第6話
展望台は螺旋の形の階段を登る作りになっていて、少し休んだとはいえ最後のトドメのようなそれに何とか足を持ち上げながら、ようやく俺たちは、無言で一番上に辿り着いた。
そして、気づく。
先客が気づかなかったのは、俺たちが疲労から階段を無言で上がっていたからか。
「え……?」
ふと俺の口から声が漏れていた。
そこには確かに、展望台の下とは比べ物にならない夜景が広がっていた。
確かにこれは、恋人同士のデートスポットとして最適だろう。
まるで物語の一シーンのようだった。
そう、目の前で繰り広げられる、展望台の肩を寄せ合い、キスをしているシルエットの男女は、一つの映像作品の登場人物のようで。
だからだろうか?
夜景の月明かりと星明かりの下だと言うのに、昼に少し会話した女の子が、明らかに恋人の距離感で幸せそうにしているのがよく見えたのは。
そこからの俺たちの行動は早かった。
その瞬間は、日本人の血に眠る忍者の資質でも開花したのではないかと思うほど迅速に、しかし静かに。
「「「…………」」」
美しい夜景を見た時と同様の無言で、再び自転車の元へと辿り着いたのだった。
◇◆
ライトに照らされた木々が凄いスピードで流れ去る、俺たちは疾走していた。
「くっそー! 俺も彼女欲しいー!!」
そう言いながら鉄平が滑るようにして前を走っていく。
恐怖もなくはないのに、俺もこのまま慣性に任せて駆け下りたい気分だった。
そして同じように叫ぶ。
「おおおー! そうだそうだー! 俺だって、恋人と夜景が見てぇ!!!」
「見せつけやがってー!」
明らかに馬鹿なテンションだった。
でもそれくらい、何か叫び出したい気持ちに駆られていたのだ。
入学して半年。あれだけ可愛い子に相手がいないなんてことはそりゃないよな。
そしてこれだけの夜景だ、言われていたのに先客の可能性を失念していた俺たちが悪い。
でもこのタイミングで、何が悲しくて知り合いのいい雰囲気のキスシーンを見なければならないのか!?
運命の馬鹿野郎!
俺たちは三人いた。普通は誰か冷静な奴がいるだろう。でも、この時の俺たちは、三人とも馬鹿だったから誰も止めるものがいなかった。
ただ風を浴びながら、夜景の元となっていた街へと向かって下りながら、衝動のままに叫ぶ。
「おっしゃー! 俺たちは今風になっている!」
「うおおー!!」
改めて言うが馬鹿だった。
[望達が風になれるかどうかは定かではありませんが……]
そんな俺に。いや、俺たちに呆れるような声で脳内で響いた声が、間を置くようにして、続けて言った。
[あなた達の今こうしている時間は、俗にいう『青春』というものなのではないでしょうか]
その通りだと思った。
「おお、たまには良いこと言うじゃん! そうだー、これが青春だぜー!」
[尤も、この青春の先にあなた方が欲しがっている、『彼女がいる未来』が存在する確率は極めて低いかもしれませんが]
……その通りだと思った。
「だから!!! 上げてから落とすようなところだけ人間っぽくなるんじゃねーって言ってんだろうがぁぁ!!」
俺の魂の叫びは、いよいよ自転車の限界速度に達しそうな風圧と共に溶けていった。
始まることもなく終わった恋路と、風になるように駆け下りたこの瞬間を、俺はきっと忘れることはないだろう。
風が気持ち良かった。
景色が良かった。
でも、都合が良い未来なんてものはなかった。
だけど、何より自由な気がしていた。
俺たちはまだ始まったばかり、子供と大人の間。
これは、AIと共に生きる時代の、それでも変わることのない馬鹿な青春を送る、とある大学生の物語である。
2038年、馬鹿な大学生達が星空の下で風になる話
〜 Fin 〜
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2038年、馬鹿な大学生達が星空の下で風になる話 和尚 @403164
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