最終話 勇者の日常

 ウォン、ウォォン。

 俺は店の裏手にあるガレージ前にCB1300SF愛車を駐めてエンジンを切る。

 季節としては今は冬。

 汗ばむ日が増えてきていようがそろそろ衣替えしないと着る服がねぇとか騒いでいようが今は冬なのである。OK?

 

 白い息を吐きながらガレージのシャッターを開けてバイクを中に入れる。

 このガレージは親父さんがコレクションバイクを保管するために作ったもので車が3台は余裕で入りそうな大きさがある。

 一番右側が少し空いており、俺が出勤したときにバイクを置かせてもらっているのだ。なので鍵も預かっている。

 バイクを入れ終わると再びシャッターを閉めて鍵を掛ける。

 もう少ししたら親父さんも来るだろうけど、このあたりは習慣なので必ず鍵を掛けることにしているのだ。

 

 それから通りに出て店の表側に回る。

「お~、また大漁だなぁ。っつーか、次から次と、面倒くせぇ」

 思わずぼやき節がでた。

 親父さんの店である“グランドワークス”は見た感じはまさしく街のバイク屋さんだ。

 右隣には酒屋さん、左隣はうどん屋さんになっていて、建物の位置や大きさはほぼ同じくらいだ。

 それぞれの店舗は塀で区切られていて、両隣は駐車場になっているのだが、グランドワークスは販売用のバイクが10数台並べられている。当然ながら営業時間外はアコーディオンタイプの門扉を閉めている。

 

 んで、今はその門扉が半分ほど開けられており、内側、つまりバイクが置いてあるそのすぐ側でコンクリートの床に4人の男が這いつくばって藻掻いている。

 顔を見る。

 ……知ってる顔はいないな。

「な?! お、おい! ここの店員か? なんだよこれ! 動けねぇんだよ!」

「テメェ、何とかしやがれ! おい! テメェに言ってんだよ!!」

 男達が俺に気付くと、何やら喚き立てるがサラッと無視する。

「無視してんじゃねぇぞ! ぶっ殺されてのか!」

 あ~五月蠅ぇ。

 

 一際喚いている男の顔をぐりぐりと踏んづけながらスマホを取り出して電話を掛ける。

『はい。○×警察署刑事部捜査3課です』

「朝早く済みません、グランドワークスの柏木と申しますが」

『……ひょっとして、また、ですか?』

「また、です」

『はぁ~、了解しました。人数は?』

「今日は4人ですね」

『はい。すぐに向かいますので、とりあえず外しておいて・・・・・・もらえます?』

「よろしくお願いします」

 

 ここまで来れば、というか、まぁ分かるよな?

 おそらく夜中のうちに置いてあったバイクを盗もうとして、ものの見事に失敗して床に貼り付く羽目になったのが目の前に4人の男である。

 こういった小規模店舗の常なのだが、閉店しても外に出ているバイクを盗もうとする個人や組織は結構多い。

 もちろんどの店も盗難防止の対策はしている。

 営業中は外に出している物を閉店後は店内に入れたり、入れられない場合でも外に出しているのは安いやつだったり。

 

 この店もそうやってたんだが、以前イタリアとイギリスで大量のヴィンテージバイクを仕入れたり、カモッラのボスから十数台のイタリア製高級バイクが贈られたりしたので一時的に在庫がパンク状態になったのだ。

 大部分は郊外に借りた倉庫に保管してあるし、半年以上経過して多少は売れたり親父さんのバイク屋仲間に卸したりしたのだが、元の台数が多い上にそもそも高額なヴィンテージバイクや高級バイクはそうそう売れる物じゃない。

 元々親父さんの店は修理や車検、旧車のレストアや整備が収益の柱で、販売はスクーターや比較的リーズナブルな国産小排気量バイクが中心だ。

 なのでヴィンテージバイクの取り扱いはほとんど親父さんの趣味で、仕入れた以上はできるだけ見える所に展示したいらしく、結果として現在店内には高額なバイクが溢れかえって入りきらない外にも結構なお値段の大型バイクが並べられているのだ。

 もちろん絶対に盗まれたくない物は中に入っているが。

 

 というわけで、高級バイクの窃盗グループからターゲットになりやすい状況なのだが、もちろん盗まれたらたまったもんじゃない。

 元々付けていた監視カメラを増設して死角を無くし、全部のバイクにGPS発信器を取り付けた。

 さらに親父さんは『高圧電流でも流すか』なんて言ってたけど、さすがにそれをやると泥棒相手でも過剰行為で罪に問われるので、俺がいくつかのトラップを仕掛けることに。

 それのメインが床に特殊な効果を付与したパネルを並べて置くというもの。

 鍵となるアイテムを持っていない人が床を踏むとトリモチのように貼り付いて離れなくなるのだ。

 しかもすぐにではなく、盗みを働いて引き返そうとしたタイミングで貼り付くように調整してある。魔法万歳!

 いや~調整に苦労した。

 章雄先輩にはご協力感謝だ。

 俺の能力知ってる人で適当なのが他にいなかったからなぁ。

 親父さんは結構な歳だし、異世界組だと力ずくで逃れられちゃうから参考にならないし。

 

 説明はこのくらいで充分だろう。

 いまだに喚いている泥は無視して、警察がくるまでに準備せねば。

 俺は店の鍵を開けて、中の流し台の給湯器からお湯を出し、でかいヤカンに入れていく。

 温度もチェック。うん、熱い。

 念のため温度計で測ると摂氏50度。

 たっぷり入ったお湯を持って床で藻掻いている男達の所に戻り、貼り付いている場所を中心にぶっかけていく。

「熱ぃ! て、テメ、なにしや、あぶぁ!」

 実はこの床、50℃くらいのお湯を掛けると粘着力が無くなるようにしてある。

 別に簡単に剥がせるようにもできるのだが、魔法の存在を隠すためには何らかのプロセスを踏む形の方が良いだろうし、それでもある程度簡単で説明が付きそうなものである必要がある。

 

 んで考えたのがお湯を掛けるという方法。

 実際に温めると粘着力が無くなる接着剤は存在するし、お店の給湯器でも用意できるから簡単便利だ。

 まぁ、渾身の力を込めても剥がれない粘着力とかお湯を掛けた途端痕跡すら残さず消えて無くなる接着成分とかツッコミ所は満載だが、幸い俺の掛けた治癒魔法と定期的に賄賂として贈っている“育毛増毛魔法薬”のおかげでフサフサになった警察庁長官が色々と根回しをしてくれているので大丈夫だろう。多分。

 

 ほかほかのお湯でびしょ濡れになった泥達を恒例の結束バンドで拘束し、床に敷き詰めていたパネルを片付けていると警察が到着。用意の良いことに移動交番も一緒に来ている。

「こんにちわぁ~」

「毎度~。そこに転がってる4人っす」

「りょっ! 防犯カメラの映像ももらっていきますねぇ~」

 実に軽いやり取り。

 警官相手とは思えないが、今月に入って2回目、ここ半年で10回近く窃盗未遂犯を引き渡していればお互い慣れたものだ。

 こっちが何もしないでも手際よく監視カメラのデータカードを抜き取り、予備と差し替えていく。

 俺は別の警官に引き起こされた男の結束バンドを、子供の身長ほどもありそうなゴツさのワイヤーカッターで切る。

 別に普通のニッパーでも簡単に切れるんだけど、たまたま以前に手近にあったそれを使ったら窃盗犯が死にそうな顔をしてて後の取り調べも楽だったということで、それ以来使うことにしている。まぁ、ちょっと間違ったら指なんて簡単に落とせるからな。そりゃ恐かろう。

 

「おう! 裕哉、今日もか?」

「親父さん、おはようございます。もう終わりますよ」

 男達が警察官によって移動交番の中に放り込まれた頃、ガレージにバイクを駐めてきたであろう親父さんが表の通りから入ってきた。

「チッ! また鍵壊しやがって」

 門扉の横に転がっていた鍵を見て舌打ちする親父さん。

 それを聞いて、忘れてたっぽい警官が慌てて回収する。一応証拠品だからね。

「まぁ門扉は壊されてないし、南京錠っすから安いもんでしょ」

 当初は結構ゴツい鍵を付けてたんだけど、壊されるときは何を付けてても同じだし、逆に鍵をあんまり頑丈にすると今度は門扉を壊されるので、結局ホームセンターで数百円の南京錠にしたのだ。

 もちろん犯人が捕まっていれば受けた損害を請求できるのだが、法律上刑事事件の加害者であっても自動的に損害賠償はされないので個別に民事訴訟を起こす必要がある。

 たかが鍵や門扉の被害程度で裁判おこしてたら手間と費用で大損害である。

 

 そうこうしているうちに必要な確認を終えて警官は撤収していった。

 後日内容記入済みの被害届を持ってきてくれるので署名するだけだ。

 普通なら警察署に行って被害届を書いて出さなきゃならないはずなのだが、頻度が高いので簡略化してくれているらしい。

 ありがたいので今度は署長さんにも育毛増毛魔法薬を持っていってあげよう。

 

 

 朝のゴタゴタが済んだら親父さんと開店準備。

 店の格子状のシャッターを全部開けて空気の入れ換えに窓を開放。

 ハタキと雑巾で拭き掃除をして床に掃除機をかける。工具類は閉店時に整頓しているので問題ない。

 レジのセットアップをしてから、販売品の在庫チェックを手分けして行うと、あっという間に開店時間だ。

 ちなみに大学はまだ残ってるけど、卒論もほとんど完成しているし卒業に必要な単位も全部取得済みなので、時折サークルに遊びがてら顔を出すときしか行ってない。ってか行く必要がない。

 ファミレスのバイトは週末の夜の部だけ継続しているが、週のほとんどを親父さんの店で手伝いをしているのだ。

 

 平日の昼間なのでバイク屋に来るお客さんはほとんど居ない。顧客の大部分は社会人なので当たり前である。

 まぁ、時折スクーターのオバちゃんがパンク修理とかで来ることもあるがその程度である。ただ、パンクしているのに乗ってくるのは止めて欲しい。

 というわけで、今の時間は預かっているバイクの修理やレストアが業務の中心だ。

 本日は古くからのお客さんらしい男性のバイク、カワサキ750RSのオーバーホールだ。

 このバイクは正式名称よりもエンジンの型式であるZ2E型からとられた通称のZ2ゼッツーの方が有名だろう。

 オーバーホールは分解整備のことで、細部まで分解して清掃・調整して新品のような性能に戻す作業のことだ。

 

 フレームを作業台に固定してタンクやタイヤなどを取り外していく。

 大切に乗っているのであろう、錆びもほとんど無いし見える範囲での劣化も少ない。

 個人でできる範囲できちんと整備されているのだが、今回の依頼の切っ掛けはエンジンからのオイルの染みだしだ。

 エンジンを降ろし別の台に乗せると、そちらは親父さんがバラしていく。

 俺の方はエンジン以外を分解して灯油を染みこませた布で綺麗にしていく。ついでに消耗部品のチェック。

 ブレーキパッドやブレーキ、クラッチのワイヤーが消耗していないかなんかをしっかりと確認してチェック書類に記入していく。

 

「あ~、こりゃマズいな。クランクケースがヒビいってやがる。裕哉、何とかできるか?」

 親父さんがエンジンを解体するなり一目でオイル漏れの原因を突き止める。

 クランクケースの素材は鋳造アルミ。

 通常は溶接して治すのだがこれにはかなりの技術が必要になる。

 アルミは熱膨張率が高く鉄の約2倍だ。そのために溶接の際に時間をかけすぎると加熱した部分とその周囲にかなりの歪みができてしまい、今度はその境界線で亀裂が発生しやすいのだ。かといって加熱が弱いと表面しか溶接できずに奥側に亀裂が残りちょっとしたことで再び割れてしまう。

 親父さんなら上手くやれるが俺はまだスクラップ素材で練習中なのだ。

 問題なのはこれが古いバイクの物であるということ。

 このくらいの年代の鋳造アルミは“巣”と呼ばれる空間(気泡のようなもの)が結構あるし、ものによっては材質自体に混ざり物が多くて溶接しても膨張率の違いから再び割れてしまうことがあるのだ。

 もちろんそれでも治す方法はあるのだが時間も費用も掛かってしまう。

 

 そこで俺の魔法の出番である。

 俺は親父さんに示された亀裂や疑わしい場所に錬成魔法を掛ける。

 魔法によって素材を加熱せずに結合を弱めて周囲と混ぜ合わせ、空気や油、ゴミなどを除去しつつ形を整えていく。

 時折親父さんにも見てもらって確認しつつ、整ったところで魔法を解除すると、あら不思議、亀裂なんて最初から無かったかのように元に戻ったクランクケースがそこにあった。

 材料は全部同じ部品内で済ませているから素材の質の違いで強度に差が出ることもないし、加熱もしていないので歪みも発生しない。

「ホントに便利だよな、オメーは。でもまぁそんなのに頼りきりだと腕が上達しないから一人前になるまでは使うんじゃねーぞ」

 とは親父さんの温かいお言葉である。

 

 一番の難関はこれで解決したので後はのんびりと丁寧に清掃と整備を進めていくだけだ。

 途中で昼食を挟み、部品を研いていく。

 外見上綺麗にしているとはいってもバラすと結構汚れはあるもので、手作業で拭いていくとどんどん綺麗になっていくのがちょっと楽しい。

「こんにちワ~!」

 作業に没頭していたら店先で声がした。

 時計を見ると午後4時。

 もうそんな時間か。

 

「おう! 来たか。適当にしてろや」

 相変わらすの親父さんのぶっきらぼうさを気にする様子もなく声の主が店に入ってきた。

「ユーヤさん、おじゃまします」

 俺の顔を見るなり笑顔で挨拶してきたのは、ロンドン空港で出会って一緒に飛行機に乗ってきたケント君だ。

 バイト先の店長水崎さんの家に引き取られて今は近くの中学校に通っている。

 イギリス育ちのケント君が日本の学校に馴染めるか心配だったが友達も出来たらしく楽しそうに通学している。

 高校生になったらアルバイトしてバイクに乗りたいと思っているらしく、こうして数日ごとに遊びに来ているのだ。

 目標は俺や親父さんが乗っているCB1300SFらしいが、さすがにちょっと難しいんじゃないかな。

 

「ち~っす! アニキぃ~、コケちゃいましたぁ!」

 作業をしながらケント君と話をしていると、次に入ってきたのは変態の方のケント。と、信士も一緒か。

「コケた? 怪我は?」

「そっちは大丈夫です。ちょっと気持ちよかっただけで」

 いよいよ変態に磨きが掛かってきやがったな。無茶しなきゃ良いが。

 最初に俺と峠で走ってから走り屋紛いの行動はしなくなったみたいだが、なにしろ性格に落ち着きがないから時々こうして軽い事故を起こす。

「あ、でも裕兄、今回はちょっとしょうがないかも。大学からの帰り道で猫が飛び出してきて、避けようとして転んだから」

「そうっす!」

 信士と戸塚が必死に言い訳しているので肩を竦める。

 

「あ~あ、クラッチレバーが折れてんじゃねぇか。あとミラーの傷、はとりあえず良いとして、コレ社外品だろ? 同じの頼むか?」

「できるだけ安いのでお願いしゃっす!」

「めんどくせぇから在庫にあるLSLのレバー付けちまえ。んでその分裏の草むしりでもやらせろ」

「ゲッ! あれって1万位するじゃないっすか!」

 あ~あ、賑やかっていうか、うるさくなった。

 

「こんにちわぁ」

「ちぃ~っす!」

「柏木く~ん、聞いてよぉ」

 久保さんに相川に章雄先輩まで……。

 

 でも考えてみればこうして俺が働いているところに友人や先輩後輩が遊びに来る。

 これって、結構幸せなことなんだろうな。

 というか、春になれば茜、レイリア、ティア、メルとの結婚も控えているし、就職先も理解があってやり甲斐のある仕事にも就けた。

 うるさくて楽しい友人達。

 優しくて頼りがいのある両親に可愛い弟妹達にも囲まれてる。

 

 ……なんか、すっげぇ幸せだ。

 もちろんこれからだって色々なことがあるだろうし、体質的にトラブルに巻き込まれるのは間違いない。異世界との2重生活もあるしな。

 でも、何があっても大丈夫だし、この生活を絶対に守り抜く。

 そんな俺の日常。

 

 

 まだまだ続く帰還した勇者の後日譚、きっとそれは馬鹿馬鹿しくて刺激的で、それでも楽しい日々だろう。

 だから、これからも……

 


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最後まで読んでくださりありがとうございます!

この作品は小説家になろうに投稿していたものをそのまま転載したものです

なので細かな点で今とは違う部分がありますが、気にせず読んでいただければと思います。

それに初めて書いた小説でもあるので、今読み返すと色々と稚拙な部分はあるのですが、それでもモンスター文庫様で書籍化したり、スクエアエニックス様がコミカライズしてくださった思い入れのある作品です

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


他にも現在連載中の作品も含め、いくつか投稿していますので是非他の作品も読んでいただけたらと願っています。


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帰還した勇者の後日譚 月夜乃 古狸 @tyuio

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