第180話 勇者のプロポーズ Ⅳ
異世界、ウィルテリアス大陸の北にある山岳地帯の更に奥。
強大な魔物が多く生息する深く広大な森が周囲を囲み、森の周囲の村々に住む人からは信仰の対象にすらなっている一際高い山の中腹に大きな洞穴がある。
入口自体は縦横10メートルほどの大きさだが、内部は東京ドームが複数入りそうなほどの広さがある。
普通ならこういった洞窟にはコウモリなんかが住み着くのだろうが、ここには一部の場所に生えている苔を除き生き物の姿は見られない。
「おお~! なんか、すっごく久しぶりな感じだな」
「ふむ。主殿の時間でいえば4年ぶりくらいじゃろう。我にとってはそれほどでもないが、人にとってはそれなりの時間なのであろうな。とにかく、我のかつての
レイリアが俺の呟きに答える。
その言葉の通り、ここはかつてレイリアが過ごしていた場所だ。
俺が勇者としてアリアナス王国を旅立ち、メルとブルーノと一緒に魔王との戦いに備えて諸国を巡っているときに偶然ティアを奴隷狩りから救出した。
そしてなんやかんやあって黒龍の噂を聞きつけた俺達は助力を乞うために苦労して辿り着いたのだ。
レイリアのいたここは幅高さ奥行きがそれぞれ数百メートルにもなろうかという巨大な空間が広がり、黒龍の姿のレイリアであっても狭く感じないほどだ。
普通なら支柱もなしにこれほどの空間を地中に維持することなんてできないのだが、ここは魔法の存在するファンタジー世界である。
当然のようにこの場所もレイリアの魔法により強化されていて少なくとも魔法の効力が無くなる数百年はどんな地殻変動にも耐えられるらしい。
俺がこちらの世界から元の世界に戻ったときには一度レイリアもここに戻ってきており、ティアもレイリアと再会する時には1人でここを訪れたそうだ。
「して、主殿が突然ここに来たいと言ったのは
「ああ。まぁ、その、それとも無関係じゃない、っていうか、さ」
少々不満そうに俺をみるレイリアから目線を逸らしながら小声で言い訳。
けど、さっさと覚悟を決める。
「んんっ! れ、レイリア、俺と『賭けをしないか?』」
「!!」
レイリアが驚いた顔を見せる。
「……その言葉」
俺がかつて初めてレイリアに会ったとき、助力を得るために俺はそう言ってレイリアを煽った。
どういう心境の変化だったのか、人との関わりの一切を拒絶していたレイリアは見ず知らずの俺のそんな提案に乗ってくれた。
その後は皆も知っているとおりだ。
その当時、俺の実力はアリアナス王国最強と呼ばれたブルーノと互角かちょっとだけ俺の方が上ってくらい。
必死の努力の甲斐あってそれなりの実力を身につけることができたとはいえ、それでもあくまでその強さは人間の範疇でしかなかった。
当たり前だが神の化身とも災厄の象徴ともいわれていた龍種の中でも最強と目されていた黒龍とは天と地ほどの差がある。
普通に考えて勝ち目なんかあるわけがない。
だから俺は姑息に知恵を振り絞って『課題をクリアしたら俺の勝ち』って条件で勝負を挑んだ。
もっとも、最初に会ったときのレイリアの雰囲気から無闇矢鱈に俺達を殺そうとするとは思えなかったから、諦めなければ何とかなるかもしれないと楽観していたのは確かだ。
ただ、内容が真っ向勝負で力を認めさせることになったのは、想定していた中でも特に厳しいものだった。
いや、マジで何度か死ぬかと思った。
まぁ、それでもかなり手加減はしてもらってたみたいだし、俺を殺さないように気を付けてくれてたのはわかってたから頑張れたんだけどな。
結果として、何とかレイリアの首筋にちょっぴり傷を付けることができて、お情けで認めてもらえたってのが真相だ。
んで、話はプロポーズに戻る。
茜に勢い混じりにプロポーズしてダメ出しされてから考えたのだ。
俺にとって茜はもちろんティアもレイリアもメルも大切な恋人達で、それぞれ別々に関係を深めていった間柄であるのは考えるまでもなく当然の事なのだ。
それぞれ歩んできた道程も異なるし、そもそも好みも考えも違う。
だったら当然それぞれに一番相応しいプロポーズをするべきじゃないだろうかと。
だからこそティアに対して、亡きご両親の墓前でプロポーズと共に決意を伝えるという方法を執った。
そして今度はレイリアに、というわけなのだが、知っての通り、俺とレイリアは従魔契約を結んでいる。
それは魔王や邪神に対抗するために利便性優先で結んだものだし、切っ掛けが多分に打算を含んだものだった。
そのうえその結果すらレイリアが俺に相当な妥協をしてくれたからすることができたのだ。
けど、これからは俺とレイリアの関係は当初からは考えられない方向に変化する。
だから、原点に戻ってもう一度始めるべきじゃないかと考えたのだ。
これから先は、一方的に力を借りる関係じゃなく、お互いに支え合う関係に。仮初めの主従から対等なパートナーへ。
「俺が勝ったら、俺が死ぬまでレイリアの全てをもらう。レイリアが勝ったらレイリアの望むことで俺にできることならなんでもしよう」
俺はレイリアの目を真っ直ぐに見つめてひと息に言いきった。
「……ふ、ふふふ、はぁっはっはっは! なるほど、さすがは主殿じゃ! じゃが良いのか? 我が勝ち、アカネやティア、メルスリアと別れて我と共にここで暮らすように求めたらどうする?」
一瞬キョトンとした顔を見せたレイリアが、俺の意図を読み取ったのか大声で笑い、そして悪戯っぽく訊いてくる。
「その場合は、まぁ、きちんと別れを告げさせてもらわなきゃならないけど、レイリアの望むとおりにするさ。黒龍であるレイリアの全てをモノにしようっていうんだから、そのくらいの覚悟は必要だろ? ただ、そんなことにはならないと思うぞ」
黒龍として人を忌避してきたレイリアだが、実は情に篤いっていうのはこれまでの付き合いで知っている。
だから、親しくなった茜達を傷つけるようなことはしないだろうとは思うが、もし仮にそう要求されたとしたらそれに従う。
そうじゃなきゃレイリアと対等な立場になることなんてできないだろう。
だからその場合は恨まれようが罵られようが傷つけようが約束は守る。茜達からしたらとんでもない裏切りだろうけど。茜とティアとの約束は破ることになっちゃうしな。
だから、絶対に負けるわけにはいかない。
幸い一本勝負ってわけじゃないから、死んだり諦めたりしなけりゃ俺の勝ちだからな。勝負の内容的にお互いを殺すことだけはできないわけだし、それを考えれば邪神との戦いよりもよっぽどマシだ。
「ふふふ、言ってくれる。その賭け、乗ろうぞ。主殿が勝ったら我の全てを捧げよう。じゃが我にも黒龍としての矜持がある。あの時のように勝ちを譲るなどとは考えるでないぞ」
レイリアは実に魅力的な笑みを浮かべると、一転真剣な目を俺に向け、その身を本来の黒龍の姿に変える。
全長20メートルを優に超える身体を銃弾すら易々と跳ね返す漆黒の鱗で覆い、見るもの全てに畏怖の感情を強要する神々しいまでの威容。
…………ちょ、ちょっと早まったか?
背中をつたう冷や汗を、根性で堪える。
アイテムボックスからこの日のために用意した幅広肉厚の両刃剣、いわゆるグラディウス(ポンペイ型)タイプの剣を取り出す。
刀身は60センチほどと長剣としては短いが頑丈で切れ味も鋭い。
元々身体の大きさに目茶苦茶差があるので今更少々の間合いなんて意味がないから問題ないのだ。
それを右手で掴んでぶら下げつつ、自然体でレイリアに対峙する。
「んじゃ、勝負はどちらかが降参するまで。相手を殺すのは禁止で、それ以外の禁じ手はなし」
「うむ!」
「……いくぞ!!」
レイリアが頷くのを見てから、俺は魔力を全身に巡らせ、全力で突っ込む。
ゴォッ!
俺の進路を塞ぐようにレイリアの口からブレスが吹き付ける。が、身体を沈み込ませるように身を低くして潜り剣をレイリアに叩き付ける。
ギンッ!
さすがに初撃を簡単にくらってくれるわけもなく剣は巨大な爪に阻まれる。そこに間髪入れずに尾の一撃がとんでくる。
剣が止まった一瞬を狙い撃った攻撃に、俺は躱すことができず肩で受け止めつつ自ら後ろにとんで衝撃を逃がす。
あっぶねぇ!
「ふむ。些か平和ボケしているのではないか?」
「まだまだ、ウォーミングアップだよ。そんなに余裕ぶっこいてて良いのか?」
「ぬ?!」
俺が吹き飛ばされながらも構築した魔法を発動させると、握り拳大の火球、それも酸素をたっぷりと注ぎ込んだそれは青い光を放ちながら四方からレイリアに向かって高速で飛んで行く。その数およそ30個。
だがそれも再び放たれたブレスによって消し飛ばされる。けど、それも想定内。
同時にレイリアの巨体の下に潜り込んだ俺は黒龍の首の付け根に向けて剣を振るう。
限界まで魔力を剣に流し込んだ一撃。
刀身の長さから考えると致命傷にはならないが、黒龍の鱗といえど弾くことはできない威力だ。
「ふっ!」
だがそれをその巨体からは考えられないほど素早く身体を反り上げて躱される。
……ドラゴンのバク転とか、あり?
置き土産とばかりに一瞬遅れて下から尾が襲ってくるが、真後ろに跳んで躱す。
確かに最近緊張感のある実戦から遠ざかってた分、少々勘が鈍ったというか、平和ボケしてたらしい。頭の中のイメージよりもほんの少し身体の反応が鈍い。
そんなことを考えた隙を突くように今度はレイリアの魔法でいくつもの氷塊が俺目掛けて飛んでくる。
俺は直撃しそうなものだけを剣でたたき落とし、再びレイリアの懐に飛び込もうとした瞬間、爪が真上から叩き付けられた。
反応が遅れた俺はかろうじて身をよじって躱すが、肩から胸にかけて数ミリ程度の深さで掠め、シャツが裂けて血が吹き出る。
見た目はスプラッタだが浅いので対してダメージはない。
シャツもファストファッションの量販店で買った安物だしお財布的なダメージも軽微だ。
「!!」
ただ、それを見たレイリアが動揺したのか一瞬動きが止まる。
「呆けてて良いのか? オリャッ!」
やはりレイリアは優しい。
自分の攻撃とはいえ、俺の血を見て動揺したのだろう。
だが俺はその隙を突いてレイリアの首筋に剣を叩き付けた。
僅かに鱗に傷を付けることができたものの、度重なる魔力での強化に刀身が耐えきれずに砕けて大したダメージにはならない。
すぐにアイテムボックスから新しい剣を取り出して、立ち直る間を与えないように剣を振るう。が、さすがにすぐに立ち直ったレイリアの爪に阻まれる。
あ~、やっぱ強ぇわ。
俺は本来真っ向勝負よりも搦め手を交ぜて翻弄しつつ隙を突く戦いが多い。けど、レイリア相手にそれをするつもりは無いし、それじゃ意味がない。
長丁場になることを改めて覚悟し、俺は正面からレイリアに突っ込んでいった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「ドゥルルル…ドゥルルル……」
俺とレイリアの荒い息づかいが洞穴内に響く。
どのくらいの時間が経過したのか、体感的にはほんの1時間くらいにも感じるし何日も経っているようにも思える。
もとよりアホみたいに膨大な体力をもっている俺とレイリアだ。体感時間がまるであてにならない。
そして、俺とレイリアの状態だが、双方共に傷だらけである。
俺は傷ついていない場所を探すのが難しいくらいボロボロで多分骨もあちこち折れたりヒビが入ったりしてるし、服はかろうじてイヤ~ンなことになっていない程度でしかない。
レイリアも首回りや腹部、手足などを中心に鱗が割れたり剥がれたりしている状況だ。
どちらも戦いに支障のある場所だけは治癒魔法を使い、それ以外は放置してその分のリソースを全て攻撃に回していたのだ。
正直、俺の体力も限界に近い。
レイリアは龍の姿なので見た目じゃほとんどわからないが、攻撃の勢いが目に見えて鈍っているのでおそらくは同じようなものなのだろう。
俺は肩で息をしながら、数十本用意していた剣の、最期の1本を握りしめる。
「おぉぉぉぉぉ!!」
残っている力を全て振り絞るつもりで雄叫びを上げると、残り少ない魔力を両足に込めて真っ直ぐに駆け出す。
「ゴウァ!」
迎え撃つレイリアはブレスを放つ。
が、もはや最初の勢いは無い。
俺は左腕で目だけを庇い、そのまま突っ切る。
そして、黒龍の喉に剣を突き立て、そこで止めた。
「…………我の、負けじゃな」
意外なほど淡々としたレイリアの声が上から降ってきた。
そこには悔しさは含まれておらず、むしろホッとしたような響きを感じる。
「だぁぁぁぁ! 終わったぁぁ!!」
剣を放り出して後ろから床に倒れ込む。
疲れた。マジで疲れた。
プルプル震える手でアイテムボックスから回復ポーションを取り出し、口を使って蓋を開けると張り付いた喉に流し込む。
乾ききった口に苦みとえぐみの強いポーションはキツくて咽せそうになるが何とか堪える。
深い傷は残っていないのでポーションで何とか回復した俺は、同じように倒れ込んだレイリアの口に残ったポーションをありったけ注ぎ込んだ。
「久しぶりに飲んだが、不味いのじゃ。ぱふぇが食いたい。そっちの方が回復する」
「日本に帰ったらいくらでも、いやゴメン、10個までなら食わせてやるよ」
いくらでもなんて言ったら本当に際限なく食いそうなので訂正する。
「くっくっく、まぁ楽しみにしておこう。それにしても、とうとう我を超えたのぅ」
「ガチの真剣勝負ならまだ勝つ自信ねぇよ。相手を殺さないって縛りがあったからな」
「そう卑下することはあるまい。少なくともそれ以外は我は本気であった。紛れもなくそなたの実力じゃ……さて、約束は果たさねばな。といってもこれまでとそれほど変わるわけではないが、これで我は主殿の物じゃ。妾でも下僕でも性奴隷でも“ピー!”な雌豚でも望むものになろう。もし、命を絶てと言うのならばそれにも従う」
んなこと言うわけないだろうが。
にしても、性奴隷とか、どこでそんな言葉を覚えてきたんだか。実は日本って教育に悪いんじゃないだろうか。
何とか話ができる程度に回復した俺は立ち上がって改めてレイリアに相対する。
レイリアも黒龍の姿のまま姿勢を正し、俺の言葉を待つ。
「俺がレイリアに望むのはひとつだけだよ。これから、多分レイリアの方が長く生きるだろうけど、どちらかが死ぬまで、俺と共に歩いて欲しい。そして茜、ティア、メルと共に俺を支えて欲しい。俺もレイリアを全力で支えるから」
「うむ。改めてよろしく頼む。主殿、いや、これからはユーヤと呼ぼう。ユーヤの命尽きるその時まで、我は全てを捧げよう」
ボロボロの格好の俺とドラゴンの姿のレイリア。
プロポーズの場面としては違和感ありまくりだが、これもまた俺達らしいと言えるのかもしれない。
レイリアの返答を聞いて心から安心すると、今度は強烈な眠気が襲ってきた。
他の皆は日本にいるし、もう少し時間を使っても大丈夫だろう。
今は、少しだけ眠りたい。
俺はいまだに人の姿をとれるほど回復していないレイリアにもたれ掛かりながら目を閉じた。
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