座敷わらし(1)

 ツヤは、8つ。昨年奉公にあがったばかりだ。呉服問屋は綺麗な着物が沢山見られる。たとえ自分は着られなくとも、ほんのすこし覗き見できたら、それだけで奉公の厳しさは和らぐ気がした。

 女中たちも皆優しい。雑魚寝なので夜中に人恋しくなり泣くツヤの背中を、若い女中はさすってくれる。

 ある晩、ツヤは自分が上下逆さまに寝ていることに気が付いた。狭い長屋で親と3人の弟妹と寝ていたとき、端で丸まって寝ていたツヤは、寝相は悪くないほうだ。また違う晩は、枕を誰かに持って行かれた。おや、と思い隣で寝る女中を見ると、女中の枕はそのままだ。

 またある日は、どこかで子供の笑い声が聞こえた。問屋の主人に子供はおらず、おかしいと思い部屋を覗いても何もいない。

 ツヤが女中に、子供の声がしたと言うと、それは座敷わらしだという。座敷わらしがいる家は栄えるのだ。初めて聞く妖怪の話にツヤは驚くやら怖がるやらで、その反応を女中は面白がった。そしてわざとらしく付け加える。

 座敷わらしが出ていく家は、没落するっていう言い伝えもあるんだよ。

 ツヤは、没落してしまったら奉公先がなくなる、と慌てた。座敷わらしを家へ引き留めるにはどうしたら良いのか。捕まえたらよいのだろうか。夜中に枕を返しにきたら、そのときこそ、と思ったが奉公の仕事で疲れたツヤの眠りは深く、翌朝部屋の隅に追いやられた枕を見ては、嘆くのであった。

 しかし呉服問屋の商いは、傍目には順調そうである。主人はツヤたち奉公人にも優しく、長屋で食うに事欠いていた頃を考えると、ツヤには勿体無いくらいの暮らしであった。

 そんなある日、ツヤはまた子供の笑い声を聞いた。店の裏を掃除していたときで、近くにいた年上の奉公人には聞こえていないらしい。ツヤは仕事中というのを忘れ、今度こそ、と声のしたほうに駆けていく。

 だが座敷わらしは見つからず、様子を見に来た番頭にこっぴどく叱られてしまった。

 座敷わらし? そんなの追いかけてどうするんだ。

 番頭はツヤの話に呆れ、今日は目を瞑るがもう抜け出したりしないように、と釘をさした。

 だがツヤは、気持ちを押さえるのが上手くない。いやいるはずだ、と、あくる日もあくる日も、仕事の途中だろうがささっと駆けていく。

 困ったものだ。

 こういうことが続くようなら、お前をくにに、帰さねばならない。

 番頭から厳しく言われ、いよいよツヤは泣いた。私が悪いのではない、すぐ隠れる座敷わらしが悪いのだ。もう、くにには、帰りたくない。

 それでも、と番頭は諭した。座敷わらしは富をくれる神様だ。やたらに追いかけ回してはかえってばちがあたる。

 ツヤは、あい、と返事をした。だがこうとツヤは決めたらてこでも動かない。正座をし、縄を握って、いまかいまかと待っていた。

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