座敷わらし(2)

 雑魚寝の部屋で、ツヤは明かりとりから漏れる月の光を頼りに、縄を持ち直した。他の奉公人は疲れてすでに寝ている。

 およしよ。女中が横になったままやんわりと言った。

 それでもツヤは、唇をきゅっと締めて座敷わらしを待っている。こうと決めたらてこでも動かないのは、ツヤの癖だ。弟妹が騒いでいても、自分がやりたいことがあればそちらに意識が向いてしまう。そのため弟妹に怪我をさせてしまうようなことも、多々あった。

 せっかく奉公先が決まったんだ。

 ここがつぶれちゃあ、どうにもならない。

 ツヤがその一心で座敷わらしが現れるのをいまかいまかと待っていた夜半、ぱたぱたと軽快な足音がした。

 来た。そう思ったら、頭より先に体が動く。大部屋で寝ている他の女中を蹴飛ばしても、お構い無しだ。幾度か昼間に声の主を探し回ったときに、屋敷の奥まで迷いこんでしまったが、暗闇の中、そのときの記憶を頼りにがむしゃらに進む。廊下の突き当たりに来たとき、聞きなれない大人の声がした。

 あれ、新しい奉公の子じゃないか。だめだよ。お前は、まだだ。

 服装からして、この呉服問屋の主人だ。最初にちらと目通りしただけで、ツヤが主人を正面から見たのは初めてであった。

 それにしても、こんな奥まで入ってくるとは思わなんだ。座敷わらしに連れ去られたくないなら、早く寝なさい。

 優しく、それでいて有無を言わさぬ口調に、ツヤは無言のままその場から逃げた。

 座敷わらし、と言った。やはり、いるのではないか。

 そう思うと諦めきれない。ツヤは暗い廊下のかどを一つ曲がると、こっそり奥座敷へ戻った。

 長屋では隣近所の屋根を駆けたり、川でも木切れの橋を軽々と渡れるほどだ。足音を立てずに廊下を歩いてると、番頭の姿が目に入った。寝た子供を抱き抱えている。

 あれはツヤより少し前に奉公にあがった子供だ。ツヤは声を掛けに飛び出そうとしたが、その肩を掴み制したものがいる。

 おやめ。

 静かで低く、よく通る声は、ツヤより頭ひとつ分ほど下から聞こえた。前髪は横一直線、後ろ髪も肩ほどで切り揃えられている、5歳ほどの女児。

 あの子はもうだめだ。お前は、まだ間に合う。さあ行こう。

 そう言うや否や、女児はツヤの手を引いた。奥座敷のそれまた奥へ。こんな広いんだな、と感心しながら付いていくツヤに、女児は言う。

 奉公に出すのは、普通10歳くらいからだ。ここはそれを、もっと小さい頃から破格な高値で預かっている。親も、実家で手に負えない子供は仕送りができる稼ぎ手にはならんので、どこぞへ売られてしまえば一石二鳥というやつだ。

 女児は淡々と話すが、ツヤにはなんのことかよくわからない。ただ、ここにいたら他所に売られるというのだけはわかり、目に涙を浮かべた。

 泣くな。丁度おれも、ここを出ようと思っていたところだ。なあに、お前は、おれと一緒にいたら食いっぱぐれは無いだろう。つぎは何をして遊ぼうか、枕返しは、そろそろ飽きたな。

 ツヤはそう言いながらするすると前を歩く女児に、必死で付いていく。いつの間にか外に出ていて、やがて呉服問屋も見えなくなり、そのうちに夜が明けた。

 その後、呉服問屋はみるみるうちに傾いていき、ツヤはというと、新たな奉公先で老年になるまで甲斐甲斐しく働いたという。


 座敷わらし 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もののけ話集 ロジーヌ @rosine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画