リムの世界(3)
「私をどうするの? おじいちゃん。協力は絶対にしない。新しい世界なんて興味ない。私はこの世界が好きなの。みんながみんなで居てくれる……そして私が私で居られるこの世界が。私を殺すの? でも……無理だよ。おじいちゃんは私を殺せない」
「なぜ分かる? 私の剣術を知っているのか?」
「ううん……でもそんなのどうでもいい。この剣は石の化身。宿主の命の危機を回避するため、おじいちゃんをいつでも……殺せる」
そう答えると、おじいちゃんの表情が一瞬強ばったのが見えた。
そんな顔……見たくなかった。
「お願い、おじいちゃん。最後のお願い。罪を償って。コルバーニさんや……色んな事に謝って。そしたら……私は……私だけは……」
「りむ。君は……分かっていない。悲しいくらい甘い」
そう言った直後。
背後から剣を振り降ろす気配がして、右腕の剣が二股に分かれて背後に向かった。
驚いて背後に注意を向けると、サラ王女がナイフを突きたてようとしていたが、右腕の剣であっさりはじき返された。
だけど、一瞬おじいちゃんから注意がそれ……
「……これ……は」
おじいちゃんの驚きに満ちた声が聞こえた。
いや、私も言葉が出なかった。
「コル……バーニさん」
そう。
おじいちゃんに切られたと思っていたコルバーニさんが、頭部から血を流しながらおじいちゃんの剣を防いでいた。
「アリサ……お前さんなぜ?」
「ユーリ、私も……成長したんだよ。あなたの知ってるマスコットじゃないんだ。血糊を使って、切られたフリをして……隙をうかがってた。この程度、道場で初歩の初歩」
「コルバーニさん……」
私は涙をこらえるので精一杯だった。
生きて……た!
「そうか……と、言うことは最初からお前は私を信用していなかったのか」
「違う。信じてた。でもね……ユーリの元に居たのはそういう理由じゃ無かった」
「では、何だ?」
コルバーニさんは返事の代わりにおじいちゃんに向かって何度も光のような太刀筋で斬りかかる。
おじいちゃんはその全てを何とか避けていた。
「……さすがだね、ユーリ。キレッキレだ」
「……そうか。お前は最初から、私を……殺すつもりだったな。そのために近くに居たのか」
「ねえ、ユーリ。私たち……やっぱり罪を償わないとだよ。それはこの部屋の石を全て……リムちゃん以外、全て破壊すること。ここの石のレプリカはレプリカ故に暴走しやすいし、意思を持たない故に、悪用される。なんでこんなの作ったの? 全部破壊しないと……貴方と私の命で」
「笑えるな。土壇場で裏切られるとは」
「裏切ってない。……私はずっと……あなたを愛していた。今も。だから他の誰にも殺させない。リムちゃんにだって。貴方を殺せるのは……私だけ。その後、あなたを追って地獄に行くから」
「やってみろ、アリサ。お前のような小娘にできるのか?」
そう言うと、おじいちゃんは後ずさりながら、奥にある一際大きな石の前に来た。
「これは、私の最高傑作……私の夢の全て。この石がこの部屋の全ての石を統括している。そして……コイツは私の分身となっている」
私は訳も無くゾッとした。
あの石……まずい。
「コルバーニさん、あの石……生きてる!」
「え?」
コルバーニさんが私の方を一瞬向いたとき、石から無数の銃弾やナイフが飛んできたので、私は咄嗟に自らの両腕を大きな盾に変えて全て防いだ。
「ほう、上手いものだ。だが、次は私の知る限り最も強力な飛び道具……熱線などはどうだ? この部屋のどこかから飛んでくるようにする。りむかアリサ……どちらに行く? いや……あそこに居るライムでも良い」
「もう……止めて、ユーリ。これ以上……変わらないで」
「もう遅い! お前らを焼き尽くす」
そう言っておじいちゃんが後ろを向いて石に触れようとしたとき。
一瞬の隙を突いて駈けだしたコルバーニさんがおじいちゃんの背中を……切り裂いた。
おじい……ちゃん。
私の目の前でおじいちゃんの背中から、大量の血が噴き出した。
それは万物の石のレプリカに降り注ぐ。
おじいちゃんは振り向くと、私を見た……そして……コルバーニさんも……見た。
その顔を見た私は呆然となった。
その表情は……この世界に来る前に見た、優しいおじいちゃんの顔だったのだ。
「……ユー……リ?」
コルバーニさんも気付いたのだろう。
同じく呆然としている。
「……よく……やったな……アリサ」
おじいちゃんは万物の石にしがみ付いて、絞り出すように言った。
「何で……ユーリ……なんで、わざと……」
「え……わざと?」
おじいちゃんは口から血を溢れさせながら言った。
「すまない、りむ……アリサ。お前達を……お前達の勇気を……利用した。そうだ、アリサ……お前の言う通りなんだよ。私は、償いをしないといけないんだ。だが……この石はすでに意思を持っていた。私は……自ら命を捨てる事が出来なくなっていた……。誰かに……手を下されなければ」
「ユーリ? それ……で?」
「すまない、アリサ。りむに……私を殺させる事は……出来なかった。だが、それだけじゃ……ない。……お前に。愛するお前に……殺されたかった」
「……いや、死なないで、ユーリ……死んだら、やだ」
おじいちゃんは首を振ると、コルバーニさんの頭を撫でた。
「これが一番いい。アリサ、お前は死ななくて良い。私1人で……破壊できる。りむも……強くなってくれて良かった。りむ……君も生きるんだ」
「やだ……ユーリ……私も追いかける」
「だったら……地獄で追い返す。そもそも君は私と同じ所には行けないだろ? アリサ、私を愛しているなら、君にしか出来ない贖罪を……生きて生きて……君の周りで……苦しむ人たちを助けてやってくれないか? 君は……苦しんできた。でもとっても優しい子だ。そんな君にしか寄り添えない人たちは……多い。……出来るか?」
「やだ……やだ……」
コルバーニさんは泣きながらおじいちゃんにしがみ付いていた。
「ライム……いるんだろ?」
「うん……ユーリ……お馬鹿ちん」
「君も……長い間沢山背負わせたな。君にも……お願いだ。明日から荷物を降ろしてくれないか? 君も……何も……背負わなくて良い。りむと……アリサの事も……もういいだろう。彼女たちは……強い」
「……お馬鹿……お馬鹿! なんで1人で……何で話してくれなかったの!」
「元凶が全て背負う……当然だ。……りむ?」
「おじいちゃん……」
「りむ……私の宝物。お前は……最初は入れ物だった。コントロールするための。でも……途中から宝物だった。だから……辛かった。だから……ライムやアリサや……そこに居る沢山の仲間が居ることが分かって……嬉しかった。そして、君は本当の勇気を持って、私に立ちはだかってくれた。大きくなったな。強くなったな。君はもう……大人だ。本当にごめん。駄目なおじいちゃんで。でも、君はもう大丈夫」
「おじいちゃん……また、帰ろ? 海の近くの図書館に。また一緒に本、読もうよ……」
「そうだな……もう一度……一緒にあそこに……帰りたかった。りむ、勝手な話だが……幸せになってくれないか? お願いだ。おじいちゃんを……最低なおじいちゃんを助けると思って……幸せになってくれないか?」
「うん! なる……幸せになるから……だから、おじいちゃんも!」
「りむ……アリサ……ライム。やはり……贖罪なんか捨てるんだ。幸せになって欲しい。罪は全て……私が地獄に持っていく。もう……償わなくていい。幸せ……に」
そう言うと、おじいちゃんは石に少しづつ溶け込んでいった。
それと共に、石から波動のような物が出てきて……周囲の空気を揺らし始めた。
これ……なに?
「マズいよ……石が……壊れる。ってか、こんなに大きいの!?」
ライムは慌てたように言うと、私たちを見た。
「逃げないと! この建物……ううん、周辺がヤバい」
私はおじいちゃんに近づいた。
「おじいちゃん、私が何とかする。おじいちゃんも……助ける!」
隣に来ていたコルバーニさんもナイフを自らの腕に突きたてようとしている。
「ユーリ、諦めちゃダメ。私だって……」
その時、おじいちゃんが私たちを見て言った。
「近寄るな、クソガキども! お前達は、私の最後の美学まで邪魔するのか! とんだ失敗作だな。もうお前らの顔を見るのも……反吐が出る」
おじいちゃん……
呆然としていると、突然腕を強く引っ張られた。
クロノさん……オリビエ。
「ヤマモト、コルバーニ。お前らは、彼の最後の勇気を踏みにじるのか?」
オリビエも強い口調で言った。
「全て終わらせるんだ、リムちゃん。ここで……それがおじいちゃんの望みなんだろ? リムちゃん……最後の勇気だ」
勇気……
私を見るおじいちゃんは……泣いていた。
泣きながらずっと……睨み付けていた。
おじいちゃん……
「おじいちゃん……大好き!」
そう言うと、私はありったけでイメージした。
あの日……ライムが乗せてくれた飛行船を。
そして……久々のおタマちゃんを。
「クロノさん、オリビエ! 乗せれるだけの人たちを飛行船に乗せて! あなたたちも乗って! ライム、コルバーニさん。私たちは……おタマちゃんで! アンナさんも乗せる!」
※
私は頬に当たる優しい風に身を任せて、ぼんやりと眼下の……何も無くなった更地を見下ろしていた。
全部……消えた。
おじいちゃん……なんで。
また涙が溢れてきた私の頭をそっと撫でる手があった。
コルバーニさん……だったけど、もう泣いていなかった。
ただ優しい笑顔だった。
「リムちゃん。私ね……決めた。色んな国を旅するんだ。そこで困ってる人や立ち止まっている人たちを助けたい。ユーリは償わなくていい、って言ったけど、私は償いたい。だって、私の力はそのために有るんだから。だったら……夢を追いながら、ワクワクしながら償ってやるんだ。クローディアと一緒に」
「コルバーニさん……」
「だから、リムちゃんやライムとは当分お別れ。でもいいでしょ? だってリムちゃんには……アンナがいる」
「でも……アンナさんは……」
そうつぶやいたとき、ライムが私の顔の前に来て言った。
「それがさ……リム。アンナ・ターニア……」
その時。
私の背後で小さく声が聞こえた。
「……ヤマモト……さん? 私……なんで……こんなとこに」
「うそ……アンナ……さん」
私は途中から声が出なかった。
その代わり、アンナさんを強く抱きしめて……キスをした。
「……はああ……はあ!! ヤ……ヤマモト……さんとキス!? はああ……死ぬ! 死んじゃう!」
「お馬鹿ちん! せっかく復活したのに死んでどうすんのさ! あのね、ユーリはずっとアンナ・ターニアにも石の力で、輸血し続けてたの。最初っからアンナは無事だったの!」
「へ? そうなの」
「そう。でも、死の淵に居たから意識を戻すまで時間がかかったんだよ」
私は泣いた。
泣いちゃった。
そして、またアンナさんを抱きしめて……またキスをした。
「ヤマ……モト……さん。ふああ……死ぬ……」
そう言ってアンナさんは倒れた。
「だから、止めてって! リムのお馬鹿ちん!」
【エピローグ(前編)へ続く】
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