エピローグ(後編)
あの日と同じ……深い海のような青い光。
あの時は(凝った照明だな……)って思ったんだよね。
そんな事を思いながら、懐かしい木々の香りに目を開けると、そこは最初にこの世界に来た時と同じ、小高い丘の上。
そして、眼下には樹海のような広大な森。
私は思わず顔がほころぶのが分かった。
帰って……来たんだ。
「まさか体当たりなんて斜め上もいいところの行動ね。帰って親御さんに報告するのかと思ってたら」
耳元で聞こえるライムの言葉に私はクスクス笑った。
「それ……私たちが始めてあった時のやり取りじゃん!」
「この景色見たら、言いたくなっちゃった」
「ふふっ、いいんじゃない? 私たちもまた始めるんだから」
「そうそう。と、言うわけで今後ともよろしくね。リム・ヤマモト」
「うん。今後ともよろしくね……末永く」
※
私たちは、すっかり舗装されて安全になった森の中の道を通り、カンドレバの街に向かった。
そこは当時と全く変わっていなかった。
でも、もう子供たちが強制的に労働をさせられる事は無くなった。
オリビエが法律を整備し、親の無い子供や親から無理やり労働させられる子供。また、経済苦によって働かざるを得なかった子供たちに対する、充分な援助を行うようになったのだ。
そのため、あの時のアンナさんのような子供は居なくなった。
そんな扱いをする大人が居たら、厳罰に処せられるからだ。
そのため、街中には子供たちの笑い声があちこちから聞こえる。
そして、私の目はカンドレバの奥にある、小さな建物に止まった。
「あそこ……なんだ」
「うん! あそこがリムの新しい職場だよ。ちょっとづつスタッフも集まってきてる。で、みんな待ってる」
私は胸がドキドキしてくるのが分かった。
つい早足になってしまう。
やがて、建物の前に着いた私を二人の女性が迎えてくれた。
1人はちょっと紙に白いものが混じったエルジアさん。
そして、もう1人は……
私と同じくらいの背の大人びた綺麗な女性は、丁寧なしぐさで頭を下げた。
「お久しぶりです、ヤマモトさん」
「アンナさん……綺麗になったね」
そう。
彼女はアンナさん。
この医院で、看護師として一緒に働いてくれる。
アンナさんも……大人になったな。
すっかり落ち着いちゃって……と、思っていると。
「え!? ふわ……綺麗って……ええっ! これは……ヤマモトさんの私を求める一足早い愛のささやき……ああっ、邪念よ去れ!」
そう言いながら必死に十字を切っているアンナさんを呆れた顔で見たエルジアさんは言った。
「ねえ、大丈夫なのアンナちゃん。これからこの『リム・アンナ医院』を運営するんだからね。のぼせてちゃダメよ」
「でも……エルジアさんの名前も入れたかったです」
「いいのよ。私はここが軌道に乗ったら、またラウタロ国に帰るから。ここであなたたちの知識や技術を盗んで、ラウタロの医療を一気に前へ進める。リムちゃん。私たちは仲間じゃないわ。医学発展のためのライバルなんだから」
「ふふっ、お手柔らかにお願いしますね。なにぶん未熟者ですので」
「はあ!? ヤマモトさんは未熟なんかじゃありません! さては向こうの世界で誰かに何か言われたんですか? なら……そいつを切ります」
「お馬鹿アンナ! そんなことしたらリムに迷惑かかるでしょうが。それにもう向こうの扉は開かないの!」
「あ、そうか! あの、すいません。変な事を……」
「ううん、気にしないで。これからずっと一緒に暮らすんでしょ? わたしたち。だったらお互いに慣れていかないと」
そう言うと、アンナさんは顔を赤くしてうつむいた。
「あの……本当に私でいいんですか? ヤマモトさんならもっと……」
「私はあなたがいいの、アンナ・ターニア。あなたとこれからずっと同じ人生を歩きたい。そう決めたの。嫌だって言っても聞かない振りするからね」
「うう……顔から火が出そうです」
「今からそれじゃ、明日の式とかどうすんのさ。アンナ、死ぬんじゃない」
「大丈夫。その時は心臓マッサージしてあげる」
「ヤマモトさん……中々にきついジョークを……」
「本当ね。記憶の中のリムちゃんって、まだ16歳の子供だったのにね……それが結婚か」
「はい。同じ女性の先輩として、色々教えて下さい」
「もちろんよ。さっきはライバルとかいったけど、娘の様でもあるんだからね……幸せになりなさいね。ユーリの分まで」
「……はい」
その時、入り口から3人の男性と、1人の女性が出てきた。
クロノさんとオリビエ、ブライエさん。そして、リーゼさん。
オリビエは周囲を多数の兵士によって厳重に守られている。
私はオリビエに向かって、深々と頭を下げた。
「オリビエ国王陛下。このたびは当医院に多大なるご援助いただき、心から感謝申し上げます」
オリビエは優しく微笑むと鷹揚に頷いた。
「リム・ヤマモト。君の持つ医療と言う名の奇跡。それをこの国に広く深く広めてくれる事を期待する」
「はい。陛下のご意思に報いるよう、微力ながら生涯をかけて努めて行きます」
「頼んだぞ。君には期待している。隣のアンナ・ターニア……ああ、明日からはアンナ・ヤマモトだったか。道半ばで命を落とす国民が一人でも減るよう、ヤマモト院長と共に尽力して欲しい」
「はい、陛下。このアンナ・ターニア、微力ながらヤマモト院長をお支えし、陛下の目指す『老衰以外で誰も死なない国』を目指して行きます」
「君たちの能力であれば『目指すもの』じゃない。『近いうち達成する目標』ではないか?」
真剣な口調でそう言うと、オリビエはニヤリと笑った。
「じゃあな、リムちゃん。アンナ先輩。二人とも頑張れよ」
「陛下! そのような言葉遣いを……」
気の毒なくらいに慌てるブライエさんを置いてオリビエは力強く歩いていった。
オリビエも……頑張ってね。
「さて、ヤマモト。そろそろ中に入らないか? 私は腹が減った。明日はお前らの式だろう? きっとあまり食べれん。今日のうちに食っておきたい」
「そうだな。クロノ、明日の式は脳が焼け付くくらい記憶しろ。ライム様との……いつか来るその日のために完璧な水準を身に着けておけ」
「リーゼ……貴様……」
「ねえ、クロノさん、リーゼさん。ライムとのあいだに何があったの?」
「いや、なんでもない」
「え……クロノ、何でも……ないんだ」
「ライム様! クロノ、貴様……ライム様を裏切ったな。どう殺して欲しい?」
「お前らは飛びすぎだ。ヤマモト! 言ってやってくれ!」
私はそんなみんなを微笑みながら見ていた。
おじいちゃん。
私、今とっても幸せだよ。
それっておじいちゃんが私に命をくれたからなんだ。
だから、それを大事に使っていく。
上手く行かない事もあるかもね。
でも、そんな時でも私は怖くない。
だって大切な人たちを守りたい。
そのための剣であり盾を持ってるんだから。
それは万物の石なんかじゃない。
魔法でもない。
奇跡なんかでもない。
みんなに教えてもらった事。
小さな……でもとっても大きな「勇気」って言う宝物。
【「リムと魔法が消えた世界」終わり】
リムと魔法が消えた世界 京野 薫 @kkyono
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