[冒頭 没稿2] The World is Not Mine.

 “The Worldこの世界 is Not Mineクソゲー.”

 もう一年以上前。流れるような筆致でと黒板に流行の歌詞を記し、ほがらかに以上のような訳をあてた英語教師の言いぐさを、今でも覚えている。

 どこぞの大学の哲学科の出だとかで、教える科目が間違っていると自他共に認めていた、ちょっとおかしな臨時教師だった。

『お行儀と教条セオリーにのっとって、“この世界は僕のものじゃない”と訳したっていいはいい。でも、歌詞書いてるボーカルの歌い方と演奏を勘定に入れると、まあこんな意味合いニュアンスになるんじゃないかな』

 クラスの意見は賛成派と言い過ぎ派の二つに割れ、その後行われた議論は揉めに揉めた。

 結果がどうなったかは覚えていない。ただ、その教師が最後の最後にと口にした言葉は記憶に残っている。

『まあ、もし、この世界が本当にクソゲーだったとして。それでも、僕らには“このゲーム”しかないんだけどね!』

 歌詞の正解には興味を持てなかった割に、この発言は奇妙なほど深く俺の印象に刻まれた。

 それは、あるいは聞いた瞬間の俺が、“答えを知りたい”と思うような疑問を相手に対して抱いたせいかもしれない。機会があったら、と思っている内に教師の任期は終わってしまい、聞けずじまいになってしまったが。

 俺が尋ねてみたかったのは、次のような内容ことだった。

『俺たちには“この世界ゲーム”しかないとして。先生はそれ、好きですか』

 愛想が良く人好きがする、と評判だったその教師の顔を、俺は忘れてしまって久しい。しかし一方で、終始少しも笑っているように見えなかったその目つきだけは、今でもはっきりと覚えている。

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短編集:余白 伊草いずく @Igusa_Izuku

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