第181話 勇者のプロポーズ Ⅴ
ウィルテリアス大陸南部に位置するアリアナス王国。
大陸の東部と西部を結ぶ交通の要所として古くから栄え、豊かな穀倉地帯が広がる大国である。
大陸の北部には魔族と呼ばれる種族が部族ごとにいくつかの国家を形成していた。
豊富な魔力や頑健な身体など優れた能力を持つ者が多い魔族だったが、元々は特に好戦的というわけではなく、活発とは言えないまでも普人族や獣人族との交流もそれなりにあったらしい。
だが、10年前ひとつの部族が魔族の国家を統一し、近隣の普人種や獣人達の国家へ侵略したことで状況が変わる。
高い能力を持つ者を多く抱える魔族の統一国家はまたたく間にその版図を広げた。
ただ、それだけであれば単なる大陸の勢力争いといえるのだろうがことはそれで済ませることのできる状況ではなくなった。
魔族達は侵略した地域の住民を虐殺し、多くの村や街を徹底的に破壊する。
ここに至って魔族vs他種族という構図が生まれ、他の国は連携して魔族達に対抗することになる。
それでも勢力を増す魔族達の攻勢に押され、ジリジリと追い詰められていく大陸諸国家。
そんな中、アリアナス王国の王族や教会の司祭達に女神ヴァリエニスから神託があり、危機を脱するには異世界から勇者を召喚し、各国の協力の下魔王を倒す必要があると告げられる。
そして、女神の御指名でアリアナス王国王女で高い魔法適性をもっていたメルスリアが儀式を執り行ってひとりの男を異世界から呼び寄せた。
それが俺、柏木裕哉である。
それから後のことは折に触れて語ってきたとおり。
まぁ、全部終わらせて日本に帰ったと思ったら帝国のせいで再び来ることになったり、異世界を行き来できる宝玉を手に入れて、異世界と日本の2重生活が始まったりしたのだが、それは置いておく。
とにかく、そんなわけでアリアナス王国とその国民にとって自国が女神様のお告げで召喚した勇者が世界を救い、さらにその直後に起きた帝国からの侵略という国家存亡の危機に再び駆けつけて帝国の軍勢を叩き潰した勇者は特別な存在と認識されている。
聞いた話では多くの国民が俺にずっと王国にいて欲しいと望んでいるのだとか。
まぁ、戦闘力は別として、中身はごく普通の大学生だし、それなりに勉強は頑張っていたとはいえ特別優れた頭脳を持っているわけではないので、調子に乗ったりしないように話半分に受け取っている。
前置きが長くなったが、現在王国内、特に王都で関心を集めているのが俺と王女であるメルの関係だ。
メルは現在19歳、いや、20歳になったのか。
王位継承権は王太子であるレオン殿下に次ぐ第2位。そんな立場にもかかわらず定められた婚約者はいない。
これは普通なら婚約者云々を考えるような時期は魔王の脅威で人類存亡の危機、さらに神託により召喚の聖女として指名され、さらにその後は俺達とパーティーを組んで魔王&邪神討伐の旅に出てしまいそれどころじゃなかったという事情がある。
そして実際、俺とメルは互いに好意を寄せ合う恋人という関係になっているのだが、実はこれはいまだに公にされていなかったりするのだ。
俺達としては特にそのことを隠しているわけではなかったし、時には王城内の庭を2人で散策したり、雑な変装だけで王都内を歩き回ったりしてたので知っている人はそれなりに多いのだが。
国王陛下や王妃陛下にはもちろんメルとの関係は了承してもらっている、というかそうなる前からむしろかなり推してきていたし。
立場的にも軽いノリで男女交際なんて許されるものじゃないので、恋人になる=実質的に婚約なのだが、それを正式なものにするには婚約を公表して、貴族や幹部官僚にお披露目をしなきゃならないらしい。
らしいってのは、茜、ティア、レイリアへのプロポーズを済ませ、最期にメルへのプロポーズとなったことで、どのようなものが良いのか調べて初めて知ったからだ。
そもそも、王侯貴族の男女間でプロポーズという風習は存在しないそうだ。
様々な力関係や利害などが絡む王侯貴族の結婚は、本人に直接申し込むのではなく家を通してするものらしい。当人同士がいくら希望しても家同士が合意できなければ実現できないのだから、普通は相手からそれとなく意思を確認した男性側(時には女性側からすることもある)から相手の家に申し入れを行い、相手がそれを受け入れれば婚約が公表される。
貴族であっても恋愛結婚というのはそれなりにあるらしいし、政略結婚であっても普通はこの先何十年も連れ添っていくことを考えてお互い歩み寄る努力をしてそれなりに愛情を育む人が多い。
それでも結婚が家同士の繋がりという意味合いが強い以上、本人へ申し込む前に家に申し込まなければならない。そうなると本人に直接プロポーズする意味がなくなってしまうというわけだ。
結局、王国の慣習の中で育ったメルに対してのプロポーズ方法は、まず実質的な権限を持つ王妃陛下に俺から申し入れを行って内諾をもらい、その上でどストレートに『結婚の申し込み』をした。
ロマンチックもムードもへったくれもありませんな。
まぁ、メルの思いを受け入れた以上、既定路線だったわけなのでメルとしては特に不満はなかったそうだ。
そして本日、王宮にて全ての貴族と一部の政務官を招いた晩餐会が催され、その場で俺とメルの婚約が公表される運びとなった。
つまりは公表とお披露目を一緒にしてしまおうというわけなのだ。
ちなみに、日本では俺と入籍して公的に配偶者となるのは茜だが、ここアリアナス王国で俺の第1夫人となるのは王国内での地位と影響を勘案してメルにすることは茜を始めティア、レイリア、俺の両親、茜のお袋さんに同意してもらっている。
茜の親父さん? 最近は顔を合わせただけで『許さ~ん!!』としか言ってくれません。
最も俺と結びつきの強い茜や黒龍であるレイリアを差しおいてメルが第1夫人となることについて国王王妃両陛下はかなり悩んだらしいが、俺が4人の間に序列を作らないことと、茜とレイリアが特に拘らないと言ったことで落ち着いた。
「ふふっ、ガチガチになったユーヤさんを久しぶりに見ました」
「おや? 姫様は少なくとも身体の一部がガチガチになったユーヤ様を夜ごと見ているのでは? 私はまだ見たことはございませんが。ええ、まだ見せていただいておりませんが」
メルとエリスさんの会話が聞こえるがスルーする。
実際に緊張してそれどころではないし、エリスさんの下ネタ発言にツッコムと面倒そうだ。ってか、この間の東京見物から帰って以降、一層アプローチが露骨というか反応に困る方向にぶっ飛んでるので最近はスルーがデフォルトになってきている。
「やれやれ、大勢の前に出るなど幾度も経験しておろうが、今更何故緊張する?」
「ユーヤ様はいつも通りで大丈夫だと思いますよ。えっと、アカネさんは…」
「うぇ?! だ、だだ、大丈夫なわけないじゃない。口から心臓が飛び出そう。しゅ、主役はメルなんだから、私帰っちゃ駄目かな? いいよね? ね?」
俺以上に緊張して顔を真っ青にした茜を見ていたらちょっと落ち着いてきた。
人間ってのは自分以上に強い感情を露わにしている人を見ると冷静になれる生き物らしい。
何故俺達がこうして緊張したりバタバタしているのかといえば、先程の話にあったお披露目の晩餐会がこれからおこなわれる、というか、実際には既に始まっているからだ。
王城の大広間には国内の全ての貴族(本人が来られない場合は代理人の場合もあるが)と招待された他国の貴族や大使、要職にある行政官の主だった者などが集まり、歓談をおこなっているはずだ。
んで、晩餐会が始まっているにもかかわらず俺達がここにいる理由は簡単で、単に出番がまだだからである。
今回の晩餐会のメインは俺達の婚約発表。なので入場の順番は最後。
それに、俺の婚約者がメルだけでなく元の世界の茜、伝説の存在である黒龍のレイリア、獣人族のティアと複数の種族や国に及ぶことを明らかにして、王国が俺を必要以上に抱え込んで強権的な行動をするつもりがないことを示す意図もあるらしい。
そんなこんなで呼ばれるまで待たされているのだが、レイリアの言うとおり大勢の人達の前に出ること自体は何度も経験しているので最初はあまり気にしていなかったのだけど、不思議なもので待っているとだんだん緊張ってのは増してくるのよ。
茜だって最初は多少は緊張しててもここまで泣きそうになってなかったし。
そうして待つことさらに30分ほど。
ようやく呼ばれた俺達は係官の先導で控え室から大広間の閉じられた入口前まで移動する。
合図と共に扉が開かれると俺と隣にメル、その後ろからレイリア、茜、ティアが3人横並びで広間に足を踏み入れた。
広間の中は大勢の人、人、人。
貴族達は左右に分かれており、一番奥に国王陛下と王妃陛下がそのさらに横にレオン殿下が立っている。
その中をゆっくりと歩いて両陛下の前まで行く。
……歩き方、変じゃないよな?
陛下の5メートルほど前まで進んで一礼する。
予め跪かないように言われているので頭を下げるだけだ。
ほんの2秒ほどで頭を上げると陛下達と目が合う。
王妃陛下は満足そうに笑みを浮かべながら頷いているが、国王陛下は……めっちゃニヤニヤしてますが?
あ、足に王妃陛下のヒールが刺さった。
「ぐっぐぅ、ゴホン! 今宵は実にめでたい日である。
既に知っている者もいるかもしれんが、我が国の王女であるメルスリアと勇者ユーヤ・カシャーギー卿が婚約することとなった。
婚礼の儀の後、メルスリアは降嫁し第1夫人となる。また、聖山の黒龍たるレイリア殿、異世界での伴侶であるアカネ殿、獣人族のティア殿も夫人としてメルスリアと共に卿を支えることとなる。
それに伴い、カシャーギー卿には公爵の称号とフリステルを含む西部地域を領地として与える。なお、地位は王族に準ずるが王位継承権はもたないものとする」
ザワリ。
集まっていた貴族達がざわめく。
今の国王陛下の発表は事前に知らされていた。
領主とかはできればやりたくない、というか、できるとも思えないのだが、さすがに王女であるメルが降嫁する相手が爵位持ちとはいえ無領地では体裁が悪い。
それに戦乱で家が断絶したり、不正や悪政などで領地を取りあげられたりした貴族が多数いてその領地のほとんどが現在は王家の直轄地になっているらしく、かねてから俺に爵位に見合った領地を与えるべきだという話が出ていたらしい。
加えて、フリステル周辺では帝国の混乱で難民になった人達が数多く流れ込んでいて治安が悪化しているし、帝国との国境も近いために下手に刺激すれば再び攻め込まれる可能性も否定できない。
そこでフリステルの領主を転封させて別の領地を与え、帝国に睨みを効かせられるだろう俺を充てることにしたらしい。
まぁ、名目上の領主は俺でも、実際はメルやメルが選抜した官僚達が実務をやってくれるらしいし、優秀な行政官と治安維持のための警吏も十分な数用意してくれる。
帝国に占領されるわ難民問題に忙殺されるわで災難続きだった元の領主貴族一族は喜んでいたそうだ。
「お待ちください!」
貴族達のざわめきが多少落ち着き、国王陛下が言葉を続けようとした矢先、それを遮る声が響いた。
普通に考えれば陛下の発言を遮るのは不敬と受け取られるのかもしれないが、陛下の性格的にいちいちその程度のことで怒ったりはしない。まぁ言葉の途中で遮られれば怒るだろうけど。
突然の声に静まりかけていたざわめきも復活するが、それに構わず数人の男達が歩み出て跪いた。
「パリエス伯か。何か異論でも?」
国王陛下は特に気分を害した様子もなく鷹揚に促す。
「は。恐れながら申し上げます。
カシャーギー卿の功績は万人の知るところであり、また帝国との境界に近い地域を卿が治めることに異論はございません。しかしながら、メルスリア殿下との婚姻は些か拙速ではないかと存じます。
戦乱の影響で各々の領地も不安を抱えております。であれば、王家と旧来の忠臣である名門貴族が結束を強め民心を安定させなければなりません。
功ありとはいえ卿は元来この国の者ではなく、また貴族に叙せられて日も浅い。ならば卿にはどこかの貴族家より令嬢を迎えてもらい、殿下には名門貴族との婚姻を進めていただきたいと考える次第でございます」
……う~ん?
言っていることがよくわからん。
民心を安定させることと俺にメル以外の貴族令嬢を宛がうこと、メルが他の貴族と結婚することに何の繋がりが?
ってか、そもそもの前提として俺はこの4人以外と結婚する気ないぞ?
「はぁ~……」
となりでメルが盛大にため息ついてますが?
「ほう? つまりは自分達の誰かとメルスリアを結婚させろと?」
「そこまでは申しませんが、無論、第1夫人として殿下を迎えられるならばこの上ない喜びです」
あ~、何となく読めた。
つまりコイツらは俺とメルが結婚するってのが面白くなくてなんでも良いから適当な理由つけて妨害したいってことだな。んで、あわよくば自分がそこに収まりたいと。
一応メルに小声で確認してみても、以前から何かと言い寄ってきてた連中だそうだ。
陛下もそれがわかっているみたいで、意地の悪そうな笑みを浮かべてる。
レオン殿下は、あ、すっげぇ楽しそう。
「カシャーギー卿ではメルスリアの相手として不足と言いたいようですね」
王妃陛下まで参戦してきたし。
こっちはこっちでめっちゃ機嫌悪そう。
「い、いえ、そういうわけでは。ただ、貴族としての教育を受けてきたわけではない勇者殿には無用な心労をお掛けするわけにいかないかと」
すごいなぁ。
話をしている相手がどんな表情をしているかをここまでスルーできるってのはある意味才能かもしれない。
まして、相手は自分達の仕える王族なんだけど。
けど、さて困った。
俺とメルの結婚は決定事項でそうそう覆ることはない。
俺達自身にそんな気がないし、陛下としても、自分で言うのは面映ゆいが多くの人から英雄と見なされている俺と王女の結婚は国民の不安を軽減させ復興の後押しになる最良の手と考えているし、対外的にも俺を自国に組み込むことは大きな力になる。
ただ、封建制の王国では各貴族の力は無視できるものではなく、王家といえど多数の貴族に反発されれば統治がままならなくなる。絶対王政ってわけじゃないのだ。
最終的には両陛下がなんとか纏めるんだろうが、あまり強引だと問題が起きるんじゃないだろうか。
「いいかげんになされよ!」
事態の推移を見守ることしかできなかった俺とメルだったが、さらに調子に乗って男達が好き勝手に俺をディスり始めると、鋭い声が割って入った。
「貴公らは恥という言葉を知らぬらしい。カシャーギー公爵はこの世界を救い、さらに一度帰りながらも我が国の危機に二度と元の世界に戻れなくなるかもしれぬ危険を冒してまで救援に駆けつけ勝利に導いた恩人である。
翻って貴公等はそれに互する功績を何かうち立てたのか?
パリエス伯は帝国が侵攻した際、確か所領の混乱を理由に僅かばかりの物資を王都に運んだだけだったと記憶しているが? 他の者はどうであった?」
「ベ、ベルリアス内務卿?!」
声の主はまさかの人物。
お久しぶりのベルリアス内務卿である。
今日はその頭にヅラは乗っていない。バレたので開き直ったのか見事なツルッパゲが眩しく光っている。
「畏れ多くも陛下の決定に異を唱えるには些か根拠がなさ過ぎるのではないか? ましてや公爵に対する無礼な言葉の数々。同じ王国貴族として看過できぬな」
「な、内務卿閣下が何故? カシャーギー卿を嫌っていたのでは?」
「そ、そうです。閣下は異世界の者が国の決定に関与することに反対していたはずです。ならば殿下が異世界人に降嫁なさることにも反対ではないのですか?」
厳しく詰られた青年貴族達がベルリアス内務卿の言葉に唖然として問い返す。
「……私はこの世界の問題はどのような結果になろうともこの世界の人間が解決すべきで、無関係な世界の者を巻き込むのは間違っていると考えただけだ。それは今でも変わらん。
だが、物好きがこの世界で生きるというのなら拒む気もない。ましてやその者が功績を挙げたのならば報いるべきだし、それが国益に繋がるのならば是非もない。
…………気にいらんのは確かだがな」
「そ、そんな」
「貴公等がそれほど歴史ある名門貴族の系譜を誇るなら伝統的なやり方で主張を通されてはいかがかな?」
「ふむ。そういえばかつては貴族同士の主張がぶつかったときは“決闘”で解決していたこともあったな」
「あら、それは良いわね。どうやらカシャーギー卿にできるなら自分達も機会さえあればできると思っているようですし、いっそ不満のある諸侯も一緒に決闘すれば手間が省けるわね」
……それって面倒なことを言ってきそうな奴は纏めて俺に潰させるってこと?
にしてもベルリアス内務卿の反応は意外だったな。
俺の事を嫌ってたし、ことある毎に『異世界の者は何もせずに帰れ』って言われたし。最近はお互い避けていたのかほとんど顔を合わせることはなかったけど。
「そういうことなら私が立会人を務めましょう。練兵場を使って魔法士団も動員すれば公爵殿が全力を出してもそれほど被害は出ないでしょうし、優秀な治癒師もおりますので即死でなければ何とかなりますな」
「いっそのこと王都の民にも見せますかな。だいぶ復興も進んでそろそろ娯楽も必要でしょうし、勇者殿に挑むだけの気骨が貴族にもあることを示せばより統治もしやすくなるでしょう」
実に楽しそうに割り込んできたのは帝国との戦いでも一緒にいた騎士団長のレギン将軍と軍務卿のおっさん。
この2人は帝国との戦いで苦労してたからな。その前線で戦ってた俺が扱き下ろされるのには思うところがあったんだろう。
「そ、そんな……」
「勇者と、け、決闘……」
婚約に文句を言ってきた貴族達は想定外の展開に顔を青く、を通り越して真っ白にしてる。……色を塗り忘れたのか?
「いやぁ、帝国の軍勢のど真ん中を突っ切っていったカシャーギー卿の勇猛さは騎士団でも語りぐさになっておりますからなぁ。私など、もし敵側だったとしたら恐怖で一歩も動くことができないでしょうな」
「魔王軍の砦をブルーノ殿と2人で墜としたとも聞きましたぞ。それほどの強者に挑むとは若手貴族も侮れませんなぁ。私なら恥も外聞もなく逃げますぞ」
煽る煽る。
「さて、余としてはいまだ復興の最中にあたら優秀な貴族を失うことは避けたいと思っている。
卿等が国の将来を思って不評を買ってでも苦言を呈したことには感謝するが、この婚約はメルスリアの幸せのみならず国の民全体を考えた上で決めたことだ。それを踏まえて諸侯には理解してもらいたい」
文句を言ってきた貴族達がひとしきり凹まされた頃を見計らって国王陛下が助け船を出した。
一方的に糾弾するのではなく、一応相手の面子を立てる形での言葉に貴族達は一も二もなく頷いてそそくさと人混みの中に逃げていく。
国王陛下の王様らしい姿は久しぶりに見たな。まぁ王妃様は不満そうだがそれはそちらで何とかしてください。
レオン殿下は大笑いしてるだけで何もしてねぇし。
「さて、他に異論のある者は居るか?
……居ないようだな。
ではユーヤ・カシャーギー卿とメルスリア・ムルド・アリアナスの婚約を承認する。双方は婚礼の儀までの間立場に相応しい美挙に務めるよう」
国王陛下のこの言葉で正式に俺とメルは婚約者となったわけだ。
といってもこれで終わりってわけじゃない。
最後に面倒くさ、いや、大変だけどもう一仕事ある。
俺に大広間にいるほとんど全ての人達が注目する。
これだけの視線は久しぶりなのでちょっと恐い。
俺は咳払いをして一歩前に出る。
こっからは俺の宣誓、というか、決意表明になる。
「今宵は皆様に集まっていただき、こうしてメルスリア殿下との婚約を報告できること、この上なく光栄なことと思っています」
そう切り出した俺は、召喚されてからこの国で訓練に明け暮れたこと、多くの貴族や役人達、様々な立場の人達から多くの助けを得ながら魔王や邪神を倒すことができたこと、一度帰ってから再び戻ってくることができたことの感謝を、そして、これからこの国とこの世界のために力を尽くしたいという思いを言葉を飾らずに語った。
「そして国王陛下、王妃陛下、王太子殿下にはこの度の婚約を認めていただき感謝に堪えません」
これで一応の表明は終わり。
だけど、ちょっとだけ俺なりのけじめをつける。
身体をメルに向ける。
「俺がこの世界に召喚されてから今まで、誰よりも俺を助け、支えてくれてありがとう。儀式をおこなったのがメルで本当に良かったと思ってる。
俺はこっちの世界では戦うくらいしか能がないし、メルの他にも茜、レイリア、ティアと4人の妻を持つことになるロクデナシだけど、全力でみんなを幸せにしたいと思う。
これからも俺を支えて欲しいし、俺もメルを支えたい。
だから……結婚してください」
そういって指輪を取り出し、メルの手を取って薬指にはめた。
やっぱりメルにも茜達と同じように直接言いたかったのだ。
貴族の慣習からは外れてしまうのかもしれないが、やっぱり結婚ってのは本人同士の気持ちが一番大事だと思うから。
「ユーヤ、さん……はい。はい! これからもお願いします! ずっと一緒に」
驚いたように固まっていたメルが、左手の薬指の指輪を見て、それからはにかむような笑顔で応えてくれた。
その直後、まず男性達に同伴していたご婦人達から悲鳴のような歓声が、次いで一斉に拍手が打ち鳴らされる。
良かった。祝福してもらえるらしい。
こうして俺のメルへのプロポーズは無事に終わった。
後になって聞いた話だが、それから婚約のお披露目で本人に直接求婚することや薬指に指輪を贈ることが流行したらしい。
しかも、一過性ではなく新たな慣習として貴族だけでなく、話を伝え聞いた一般市民にも定着してきたそうだ。
ついでに、既に結婚している人達はご夫人からチクチク言われて指輪を贈ったり改めて求婚させられたと文句を言われた。
……俺が悪いのか?
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