第179話 勇者のプロポーズ Ⅲ
大平原を2台のバイクが疾走する。
一台は俺の乗るDT200WS、もう一台はティアの乗るDトラッカーXだ。
走っている場所は帝国との元国境近くの街、フリステルからさらに北西に200キロほど進んだ場所だ。
アリアナス王国への侵攻作戦で大敗した帝国は、過去に征服した領地のいくつかを独立運動が強くなった地域を中心に放棄し、元の版図から3割ほど国土を減らしている。
多くの兵を失ったために領土を維持することができないというのが表向きの理由だが、主要な港や交易拠点となっている都市、鉱山が含まれる土地に関しては独立を許さず、代わりに横暴だった領主や官僚を大量に処分することでガス抜きを行ったらしい。
まぁ、なにを考えているのかまったくわからないあの皇子、いや、もう皇帝か、のことだからレオン殿下なんかはかなり警戒をしているらしいが、今の所は帝国内の立て直しに奔走しているだけのようだ。
まぁ、そんなことは今回は関係がない。
向かっている場所が旧帝国領、現在は実質的にどの国にも属していない森林地帯なのでついでに説明しただけだ。
この森林地帯、実は帝国内で迫害されたり、土地を奪われて追い払われた獣人やドワーフ、エルフなどの普人種以外の人達が隠れ里を作って生活していた場所だ。
そして、ティアが家族と共に暮らしていた村のあった場所でもある。
前回、茜へのプロポーズを成功、といって良いのかはともかく、させた俺はその流れでご両親への挨拶も済ませることができた。
知っての通り、親父さんがブチ切れて暴れたのだが、これもひとつの区切りとして必要だろうと殴られることにした。顔面を思いっきり。
ステータス的に仮に一般人に木刀で殴られたとしても大してダメージを受ける事はないので当然何ともなかったのだが、殴った方はそうもいかない。
顔面というものは意外に固い。特に格闘技の経験があるわけではない親父さんは、ものの見事に殴った瞬間に手首を捻挫し、さらに中指を骨折してしまった。それも利き手を。
お袋さんは「自業自得なんだから放っておけばいい」と言ってはいたが、仕事にだって支障があるだろうし、名実共に“家族”になるのならいずれは話さなきゃならないと考えて、丁度良い機会だから魔法で治したのだ。
まぁ、もの凄くビックリしていたよ。
んで、事情の説明ついでに工藤家全員を連れてアリアナス王国へ転移。
王様&王妃様へのご対面と下賜されたお屋敷もご案内。
結果、お袋さんは王妃様とすっかり意気投合し、信士は自分も魔法を使えるようになりたい(茜が使ってみせたせいだが)と目を輝かせ、親父さんは卒倒した。
親父さんの場合は目が覚めても「あれは幻覚を見ただけだ!」と頑なに言い張っていたが。
ただ、まぁ、すったもんだしたものの、とりあえずは茜に関する一大イベントは終えることができたと考えて良いだろう。
本番(結婚式)になったらまた一騒動あるんだろうが、先のことは後で考えることにする。
そして、これまた前回も言ったことだが、俺にはさらに3人の彼女がいるわけで、茜にプロポーズしたとなればレイリア、ティア、メルにもしないわけにはいかない。
というわけで、茜にも相談して次はティアに、というわけなのである。
自分で決めろよとか言わないように。
4人の女性への采配なんて高等技術、俺にあるわけないじゃん。
以前にも話したが、ティアは帝国の奴隷狩りで捕らえられた。
その際に村のほとんどの人も一緒に捕まり、抵抗した多くの男性やほとんどの年寄りが殺されたらしい。そしてティアの家族もまた、だ。
俺達が出会ったのはその後、奴隷狩りの連中が捕らえた獣人達を連れて森を出て、護送車のような馬車で移動しているときに、共同野営地(街道のいくつかの場所にある井戸の整備された場所)で野営していた俺とメル、ブルーノを欲を掻いたのか襲いかかってきたので返り討ちにした。
まぁ、俺達は単に戦闘不能にしただけだったけど、解放した獣人達によって嬲り殺しにされてたな。止める気も同情する気もなかったから良いけど。
ああ、話が逸れた。
そんなわけで今回はティアの家族の墓参りに行き、何とかチャンスを見繕ってプロポーズするという作戦なのだ。
転移魔法で行くこともできるが、少しでもムードを盛り上げる切っ掛けになればとデートを兼ねてバイクでの移動となった。
ちなみに、ティアのDトラッカーはオンロード用からオフロード用にタイヤとセッティングを変えている。
……親父さんの指導は厳しかった。っつか、そこまで細かく調整する必要があるんだろうか、いまだに疑問だ。
「えっと、ここからは歩きですね」
森の辺に到着するとティアの記憶を頼りに、バイクで行けるところまで行き、下生えが鬱蒼としてきたところでバイクをアイテムボックスに仕舞う。
元々が隠れ里だった場所だ。道なんてものは造られていなかったし、奴隷狩りが虐殺したせいで村を維持する人が足りなくなり放棄されたと聞いている。
ティア達を解放してすぐに村に来て、殺された人達の埋葬や移転する人の手助けなどをしたが、あれから2年以上が経過している。
おそらく村の跡地は森に呑み込まれてしまっているだろう。
何とか見つけないとな。
「ん?」
「あ、あれ?」
森に入って1時間ほど。
たったそれだけ?とか言うなよ。
勇者パーティの2人の移動速度は並じゃないのだ。多分だけど森林沿いの街道から30キロは入っているはずだ。が、今はそんなことはどうだっていい。
記憶を頼りにティアの故郷の村を探していたのだが、その場所に近づくと複数の人の気配がある。
といっても、隠れて俺達を待ち伏せしているとかじゃなく、まるでそこで生活しているかのような感じで。
ようやく廃村になったはずの村が見える場所まで来ると一層それが明らかになった。
うち捨てられた家は補修され、慎ましい畑も点在している。
少なくとも俺が見た凄惨な村でも忘れ去られた廃村でもなく、まるで何事もなかったかのような、いや、その時よりも大きくなった集落がそこにあった。
「うそ……みんな出ていったはずなのに……」
ティアも呆然と村を眺めている。
「誰だ!!」
農作業の途中なのか、木製の鍬を持った村人が畑の畦を通りかかり、俺達に気付いて大声を上げて誰何する。
俺達も魔物に気付かれて無駄に戦闘をしないように気配を殺していたために気付かれなかったのだが、この村の状況を見て呆然としていたために気配が漏れてしまったようだ。
村人の声で、村のあちこちから農具や斧、鉈を手に何人もの人間が走り寄ってくる。
見たところ全員が獣人で、ティアと同じ種族の他に犬狼種や猿人種などの他種族も居る。
「何者だ! って、お、お前、ひょっとして、ティア、か?」
最初に俺達を見つけた、見た目20歳くらいの村人がティアの顔をマジマジと見つめ、呟く。
「え? あ、もしかして、ゼラ?」
「あ、ああ、本当にティア、なんだな?」
俺は村人とティアの顔を見比べる。
どうやら知り合いらしい。
ということは、村を出たはずの人達はいつの間にかここに戻って来ていたということなのか?
それにしても、思わぬ再会を手を取り合って喜ぶティアとゼラと呼ばれた青年。
……なんだろう、モヤモヤするな。
いや、嫉妬とか、小っちゃすぎだろ俺。
「ゼラ、知り合いなのか?」
「ああ! 俺達と一緒に奴隷狩りから解放されたティアだ。この村の出身だよ」
集まってきた村人のひとり、犬狼種(犬系の特徴を身体に持つ獣人種)と思われる壮年の男性がゼラに尋ね、聞かれた方も肯定する。
「ま、まて! ティアって言ったら、奴隷狩りから解放された後に勇者様の従者になって世界を救ったって……」
「?! そ、そうだよ! ティア、お前どうして? 勇者様のところに居るんじゃ」
「うん。ユーヤ様とは今も一緒だよ」
「そうか、今も、……今も?」
ここにきて、ようやくゼラ君の視線が俺の方に向く。
……めっちゃ忘れられてたよな、俺。
「ゆ、ゆ、ゆゆゆ、勇者様ぁ?!」
「な?! こ、この方が?」
一瞬の静寂の後、悲鳴のような声が響き、最初にゼラ君が、次いで集まっていた村人達が一斉に平伏する。
いや、止めて、こういうのすっげぇ困る。
「な、なんとお詫びすれば良いのか、どうかお許し……」
「いやいやいやいや、気にしてないから! 別に怒ったりしないから! お願いだから土下座とかしないで!!」
しばらくカオスった。
「そうだったんですか」
「はい。解放されても隠れ住まなきゃならないのは変わりないし、受け入れてくれたところだって余裕なんてなくて、あの後も奴隷狩りが集落に近づきそうになる度に逃げるしかなく、途中で同じように逃げていた他種族の人と合流して、結局戻ってきたんです」
俺達と別れてから1年ほどは受け入れてくれていた集落で暮らしていたが、結局そこも奴隷狩りに嗅ぎつけられて何とか逃げ出したらしい。
その後は転々と住処を変えながらさ迷い、半年ほど前にここに戻ってきて村を再建させたと。
受け入れてくれていた集落の人達も一緒に避難してきているし、同様の理由で放浪生活を余儀なくされていた他種族とも合流したために以前の村よりも人口もかなり多くなっていて、今は開拓に力を注いでいるんだとか。
ゼラ君もあの時奴隷として捕まっていた獣人の1人だったらしい。
確か解放できた獣人達は20人近くいたはずだが、さすがに全員の顔は覚えていない。逆にゼラ君はしっかりと俺の顔を覚えていたみたいだが。
ほかの人たちも森の中を転々としながら放浪していたために世情にはかなり疎いが、それでも邪神が倒されたことや帝国がアリアナス王国に負けて全ての奴隷を解放したことは伝え聞いていたそうだ。
多分、解放された獣人の奴隷から話を聞く機会があったのだろう。ひょっとしたらこの村に戻ってくることができた人も居るのかもしれない。ゼラ君が幾人かの名前を出して、ティアがそれを聞いて驚いたり喜んだりしているし。
俺達がこの村を訪れた理由、ティアの両親の墓参りを告げると、引き続きゼラ君が案内してくれることになった。
俺達が犠牲者を埋葬した場所は当時の村の外れだったはずなのだが、今では周囲が開墾されたために村の中心に近い位置になっているらしい。
実際に到着してみると、きちんと区切られた形で共同墓地が作られている。
といっても個別に墓標が立てられているというわけではなく、アンデッド化しないように焼かれて粉砕された遺骨がまとめて埋められ、犠牲になった村人や新たに埋葬された人の名を刻んだ碑と敷地全体に花が植えられているものだ。
荒れ果てた廃村に埋もれるように墓標が残されている情景を想像していたので良い意味で予想を覆された。
「あ、あのさ、ティア! 村もこうして元に戻ってきてるし、帝国の奴隷狩りもなくなった。だから、さ、戻ってこないか? そうなればみんなも喜ぶし、俺だって、その、俺、昔からティアのこと……!?」
あ、いかん、殺気が漏れた。
いきなり俺の前でティアを口説きだしたゼラ君に、ちょっとだけ、いやホントにちょっとだけイラッとした俺は思わず睨んでしまい、結果、チロっと殺気が……。
ティアはそんな俺を見て嬉しそうに腕に抱きついてきたから後悔はしない。うん。
ティアは俺んだ。やんねーよ!
殺気に当てられて固まってしまったゼラ君を一旦放置して、俺達は共同墓地の中央に立てられた碑の前まで行く。
碑は縦150センチ、横100センチくらいに石を板状にしたもので、ブルーノが近くにあった岩を剣でぶった切って作った。
もうね、バターみたいに岩が切られるところはビックリしたよ。
んで、生き残った村人に犠牲になった人の名前を聞き出して魔法で文字を刻んだ。
今はそれの他に2つの石版、さすがに剣で切って作ったものよりも分厚くて滑らかじゃないが、それでも精一杯丁寧に仕上げられたと思われるそれにも沢山の名前が刻まれていた。もしかしたら合流した人達が過去に犠牲になった人の名を刻んだのかもしれない。
獣人達の習俗として、故人に詣でる時には花を供えるのではなく、周囲に花の種を蒔くらしい。確かにそれが芽吹くなら切り花を供えるよりも華やかになるだろうな。
そんな益体もないことを思いながら碑の前に膝を付き、手を合わせた。
(ティアのお父さん、お母さん、ティアは俺、いえ、俺達が必ず幸せにします。どうか見守ってあげてください。あと、それと、えっと、ティアは俺が嫁に貰います。許してくれると嬉しいです)
俺が声に出さずにそう祈りを捧げていると、どこからか笑うような気配と不満そうな気配を感じた気がした。
……気のせいかもしれんけど。
俺が立ち上がっても、まだしばらくティアは跪いたまま両手を組んで祈りを続けていた。
一歩下がってその後ろ姿を見つめていると、どんどん緊張が増してきた。
よ、よし、言うぞ。
あー、心臓がうるせぇ。
ティアが立ち上がり、俺の方を振り向く。
存分に両親と語ることができたのか、どこか満足そうな、嬉しそうで、ちょっと恥ずかしげに微笑む。
その顔を見て、スッと俺の気持ちが落ち着く。
アイテムボックスから指輪のケースを取りだし、中身を指で摘むと、ティアの手を取る。
「えっと、改めて口にするのはちょっと照れくさいな。……ふぅ~……ティア!」
「は、はい!」
「お、俺の子供を産んで欲しい! 沢山!」
ひと息に言いきった!
プロポーズの言葉としてはどうなんだ? と思わないでもないのだが、種族に関わらず『自分の子供を産んで欲しい』ってのが獣人族にとって最高の求愛らしいのだ。
複数の獣人族女性から聞き取り調査をしたので間違いない、はず。
勘違いされそうになって大変だったが、まぁ、それは良いだろう。
思えば、ティアに対しては想いに応える形で恋人になったけど、俺の方から積極的になにか言葉を告げたり行動したりというのは少なかった。
ベッドの上では色々と恥ずかしい台詞を言ったような気がしないでもないが、それはまた別だろう。
嫌がられることはないと確信しているが、それでも自分の言動や他にも恋人が居ることを考えると一抹の不安がありつつ、ティアの左手薬指に指輪をそっと差し入れる。
そして、ようやくティアの顔を見ると、潤んだ目と真っ赤になった顔がそこにあった。
……えっと、これからどうすれば良いんだ?
俺が次の行動に迷っていると、ティアが俺の胸に飛び込んできた。
「はい! はいっ!! 私はユーヤ様の側にずっといます! 子供も沢山産みます! 絶対に離れませんから!!」
感情を高ぶらせすぎたのか、涙と鼻水で顔をデロデロにしながら力一杯抱きついているティア。
ティアの頭を優しく撫でながら落ち着くのを待ち、ようやくティアが花のような笑顔を見せたのでそっと肩を抱いて共同墓地に背を向ける。
と、墓地の周囲には大勢の村人?
入口のど真ん中で膝から崩れ落ちているゼラ君となにやらキラキラとした目で俺達を見ている村の獣人達。
ひょっとして、全部見られてた、のか?
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