役人めいふやくにんのエマがヴィアトリカの傍につく。

「ロザンナっ!」

 冷静沈着な雰囲気を漂わせて去って行くロザンナの背中に向かって、ヴィアトリカが声を張り上げる。

「今まで、本当にすまなかった! 二年半もの間、私を助け、護ってくれてありがとう!!」

 これが、今のヴィアトリカに出来る、ロザンナに対する精一杯の感謝の気持ちだった。

 背を向けたまま、含み笑いを浮かべたロザンナが振り向き、真顔で再びヴィアトリカと向かい合う。

「私は、あなたに感謝をされるようなことは、なにひとつしていません。が、あなたのお気持ちは受け取っておきましょう。

 ヴィアトリカ、あなたと出会えて、私は幸せでした。私の知る限り、霊界は幽霊ゴーストにとって住み心地が良く、とても快適なところです。あなたもすぐ、気に入ると思いますよ。いずれまた、違う形であなたと再会出来る日を楽しみにしています。では」

 そう言って、ヴィアトリカに微笑みかけたロザンナは別れの挨拶をすると背を向けて去って行ったのだった。


「ロザンナさん!」

 ボストンバッグ片手に、真剣な面持ちで追いかけたラグが、去って行くロザンナを呼び止める。

「この二年半、お嬢様だったヴィアトリカに仕える使用人として僕は、あなたと一緒にお仕事をして来ました。そのなかで、どうしても疑問に思うことがあるんです」

 背を向けたまま、不意に立ち止まったロザンナに、前置きをしたうえでラグは、今まで抱えていた疑問をぶつけた。

「常に冷静沈着で、人を嘲笑あざわらうかのように澄ましたあなたの雰囲気と態度が、他の誰かに似ているような気がしてなりません。

 ロザンナさん。答えてください。本当は、冥府家政協会めいふかせいきょうかいに属する冥界人めいかいびとではなく、死神結社に属する死神……結社の長、カシン様の補佐官である、セバスチャンさんなんじゃありませんか?」

 鋭いラグの問いかけに、含み笑いを浮かべたロザンナは振り向くと、

「それは秘密です。残念ですが、その質問には答えられません。そう……女は秘密を着飾って、美しくなるのだから」

 人差し指を唇に近づけながらそう言ってウインクした。

「おーい、ラグー!」

 再び背を向けて、すたすたと去って行くロザンナを見送るラグ、それを遠くから見守っていたルシウスが大声で呼びかける。

「俺達もそろそろ、冥界に戻るぞー!」

「分かったー! いま、行くー!」

 それは秘密と答えたロザンナに対し、不満げな表情をしたラグはそう、大声で促したルシウスに返事をするときびすを返す。

「さあ、私達も冥界へ行きましょう」

「ああ、そうだな」

 穏やかに微笑みながら促した冥府役人のエマに、ヴィアトリカは穏やかな口調で返事をした。

 ミカコと言う名の友達も出来て、もうひとりぼっちじゃなくなったのに、ヴィアトリカの心にはまだ淋しさが残っている。だからなのか、エマに返事をした時も、どこか淋しげだった。

「あっ、そうだわ……」

 うっかりしていたと言う風に呟いたエマが、

「あなたに、言い忘れていたことがあるのだけど……実はあなたの他にも二人、日記帳から飛び出して、そのまま永遠の幽霊エターナルゴーストになった人達がいるの。あなたにとってはとっても大切で、馴染み深い人達よ。今、ここに連れてくるから、ここで待っていて」

 なんだか意味ありげにそう言ってウインクしたエマが体の向きを変えて走り去って行く。

 そうして待つことしばし、男女二人の大人を連れて来たエマが、ヴィアトリカが待つその場所に戻ってきた。思いがけない光景に、ヴィアトリカは目を丸くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る