春に拾う

そうざ

Pick up in Spring

 花を見て楽しむ文化は世界中にあるが、花にかこつけて乱痴気騒ぎをするというのはこの国固有の習慣なのかも知れない。

 毎年、桜開花予想が出た途端にもう場所取りの人間がちらほらと現れる。同時にそれを虎視眈々と見ている連中も居る。

 ホームレスと呼ばれる彼等は、日常的に廃金属やペットボトル、古雑誌や段ボール等を拾い集め、僅かな収入源にしているが、書き入れ時の一つに花見シーズンがある。

 花見会場となる大きな公園は、普段の何倍ものごみで溢れ返る。中でも一番の目当てはアルミ缶で、通常の儲けが倍に跳ね上がるのだ。

 争奪の主戦場は要所要所に特設されたごみ箱だが、多くは瓶と缶とペットボトルとが一緒にされている為、アルミ缶だけを選別する作業に手を焼く事になる。

「ベテラン勢が少ないな」

「公園は奪い合いになるからね、高齢者は手薄になってる繁華街の方へ敢えて行くんだよ」

 そう言うゲンさんも還暦を過ぎている。都会に憧れ、二十代で故郷を出たものの、日雇い仕事を転々としている内にいつしか路上生活に落ち着いてしまった。

 週に一、二度の炊き出しを当てにしながら小銭稼ぎに精を出す日々。夜桜を仰ぎながら、何度目の春だろうと感慨を覚えるゲンさんだった。

「何、しているのですか?」

 突然の声に振り向くと、上背のある見目みめうるわしい青年がごみ箱を覗こうとしていた。

あんちゃん、そんなに物珍しいかい?」

 黒尽くめの身形みなりは、およそ花見客のそれではない。ゲンさんの脳裏に『指揮者』という単語が浮かんだ。

「最近の花見は仮装をするもんなのかい?」

「かきいれどき」

「書き入れ時?」

 花見客を当て込んだ大道芸人か手品師か、とゲンさんは我が意を得た。

「この場所、一時期、人が減りました。今はまた、こんなに人が」

「……あぁ、例のパンデミックの頃は花見が禁止になって、ごみが減って大変だった」

「あの時は、あの時で、書き入れ時でした」

 医療関係の人間って事なのか、と今度は首を捻った。それにしても言葉がたどたどしい。

 青年は周囲を見渡し、急にすたすたと歩き出した。

「おいおい、もうホームレスに興味がなくなったのか?」

 青年は歩き回りながら大仰な手振りを続ける。聴こえない旋律が夜桜の間を擦り抜け、公園全体を包み込んで行くようだった。ゲンさんに音楽の素養があれば、もっとはっきりと聴こえたのかも知れない。

「カンパ~イッ!」

「イエ~~イッ!」

「飲めーっ、飲み尽くせーっ、飲まれ尽くせーっ!」

 青年は次々と酒宴の輪に近付き、花見客の顔を一つ一つ繁々と窺う。花見客は気にも留めず、酒を飲み干しては空き缶を無造作に放り投げる。ゲンさんはそれを嬉々として拾い集める。青年が立ち去る度に人が酔い潰れる。

「何だか今日は大忙しだ。兄ちゃんはまるで福の神だな」

 やがて夜は深々と更け、公園に残されたのは大量のごみと地べたに点々と転がる花見客だった。

「人は、いつか、逝きます。苦しみながら、愉しみながら、何方どちらが、良いですか?」

「そりゃあ、お愉しみの最中に死ねたら最高だ」

「そうだと思いました」

 花見客は誰も彼も夢見心地の面差しで涎を垂らしている。

「兄ちゃん……一体全体、何をしたんだい?」

「そこ、アルミ缶」

「おっ?」

 ゲンさんがそれを拾い上げて振り返ると、もう青年の姿は消えていた。

 手向たむけのようなはなびらが辺り一面に降り積もって行く。

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春に拾う そうざ @so-za

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