エピローグ(前編)
「山本先生。お疲れ様でした」
「ん、瀬田君もお疲れ様」
私は虚脱感の中で両手を洗いながら、隣の後輩君に向かって笑いかける。
「最後のオペも素晴らしかったです。本当に勉強になりました」
「そんな事無いよ。脳外のオペにかけては君のセンスと手技にはかなわない」
「そういう問題じゃ無いです。30歳にして日本医科大学病院の誇る脳外科医、山本りむに憧れてこの道に入った連中、どんだけ居ると思ってるんです?」
「いや……それ、オペの後で言われるとさ……疲れ切ってる身に変なテンションで染みるな……」
おどけて誤魔化した私に瀬田君は真剣な表情で続ける。
「山本先生……本当に辞めちゃうんですか?」
「うん。もう退職届は出した」
「受け取らないでしょ、上は」
「だから願じゃなく退職届。どう言われようと決めたの」
「って言うか……冗談でしょ! ここのトップって事は日本の外科医のトップクラスって事ですよ! それが何で……名前も知らない外国の孤島で医者を続けるって……山本先生、ドラマに影響受けちゃう人なんですか!?」
「ドラマって……」
私は苦笑いを浮かべた。
ま、そうだよね……しかも孤島で、って。
確かにドラマの見過ぎだね。
「まあまあ……とにかく送別会とかもいいから。私、来週には消えちゃうからさ。知ってるよ。君、密かに私の引き留め工作してるんだよね。医局のあちこちに根回しして」
「いや……それは……」
「とにかく、私の居るべき所はここじゃない。だから、居るべき場所に帰る。それを邪魔する奴は……頭蓋骨、開いちゃうぞ!」
そう言って笑う私に瀬田君は悲しそうに言った。
「……お元気で、山本先生。学ばせて……頂きました」
※
ふう……
着替えを終えて、深い青色のペンダントを着け、全ての荷物を……と、言ってもほとんど無いのだが、をまとめた段ボールを車に乗せ終わった私のバッグの中から声が聞こえた。
「罪な人だね~。さっきの男の子、リムに惚れてたよ」
「ちょ……ライム! まだ出てくるの、早いって」
「いいじゃん。もうバレたって。来週には……行くんでしょ」
私はホッと息をつく。
確かにそうだ。
来週には、私はまた……あの世界に帰る。
カンドレバの町へ……
「ねえ、ライム。あの国、オリビエが治めるようになって、ものすごく栄えてるんだってね?」
「そうだよ。で、サラ王女……じゃない、女王の治めるラウタロ国やカーレと国交を結ぶようになり、過去に無かった治世を実現してる」
「そっか……」
私は自然と表情がほころぶのが分かった。
「でさ! リムが帰ってくるって聞いて、ほぼ全員大集合! オリビエも来てくれるって言うし、リーゼも……クロノも。アリサとクローディアは、ちょっと北方の国に行ってるから無理そうだって……ちぇっ」
「それは仕方ないよ。元気そうならそれでいい。あの人たちは大丈夫。ん? ライム、何でクロノさんの時だけ……表情、違うの? めちゃ顔、赤くなってるけど……」
「えっ……そ、それはどうでもいいでしょ! で、エルジアとアンナ・ターニアも準備万端だよ」
「そうか……嬉しいな。ついに……」
私は感無量だった。
あの日……おじいちゃんとの約束。
幸せになる、っていう。
そして、私の出来る事。
出来る生き方。
それをずっと考えてた。
そして、行き着いた答えが……やっと叶う。
「しっかし、人って変われば変わる物だよね。リムが……医者になるなんて。しかも、その理由が向こうの世界に『医学』をもたらしたいから、なんてさ」
「元々、あの最後の戦いの後、エルジアさんと話したことが切っ掛けだった。あの世界は病やケガで苦しむ人、命を落とす人が沢山居る。それは結局心臓マッサージでさえ、魔術扱いされるほど脆弱な治療法しか無いこと。石が壊れてからちょっとづつ魔法は産まれてきたけど、治癒には使われていない事。だから、私は現代の医学で色んな人を救いたい。それが私の新しい戦いだから」
「オリビエが資金を出してくれて、建物も出来た。私だって頑張ったんだからね!」
「うん、有り難う。ライムが私の知識や技術をエルジアさんやアンナさんに伝えてくれたから……始められた」
そう話している内に、私のマンションに着いた。
ここも……日本も見納めになるかな。
そして、翌週の日曜日。
ライムと共に車の中からマンションを見ると、再び車を走らせた。
そして……私は、海辺のすっかりボロボロになった元図書館の前に立っていた。
うみのちかく図書館。
おじいちゃんと私の小さなお城……だった場所。
そこは朝日に照らされていても、その体温さえも失ってしまっていた。
「どしたの? やっぱり戻りたくなくなった?」
「ううん。ここから全て始まったんだな……って」
ライムはニッコリと笑って言った。
「そうだね。ここの……第二資料室から」
私たちは中に入って、第二資料室に向かう。
陽の光が館内を照らす。
(ようこそ、りむ。いらっしゃい)
(こんにちは。また、何かお手伝いしたいんだけど)
(もちろん。じゃあ今日は書庫の整理をお願いしようかな)
(うん! 任せて!)
あの日。
あの世界に呼ばれた日のおじいちゃんとの会話が浮かぶ。
もうはるか昔のようだ。
おじいちゃん……おじいちゃんとお別れしてから私、ずっと頑張ってきたよ。
あれからすぐ日本に帰って、一生懸命勉強してきた。
万物の石の力じゃない、自分の力で色んな人を助けたくて。
辛いときは、向こうの世界で出会った「勇気」と……おじいちゃんがくれたペンダントが守ってくれた。
ライムだって、時々来てくれた。
だから、今日ここに来れたんだ。
私とライムは第二資料室に着いた。
「あれから苦労したんだからね! アリサと私……リムからもらった血液や細胞、そんなんからペンダントに反応させて……1回だけ扉を作った」
「有り難う。感謝してる」
「でも、いいの? 扉はこの1回が多分限界。向こうに行ったら……もうこっちには……」
「いいの。私の世界……山本りむの世界は、向こうだから。大切な人たちが待ってる、あの世界だから」
「……ん、分かった。じゃあ……開けるね」
そう言ってライムは第二資料室の扉を開けた。
私の故郷へ帰るための扉を。
【エピローグ(後編)へ続く】
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